第63話 迫る奔流【後】

 ジナリアの分身達が描く回転と突進の軌道。それは何かの推進力でも無い限りは物理的にあり得ない縦横無尽を形成する。

 その度に手に持つ暗器が、最適なタイミングで飛んだそれらが魔族の首を心臓を刈り取ったり、仮に掠めただけとしても有効な裂傷を与えたりと確実に損害を与えていく。


 好き勝手という言葉が合う程の大攻勢を前に魔族も負けじと反撃に転ずるも、まず分身達の動きに追いつけず、どんなに強力な魔法を繰り出したところで、それが攻撃だけの為である限りは当たらない。


 手に負えない。第5遠征軍の航空戦力達に嫌でもその考えが過った。

 すぐ近くに居た魔族が短い悲鳴を上げた途端、墜落する姿を見せられる。


 それに気を取られようものなら、次は自分の首が胴体と泣き別れをするか、心臓に暗器を突き立てられるかの二択を迫られた。

 攻撃魔法を使ったところで当たる可能性は極めて低く、また、その魔法に視認性を遮られて死角に入り込まれてしまう。


 次は。何処に。誰が。どうやって。そんな事ばかりに思考が割かれて対処が追いつかない。

 またも死角よりジナリアの分身が迫ったその矢先。それを阻む勢力が姿を現した。


 フードによって生まれた死角を狙って、巨大甲冑の腕が飛んでくる。

 唐突なアラートにより気付いた分身は命中する直前で姿勢を倒し避けきった。

 しかし、猛追は続く。しっかりと研ぎ澄まされた大鎌と共に。



「ハああァ!!」



 魔力を用いた縮小化を解き、本来の巨大な蝙蝠翼を展開し、白の乙女を模した分身達へ迫る。


 

