第62話 迫る奔流【前】

「……」


「……!」



 大将軍であるリミングすらも、一人の隊長に過ぎないベノメスですらも目の前に映る光景を前にして息を呑む。

 ごく一部に魔法が使われている程度で、それ以上の魔法との関連性は無い空中のスクリーンの中。展開されているのは、大海を越えた先の列強の一角にて起きた惨状。


 城下街が燃えている。それも王国の膝元が。


 崩れ行く建造物の数々に逃げ惑う人々、そして彼らを守ろうと躍起になって救援を行う騎士団や兵隊の姿はとても他人事には思えなかった。



「これが向こうの一昨日の出来事だよ。今はそれなりに落ち着いているだろうけど、今すぐ『懲罰部隊』がどうこう、とは言えないだろうね」



 刺激の強い内容だが、それを見せているジナリアやその後ろで控えているコルナフェルは落ち着いていた。

 …いや、落ち着いている素振りを見せているだけかも知れない。


 この惨状を引き起こせる存在――もう一隻の《エクリプスアーク》に乗り込み、東大陸に向かった者達の中の一体には心当たりがある。


 それは末妹のベルディレッセだった。



(少し見ない内に何が起きたのですかベルディ…)


(ベルディ、私は君が心穏やかに過ごせているか心配だよ……)



