第61話 されど歯車は回る ②【後】
「あいつ…!」
目前の脅威が居なくなった事でガララダ率いるマッドブラザーズが逃げるマットを追うも、彼だけの乗った昇降機は既に閉じきろうとしており、間に合わなかった。
上層階へ向かう速度は降りてきた時と変わらないだろうが、速く感じる。
それに、最上階へ向かった昇降機を待ち伏せしたところで、そこに居続けているとも限らない。
「無理に追うな。奴は外で捕らえる。追跡する手段はこちらにあるからな」
「…そうかよ」
「それと、そこは危ない。早く戻ってこい」
何だ、とガララダは思うも先の出来事があった故に今度は抗議せずに素直に従う。
戻ってくると、レミネスが天井を指差す。一同がその指が示す先に注目すると、見覚えのある金色の粘体が徐々に滲み出てきた。
それが巨大な粒になると、金属類でありながらも粘り気の強い液体の音を奏で、落ちてきた。
その粒だったものが徐々に床へと染み込んで消えていくと、中から1mサイズのベントネティとグリムが姿を現し、起き上がった。
「やあ。首尾はどうかな?」
最下層へ降りてくる前の騒ぎがあったとは思えない程にグリムは何時も通り振る舞っている。
ブルームーンが敵側であった事もあり、彼らが無事だという事に騎士達の一部とマッドブラザーズは安堵を浮かべる。
その一方で、レミネスもまた何時も通り、冷静に言葉を返した。
間に合っていればどうなっていたやら、という考えもあり。
「裏切り者に逃げられた。これからアジトを出て外で追跡する。お前達はどうする?」
「勿論参加するよ。だってまだ
「頼もしい限りだな」と快い返事に返答しつつも、懐から道具を取り出すレミネス。
その手には淡く輝きを放つ、ある程度は研磨された水晶のような石を取り出した。
それに強い興味を、グリムは示す。
「転移石だ。見るのは初めてか? これは一度来た場所へなら一瞬で行けるぞ」
「へぇ、それは凄い…」
「それに、この人数ならばこれ一つで事足りる。お前達、私のそばに近寄れ」
レミネスの指示に従い、騎士団の半数とマッドブラザーズ、グリム達が彼女を中心に集まる。
「では行くぞ」と一言の後に、纏まった一同は一瞬にしてアジトの最下層から姿を消した。
残った者達はシームレスに、気絶した『刻十蛮頭』の監視と負傷した者達の手当、それから証拠を押さえるため、ショーケース内部の植物の監視に移行した。
『刻十蛮頭』のアジトを出た矢先、そこかしこから火の手の上がっている音、更には頻繁に発生している爆発音が聞こえてくる。
見えてきた街並みが夜だと言うのに不自然に明るくなり過ぎて、一部の建造物が倒壊し、悲鳴を上げ逃げ惑う人々が見えれば嫌でもその異変に気が付く。
「…何が起きている?」
流石のレミネスでさえも、驚愕を露わにせざるを得なかった。
マットが追跡の手を撹乱すべくやけになったか、と考えたが、その割には規模と範囲が極端だ。
主に火の手が上がっているのは跡形も無く破壊された建造物とその近くの施設であり。火元は簡単に絞り込める。
それに、レミネスの勘が正しければ、火元となった建造物の全てが裏社会の組織の所有するものであり――。
「お前達は避難誘導と応援の要請を頼む。人手が足りん、急ぎ他の八傑や貴族達にも連絡を取れ」
「「「はっ!」」」
――思考に割いている時間はあまり無い。
レミネスは何らかの意図があるものとは思いつつもそこで一旦区切りを付け、急いで騎士団に指示を送る。
目の前の惨状を前にして、良識ある冒険者としてガララダ達も黙って見ている訳にはいかなかった。
「俺等も加わるべきか?」
「そうだな、マッドブラザーズの一部を割いてくれ。冒険者ギルドにも掛け合って貰えれば助かる」
「おうよ」
「ガララダ、それからグリムとベントネティは私に続け。この混乱に乗じて逃げ切られても困る。此処で片付けるぞ」
「おう!」
「分かったよ。じゃ、行こう」
長兄より指示を受け取ったマッドブラザーズが散開するのを確認した後、残るレミネス達はこの燃える街中を逃げるマットを追うべく、別行動を取った。
その後ろ姿を、塔の上から見下ろす黒き影の姿に誰一人気付く事無く。
マットの追跡に迷いは無い。
突き進むレミネスの後をグリム達は追うだけで良いというのもあるが、それだけでは無い。
「こんな入り組んだ道を進んでやがるんだな、あいつ」
レミネスやグリム、小柄で且つ細身の彼女達は狭い路地や倒壊し炎に包まれ崩れた瓦礫をものともしないが、ガララダやベントネティからすれば直行するにも一手間かかる。
ベントネティの振るう金の粘体が即席のジャンプ台を生成したり、炎熱の影響を封じたりするのもあり、それで出来た道を進めば良いので、彼女達に付いて行くのには然程苦労はしなかった。