 技能:大鎌・《ミッドナイトファング》



 夜闇のような蒼黒を纏う刃身を振り回せば、それに追随して巨大な魔法の硬刃が形成される。

 その軌道上に捉えられた者達は当初それを真っ向から叩き壊すつもりでいたものの……触れる2秒前に受け流す方向に切り替えた。



 スキル:《ガード:切り払い》



ナかなかやりますネ…!」


「……」



 激しき衝突で生じる威力を、分身の一体は容易く止めてみせた。

 刃の長短の差は顕著であれど、それをものともせず分身の一体は迫った硬刃を伸ばす腕の動きに合わせ、おもむろに遠ざけていく。


 その間にも、他の分身達は乱入してきた魔族――ジカランダスへ迎撃に転じた。



 スキル:《SA・ミラージュカッター》



 左右より対照的に片足を後ろへ振り上げる2体の分身が分裂する。

 計3体ずつ――分裂前の分身を含め合計6体になった。

 体勢はおろか有する質量すらそっくりそのまま再現したそれらは、やがて動きをもシンクロさせる。



「グぅッ!?」



 少女を模した6体より無数に繰り出される、撃ち放つ白銀の剣刃。

 その奔流に晒されたジカランダスは防御体勢に移るも、白銀の数々は容易く彼女の肉体を傷付けては過ぎ去っていく。



「ゥうぐッ……」



 同時に、紫色の鮮血が散っていく。決して軽いものでは無いダメージを食らったが――



「…オのレ……」



 ――流れる血が止まるのを待たずして、傷口は速やかに塞がっていく。

 肉体の感覚からなる反応を体勢や表情より露わにしつつも、彼女の肉体はおろか着用する装束すらも完璧に修復される。

 その一部始終を目の当たりにしたジナリアの分身の一体が、しきりにまばたく。


 それが、本体への情報提供であるとは気付かれないまま。



「…………」



 目線だけを動かし、されど対面する分身達への警戒は怠らないままジカランダスは地上の軍勢を確認した後、改めて分身達の容姿に注目する。

 ある程度の高度を維持する為、機械的に同じ動作を繰り返しつつ武器を構え、沈黙を貫き続ける彼女達は生物として見るにはあまりにも異質過ぎた。


 何かがおかしい。呼吸が少し荒くなった麗しき魔族は肌からも、思考からも違和感を覚える。

 第一、今になって報告が上がった勢力だと言う事実を無視出来ない。

 今の今まで何処に隠れていたのか。何故、今になって帝国に与するのか。


 探る必要がある、とジカランダスは冷静に思考する。が、先程得られた結果が彼女の行動を躊躇させた。

 そうして生じる隙を分身達が見逃す訳も無く。



 使用武装:アサシンズエッジ

 スキル:《スラッシャーウェーブ》



「……!!」



 ジカランダスを見据える分身、その後方に並んでいた少女達が向き直り、握る暗器より斬撃を飛ばす。

 1回では済まず、振りきった刃を再度振るい何度も何度も、黒い軌道を象った大きな弾丸を形成させた。


 止めに入るべきか、と判断の迷ったジカランダスへすかさず、彼女を見ていた分身達が迫る。

 結局、女悪魔の持つ大鎌は比べ物にならないサイズ差の刃を止めるだけに至った。


 そうしている間にも斬撃は魔族の航空戦力を捕捉し、接近を許した異形の者達を次々切り刻んでいく。

 死角より微かに聞こえてくる、血肉の舞い散る音を聞く度、ジカランダスは悔しさを露わにした。



「ヨくモ……ヨくもよくもよくモォッ!!」



 そこまでの強さがありながら何故静観しない。

 落ち目の帝国に与して何の利益がある。


 理不尽を押し付けられるのを感じつつ、同胞達が冗談めいて倒されていく現状に激昂するも、分身達の猛攻へはひたすら耐え続ける他無かった。


 分身達の繰り出す攻撃は更に激しさを増していく。

 最早、大鎌では防ぎ切れずジカランダスの傷が増える。

 段階的に傷が深くなるのは、ジカランダスの防御が甘くなっている証明だった。


 ジナリアの分身は、今の今まで機械的に、効果のあるダメージを狙っていただけに過ぎない。

 ジカランダスの消耗が大きくなった事で、それが浮き彫りとなった。


 自己再生能力は機能しているものの、すぐさま能力を上回るダメージが彼女へと襲いかかる。

 航空戦力を守る為先陣を切った筈が、役目を果たせないまま崩れようとしていた。


 目の前の標的が疲労と憔悴を隠せなくなったのを見計らい、分身の二体が片腕を突き出し袖下からワイヤーを射出する。

 それらはジカランダスの両腕に巻き付き、腕を背中側へ引っ張る。



「シまッ……」



 使用武装:Dダーク.Sスチールスティレット

 スキル:《キラープレイ》



 ジカランダスの目の前へ姿を現した分身が、刺し貫く事に特化した細く鋭い漆黒の短剣を回転しながら投げ飛ばす。

 それは真っ直ぐと狙いを定め、空中で加速していく。


 分身の追撃はそれだけでは終わらない。

 急ブレーキを掛けるように回転軌道を止めた分身の両手には既に、二振りの刃物が握られていた。



 使用武装:D.Sマチェーテ

 スキル:《グラスカッティング》



 更に薙ぎ払いに特化した形状の剣を投げる。

 白い手から離れた途端、凄まじい回転が加わりそれらはスティレットを軽く追い抜いてジカランダスの両足へと迫った。

 咄嗟に彼女自身が両足へ重点的に付与した身体強化の魔法、その強度を持ってしても触れた刀身に敵わず。



「グッ、アあ゛あ゛ぁア、ア゛ァ……!!」



 容易く腿より下が切断され、剣が通り過ぎると同時に凄まじい痛みと熱が襲いかかる。

 苦しみ呻きながらも揺れ動く視点を体の正面に合わせたジカランダスが目の当たりにするのは後数秒足らずで自らを刺し貫くだろう細長い刃。

 どうにかしたくても、どうにも出来なかった。


 ……彼女だけでは。



「……!!」



 直後、至近距離より何もかもを吹き飛ばさんと激しい暴風が生じた。

 これによりスティレットの軌道が大きく反れ、勢いも殺される。張り詰めたワイヤーも風に押されたわむ。

 距離が近すぎた為に風圧を身に受けるしか対処手段が無い分身達は、現在位置から大きくずれないよう風に耐える。

 唯一、風の影響は軽微に、難を逃れたジカランダスはこの風に見覚えがあった。


 他でもない、彼女の上司が繰り出した魔法の一つ。

 示し合わせるように、その男が姿を現した。



「モ、モうし訳ございませン……」



 身に纏う黒の重装甲からは想像もつかない軽やかさで、宙を自在に動く巨体の鬼。

 この遠征軍を統べる剛魔将軍、ザリアドラムだった。


 正体不明の敵に捕まったばかりに上司の手を煩わせた不甲斐無さを、合流して早々にジカランダスは恥じた。

 猛省を顔に出した彼女の謝意を、切りの良いところで鬼の雄々しき手が制する。



「良イ。コレハオ前ノセイデハ無イノダカラナ」



 ザリアドラムは徐々にお互いを近づける分身達の姿を見据え、自身の陰に傷ついたジカランダスの姿を隠す。

 先程から威圧している筈が、目の前の少女達は何の反応も示さず、ただ様子を見ている。その事にザリアドラムは興味を示した。

 彼がそうしている間にも、刻一刻とジカランダスは自らの肉体を再生させていく。



「傷ガ癒エタナラ引キ続キ航空戦力ノ援護ヘ迎エ。此処ハ我ガ引キ受ケヨウ」


「…ギョ



 脛までが再生しきった頃合いで、ジカランダスは上司の指示に従う。

 現在地から離脱する女悪魔に対し、ジナリアの分身達は不気味な程に沈黙を貫いた。


 何か、狙いがあるのだろうか? ザリアドラムは訝しみつつその巨腕を力み膨らませる。



「随分楽シイ事ヲシテイタヨウダガ…我ガ相手デハ不服カ?」



 そう言っている間にも出方を伺うように投げられた暗器の数々を巨体の鬼は少しの動きで躱し切る。

 同性相手に嗜虐心を抱いていた訳では無い、と仮説を立てつつ安堵し、ザリアドラムは一気に距離を詰めた。

 分身達よりも更に早く、僅かに反応が遅れた…がその程度に過ぎない。


 突き出された大きな丸太の如き拳を、狙われた分身が意趣返しの如く軽くいなすと、その拳を足場にもう一体の分身が飛び込む。



 スキル:《SA・ボーパルハーフムーン》


 