 表情とその振る舞いは取り繕ってはいるものの、内心では各々が冷や汗を滝のように流していた。


 先んじて見せる内容として適切であるかどうか、というチェックはしていたものの。

 現時点で提出出来る映像音声の中ではこれが、王国が今すぐに動く事は出来ないという証明に他ならず、これを見せる事となった。

 映像加工をしたところで見破る術はあると考え、敢えて何も手を加えていないものを。


 大将軍ですらその組んだ手が震えている辺り、効果は抜群と考えていい。

 それが逆効果であるか否かはさておき。

 このままだんまりを続けていても話が進まないと考えたか、リミングが驚嘆してから長くなった沈黙を破る。



「…成る程、こうも破壊されてしまっては今すぐ『懲罰部隊』の件を追求するなどという空気にはなれないだろう……」



 リミングがそう発する一方で、ベノメスはこれまでのジナリアから聞いた情報からして、ジェネレイザの関係者が行った、もしくは関与した可能性が高い事を推察する。

 が、それを口には出さなかった。出した場合の未来が容易に想像出来てしまう為。


 機皇国、引いては帝国の進退に関わるであろう事象への責任を、一兵卒の身としては持てなかった。


 驚きを露わにしていたのを改め、大将軍の鋭い眼はジナリアへと向き直る。



「それで、ジナリア殿。ベノメス第56小隊長より聞いたが、本日は帝国とそちらの機皇国ジェネレイザとで同盟を結びたいという話であったが」


「うん、そうなんだけど」


「その理由を尋ねてもよろしいか?」



 リミングとしては、当然の問いだった。

 理由として思い当たる節はある。エルタ帝国のみが生産技術を有するルーン鋼がそうだ。

 ベノメスからは王国が所有する巨大戦艦『マジェスティ』と、メカという種族は似通っているとも聞き及んでいるのもあり、真っ先にその可能性が過った。



「お察しの通り、ルーン鋼の貿易がしたい、というのもある。だけどそれはあくまで二の次」



「ほう…」と小さく漏らし、関心を示すリミング。そんな彼の様子を見てかジナリアは続けた。



「『呪われた島』周域を正式に、機皇国ジェネレイザのものと認めて欲しい」



 どれだけ機皇国側が強く主張をしたところで、他国に認めてもらえなければ独善的で無意味なものでしかない。

 それがジナリアの考えだった。


 そんな彼女の発言に対し、リミングは顎を摩り腑に落ちない様子を見せる。



「何故、帝国になのだ? それこそ列強に頼めば良い話ではなかろうか」


「発言力という観点だけ見れば、ね。だけどこの国には『呪われた島』に対する一切の権限が委ねられている。でしょ?」



 彼女の自信満々な発言を耳にして、大将軍はようやく納得のいった素振りを見せた。



「なるほど、だからこその帝国という事か」



 すると、リミングは白髪の少女へと歩み寄り、顔を少しだけ綻ばせて右手を差し出した。

 対するジナリアも意図を理解しその手を取って握手を成立させる。

 そこから更に、年季は無くとも実力者のそれである白磁の手を両手で包み、精悍な顔を深々と下げた。



「二国間での同盟締結、承諾したい」


「ありがたいね。でも、交換条件がある。でしょ?」


「その通りだ」



 そして、その交換条件というものがどんな物であるかは大方予想がつく。

『懲罰部隊』の脅威が失われた今、帝国にとっての目の上のたんこぶは一つ。

 同盟締結の条件は、頭を上げたリミングの口から発せられた。



「帝国領内並びに隣国領内の魔王軍の排除、並びに帝国領防衛網の強化への。今の私から言える条件はこの2つ。こちらを仮案として上申させて頂く。先の同盟締結含め求める内容はより増大かつ複雑なものとなるだろうが、どうか了承して欲しい」


「良いよ。国力安定の為ならどんどん利用して欲しいな。こっちも大変だけどこの国程って訳でも無いし」


「ご寛容に感謝する。……それと、述べた条件の内前者の方なのだが」


「当然第5遠征軍も含まれていて、今すぐにでも着手して欲しいって事だよね。一応準備は整えているよ」


「そうか、では」


「もう既にやってる、と言えば君達は信じるかな?」



 リミングは彼女の発言を訝しく思うが、一方のベノメスには心当たりがあった。

 それを見て、ジナリアは不敵に笑む。


 彼女の後方にて沈黙を貫くコルナフェルもまた、姉の発言に青い目を僅かに開く反応を示した。





 バンティゴ防衛戦、その最前線は外壁との距離1.6kmまで押しやられていた。

 末端すら強大な実力者たる大軍の精鋭集団と、首都より加わった増援達の助力もありそれにどうにか食い下がっている帝国軍。


 されど消耗の度合いは歴然というもので、緩やかながらも帝国軍の数は減りつつあった。

 そして、士気の高さも反比例しており。



 魔族の末端兵である『ナックルガイザー』達は巨腕に沿った拳を叩きつけながら帝国軍の最前線に大打撃を与えていく。



「がぁぁ!!」


「ぐおぉぉおっ!?」



 同時に発せられた爆風、生じた上昇気流により冗談のように数多くの兵士が宙を舞い、着用していた鎧は砕かれ土に塗れる。

 だが、成す術が無い訳では無い。武器の心得がある者は空中にて体勢を立て直し握っていた剣や槍を投げ飛ばし、魔法の心得がある者は空中にて印や陣の形成、詠唱にて攻撃の魔法を行使する。


 武器と属性魔法の五月雨。それを魔族達は物ともしないが、少なくとも効果は得られた。

 かすり傷程度であれど、肉体に損傷を与えられた事が肝要なのだ。

 各々が着地の衝撃を和らげながらも反撃に転じる中、その雄叫びは前線に届く程に響いた。



「こいつは、効くぞぉ!」



 技能:複合印 《潰滅術証》



 鎧甲冑の上に外套を纏う高位の魔導師がそう叫ぶと同時に、人差し指と中指を立てて指揮棒のように振るう。

 すると、魔族達が負った傷が深い亀裂となりて急速に拡がり、肉体を崩壊させるに至った。

 魔導師が繰り出したのは、負傷に反応し裂傷を与えるものと、指定した魔法を増幅させる古代ルーン、その複合である。



「今のうちだ、やれィ!」



 魔導師の号令と共に、他の魔導騎兵もまた各々が得意とする攻撃のルーンを発動させた。

 それらは編み込まれる毛糸のように、異なる属性を取り込み一つの大魔法を形成する。



 技能:混成印 《壊地術証》



 ルーンが有する火も、水も、風も、土もあらゆる属性を綯い交ぜにし生み出された純白の巨大な光弾。

 それは目の前の迫る大軍に向けて放たれ、魔族の最前線へと直撃する。


 瞬間、解き放たれる閃光。敵も味方も等しく包み込むその光より遅れて、耳にした何もかもを揺さぶる轟音が鳴り響く。

 しかし、その威力と閃光と轟音を直に浴びたのは魔族側だけであり。これによる帝国軍の被害は無かった。

 元より、味方を巻き込まない性質を放たれた大魔法が有していたからである。


 これにより第5遠征軍への大打撃を与えられたものの、勇み攻め入る他の兵士達にも、ましてや繰り出した術者達の顔にも余裕は無い。

 大打撃と言えどせいぜい敵戦力の1割を削った程度。そして、魔族達に戦意が損なわれている様子は見られない。


 前線を支える魔導士や弓兵に銃兵、砲兵部隊の援護こそあれ、一個体が有する平均戦力の差は歴然だ。

 加えて、第5遠征軍には航空戦力もある。ルーンの行使を予測し一度退いた戦力が帝国軍の上に舞い戻ろうとしていた。


 だが、何かがおかしい。帝国側、戦線を指揮する将軍は違和感を覚える。

 戻ってくるぐらいならばこちらのルーンを妨害する事だって出来た筈。何故、こうも上手くいったのか。

 少しの間だけ思考の海に潜るが、最前線の損耗が激しい以上あまり時間を割いてはいられない。

 結局答えは見つからないまま、将軍は次の指示を下す。


 その答えは、意外にも前線を支える兵士達が見つけていた。

『ナックルガイザー』を始め、肉体も実力も屈強な魔族達の猛攻を捌きながら、空中にある変化に目が向いた。



(あれは…)