 半月に見立てた軌道を描き、振るわれた足がザリアドラムの首を刈り取らんと迫る。

 それに対し彼は不敵にも笑うと、一瞬にして姿を消し、足を空振らせた。


 何処へ消えたか、と探るまでも無く、分身達の頭上よりセンサーが警鐘を鳴らす。



 技能:腕・《ベイルインパクト》



 分身達の上から放たれたのは触れる者全てを破壊し尽くさんとする凄まじき衝撃。

 やはり分身達より動きが早い。繰り出された拳本体から逃げおおせても、生じる下降気流から分身の幾つかが逃げ遅れた。


 辛うじて難を逃れた分身の一体が視界を含むセンサーをフル活用してザリアドラムの居場所を探るも、生体反応を感知するセンサーは彼女の頭上では無く真横へ反応を示した。

 そして、視認した時には、ザリアドラムは既に構えた後だった。



 技能:腕・《マキシマムガイザー》



 分身が目で捉えた、剛魔将軍が突き出していく拳は鈍く見えるが、実態はそうでは無い。

 あまりにも速すぎて、周囲の時間すらも鈍らせる。


 ――即ち、危険この上無く。センサー類のアラーム音がけたたましく鳴るも、その音すら異常な程に遅かった。


 直後、生じた奔流と煌めきに分身の一体が呑み込まれる。



 剛魔将軍ザリアドラムのその巨腕から繰り出された、自他共に認める最強の一撃。

 神々しさすら覚える凄まじき奔流はただ真っ直ぐに、帝国領の外壁の向こう側へ位置するバンティゴへと迫る。

 分身一体に使うには大仰な技だったが、本命はこっちであり。


 警戒を強め距離を離す他の分身達を無視し、同族にすら攻城兵器と謳われる大技の威力は如何なものか、見届けようとする。

 同時に、間違いなく命中させた筈の分身へはにならなかったという認識を抱きつつ。



「我ノ拳ト帝国ノ叡智……ドチラガ上カ、勝負ダ」








「!! ……不味いね」



 同時刻、分身と情報を共有していたジナリアが苦い顔を見せる。

 これまで飄々としていた様子と打って変わった姿に、いの一番にベノメスが反応を示した。



「一体、どうしたというんだ?」


「向こうが仕掛けてきた。こっちを狙ってるよ。着弾まで…もう20秒も無いかも」



 それを聞き、コルナフェルが立ち上がり。早歩きで部屋を去ろうとする。



「コルナフェル殿、と言ったか。此処で待っていて欲しい」


「…何故でしょうか?」



 が、彼女の当然と言うべき行動を、大将軍リミングが止める。

 非常事態のあまり、抗議の目線を送りつつ見目麗しいもう一人の少女は振り向いた。



「このような事態に備え常駐部隊を配備しているのだ。どうか、彼らに任せて貰えないだろうか」


「それは……いえ、何でもございません」



 リミングの見せる年季の入った目は至って真剣なもの。

 姉の提示した同盟は帝国と機皇国、その両国の地位や立場を横並びとして扱う。

 確かに、コルナフェルの大出力を以てすれば掻き消すとまでは行かずとも相殺ならば可能だが。

 同時に、帝国の防衛戦力を信頼していない根拠とされかねない。


 良かれと思って行った行動で、そのような問題を生じさせて良いのだろうか。

 短い葛藤の後、コルナフェルはリミングの言を信じると共に自らの短慮を恥じて扉から離れた。



 彼女が戻った途端、外で大きな閃光が生じ、直後くぐもった轟音が微かに聞こえてくる。

 現在、彼女らの居る駐屯地司令部への影響は地面が僅かに揺れた程度であった。



「あくまでこの国の領域は自分達の手で守る、と。そういう事だね」


「…せめて、意地を見せたいのですよ。『どれ程弱っていようと、お前達魔族に屈する事は無い』と」


「流石は、エルタ帝国だ」



 此処に来るまでの道中にてベノメスからこの国についてをそれとなく聞いていたジナリアは、調子を合わせて感銘する。

 思い返せば、マカハルドの土地にも外壁近郊に魔物の姿は無く、大物達も外壁より遠くに位置していた。

 幾ばくかは『懲罰部隊』が手伝ったのもあるだろうが――ジナリア達が来る前からそれを維持できていたのは、他でもないベノメス達のおかげである。


 益々プレイヤー達の国家が重なって見える。ジナリアにはそんな気がした。



「さて、それじゃあ第5遠征軍なんだけどさ――」


「あの威力であればもう3発は耐えられるが……」


「――いや、そっちじゃなくて。行かせた戦力が丁度良いぐらい時間を稼いでくれたし。……もうすぐお披露目出来るよ。ジェネレイザのとっておき」



 不敵な眼差しを見せるジナリアのメモリーには、ある超巨大戦艦の姿が浮かんでいた。

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