 帝国兵士の一人がそう思うも、巨木の丸太ほどの大きさの拳が迫っていたので速やかに視線を戻し、辛うじて回避する。

 空中では、魔族達だけを狙う複数の人影が華麗な動きで舞っていた。


 暗器を投げ、翼を生やした魔族達の急所を的確に狙うその少女達は他でもない、ジナリアの分身だった。



 使用武装:アサシンズエッジ

 スキル:《SサイレントAアクション・ムーンライトダンス》



 本体と違い冷徹に獲物を見る彼女達は空中にて、人の姿とは思えない程の機動力を見せる。

 隠蔽システムの中に隠した、足のバーニアを適度に短く噴かし、多段ジャンプを装う。

 翻弄しつつも、帝国側に流れ弾が飛ばないよう牽制し、魔族達をキルゾーンへ捉えた。


 最低限の動作で、飛ばす直前まで暗器の姿を見せない。

 投げてきたと認識した時点で遅く。為す術も無いまま鋭い黒の暗器が魔族達の脳天と心臓を貫いた。



「ゲッ!?」


「ガッ……」



 仲間達が次々狩られていくのを見過ごす訳に行かず、ホバリングをしながら方向転換し、ジナリアの分身へ向け反撃を繰り出そうとする巨大な羽の悪魔達。

 だが、寡黙な彼女達からすればそうしている事自体が隙だらけでしか無かった。



「ゲグゥ……」


「グゲガァ!」


「……」



 加えて、空の魔族達の殆どが自分に近い分身だけを見ているのもあり。

 大胆にも、真下から攻め入る分身の姿もあった。


 暗器から刃の長い直刀へ持ち替え、下から真上へ突進を仕掛ける。

 その一連の動作は地上に居るかのように、とても滑らかだった。



 使用武装:ニンジャブレード

 スキル:《キリングダイブ・ライジング》



「―――ッ」



 真下からの突進に気付いた魔族は、対処が間に合う訳も無く下半身と泣き別れをする事となった。

 次々仲間を討ち取られ、遂に魔族達は怒り喚き出した。



「ゲガァア!!」


「グゲルァ!」



 技能:腕・《ヘルファイア》


 技能:腕・《ボルテックスキャノン》


 技能:腕・《スライサーエッジ》


 技能:腕・《ベノムボミング》



 発動の早く、連射も可能な魔法を繰り出し、分身に当て倒そうとする空の魔族達。

 対する彼女らは、直近の体勢を維持しながら降下しそれらを見据えていた。

 繰り出された業火球、雷球、風刃、黒い爆発が如何程の脅威であるかを冷静に分析したのだろう。


 その姿を見て、実力の差を思い知ったならば。彼ら魔族達の命運は少しは変わったのかもしれない。



 スキル:《SA・フラッシュアクセル》



 分身達が発動したのは、本体を含め有する回避スキル。

 ゲームにおいても高い頻度で発生する為、必中攻撃が主な対策になるが、魔族達が繰り出す攻撃のいずれもが必中では無かった。


 スライド移動しているように見える残像を放ち、彼女達は速やかに、繰り出された魔法の数々を躱し切る。

 撃たせる方向を調整していた事で、標的を失った魔法の数々は進撃する魔族達に命中した。

 普段はあり得ない凡ミスを前に、分身の数々を見失ったのもあって慌てふためく魔族達。


 当然ながら、そんな隙だらけの姿を見過ごす訳も無く。



 使用武装:アサシンズエッジ

 スキル:《SA・リーパーサイズ》



 死神の鎌に見立てた短くも切れ味抜群の刃物の数々が宙で激しく舞い踊り、空の魔族達の首を刈り取っていった。

 それ程まで殺傷力に優れた暗器を、ジナリアの分身達は苦も無く掴んで回収してまわる。


 直後、独特の空中機動を以って次へ向かう。

 今しがた実践して見せたように、現在の彼女達の目的は第5遠征軍の航空戦力へ大打撃を加える事。


 一個小隊を倒し切っただけに過ぎず、物言わぬ分身達は忙しない様子を見せていた。


 それから過ぎた時間に比例して魔族の航空戦力、その小隊規模が次から次へ消えていく。

 流石に違和感を覚えたようで、追加の戦力が駆り出されるもその逐一を分身達は撃破していった。




 ◇◆◇




「状況ハ、ドウナッテイル?」



 周域の荒野に溶け込む迷彩の施された、魔王軍直属第5遠征軍本拠地にて、戦況を見る事の出来る5つの鏡を監視する配下へとザリアドラムは問う。

 鏡の数と同じ眼を忙しなく動かす悪魔は、右上に配置した鏡に注目した。



「ドうやら帝国軍とは別の勢力がいるようですネェ。サきほどより『クラックデーモン』、『スカイボマー』、『エアロフレーク』部隊が次々とやられていまス」


「航空戦力ガ、カ? 『ナックルガイザー』ヤ『ダークチャリオット』ハ何ヲシテイル?」


帝国テいこく軍に掛かり切りで戦力を削られている事に気付いていないようですネ。こうが手練だから、というのもあるでしょうガ」


「ホウ…」



 ザリアドラムは報告を聞き、胸が躍るのを感じる。

 もしかしなくても、何時ぞやの帝国に与する強者を釣ることが出来たのでは無いか、と。

 沸き立つ高揚感を抑えるように、ザリアドラムは何度も拳を握り直した。



「航空部隊ニハ地上ヲ無視シテ空中ノ敵ニ集中スルヨウ伝エテオケ。後方ニ待機シテイル者達モ急ギ前線ニ出テクルヨウ、トモナ」


ギョ



 ザリアドラムが本拠地のテントから出てくると、丁度ジカランダスが降り立ってくるのが見えた。

 彼の元へ着地する彼女の姿を、ザリアドラムは腕を組みながら待っていた。



「ソの様子ですト、シュつげきなされるおつもりデ?」


「勿論ダ。興味深イ情報ヲ得タノデナ、コノ目デ確カメテ見タイト思ッタノダ」


「デしたラ、ワたくしめを共ニ」


「良イダロウ、付イテ来イ」



 軍を統括する剛魔将軍とその忠実なる配下は、最低限の防衛戦力と通信部隊を残し本拠地を発つのだった。

 如何な強者であれど、此処まで来れる程の余力は持っていない――そう予想した上で。

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