「いや、追い付く為に最短距離を取っている。出来る範囲で最短距離を、な」
「うん、それが良いね」
この混乱に乗じて国が補償してくれるからと粉砕して回ろうものなら、それこそ反社会勢力のやり口になってしまう。
多少の困難は承知の上で、彼等はマットの行方を追っていた。
「…見えた!」
屋根の上を突き進んでいた一同。先頭のレミネスがマットの姿を捉えたらしく、彼女は屋根から跳躍する。
グリムもまた、屋根の上から裏切り者の姿を見るも。その者と一緒に居る少女の姿に動揺を露わにした。
「おい、どうした!?」
突然足を止めたなら後続のガララダは当然疑問を浮かべる。
そもそも、グリムは想定していなかった。このような状況を。
マットは周囲を睨み付けながら、捕まえた少女の首元にナイフを突き付け後ずさっている。
別段、グリムにその少女を助けようと思う良心が無い訳では無い。
レミネスと同様に、今すぐ助けようとすらしただろう。その少女が彼の上司であるベルディレッセでさえ無ければ。
「何故、此処に…」
レミネスを止めるべきか。しかし、ベルディレッセはマット一人が抑えつけきれる程度の存在などでは無い。
そうこうしている内に、レミネスはマットの元へ落下していき、それを警戒を強めていた彼が見つけ。
「おい、この小娘が見えな――」
技能:剣・《パニッシュメントエッジ》
その発言が降下する彼女をますます怒らせるなど考えもせず。
浅はかにも人質を取った暴漢へと、そして見知らぬ少女を助け出すべく。彼女の剣はマットが動きを見せるより先に彼を切り裁いた。
「――があぁッ!」
ベルディレッセを引き離し、剣を手放したレミネスはマットの顔面に鉄拳制裁を見舞った。
彼女とほぼ同じ体格の優男が冗談めいて吹き飛ばされ、少しめり込む程に壁に叩きつけられる様はグリムですら爽快に思える。
「みっともなく罪を重ねるか。恥を知れ」
彼女一人でもどうにかなった気がしないでも無いが、それでも万が一というものもあり得る。
現状、そうなっていたグリムは浮かべた動揺をひた隠しにしつつ、ガララダ共々屋根から飛び降り、レミネスと合流した。
続いて、彼女の視線は逃走劇に巻き込まれた少女の方を見る。先程までと違い、優しげな眼差しで。
「――怪我は無いか?」
ベルディレッセは無言で頷き、女騎士を安心させる。
ガララダが壁から落ちてきてすぐには動けない様子のマットを拘束する中、グリムは冷や汗を隠しきれていない。
一体、どうしたのか。レミネスが疑問に思った矢先、少女はグリムへと駆け寄った。
「お兄ちゃん…」
その発言がナイスパスだったと考えるのはグリムのみ。
彼女の調子に合わせ、グリムもまたアドリブで駆け寄った彼女を姿勢をかがめて抱きしめる。
「駄目じゃないか、ベル。一人でこんな危ない場所に来ちゃったら」
「街がこんなになってて、怖くなってそれで…。ごめんなさい」
「グリム、この子は…」
「以前、西大陸から来たって話したね。この子も西大陸の出身で、僕の旅に付いて来た親戚の子だよ」
大粒の涙を浮かべつつ、ベルディレッセはレミネスの方を向く。
宵闇の如き紫の眼には何処か引っ掛かりを覚えるものの。レミネスは気の所為と考え咳払いする。
グリムも幼い少女もまた、西大陸出身と分かり、これ以上引き止めようものなら更なる面倒事に巻き込まれかねない。
――他でもない、彼ら自身が。
「…そうか。グリム、後の事は任せておけ」
「えっ、良いの?」
「その子の安全の為にも、だ。今日一日だけでも側に居続けてやれ」
「…ありがとうございます」
立ち上がり、礼を述べるグリム。それから、「行こうか」とベルディレッセを抱きかかえて、グリムとベントネティはその場から立ち去った。
「ありがとね、お姉ちゃん」
彼女へ向け、手を振り小さくなっていく幼き少女の姿を見送り、レミネスは仕事の姿勢に戻るのだった。
それから、疑いの目を向けていた己を恥じる。彼が内情をひた隠しにしているのは、それだけの訳があったという事が示された為。
「済まなかったな、グリム。ベントネティ」
「……」
レミネス達が見えなくなるまでベルディレッセを抱きかかえたまま歩いたグリム。
誰も追って来ないのを把握し、それからようやく彼らの関係は兄妹という設定から元の上司と部下の関係に戻る。
「な、長々と失礼しましたベルディレッセ様…」
急いでグリムはベルディレッセを抱えた状態から解放する。
当の彼女は無表情を貫いているものの別段不機嫌になっている訳でも無く。
楽だったという理由から、降ろされた事を内心残念がっていた。
しかし、このままでは何も進まないので彼女も上司としての自分に切り替える。
「あなたが負い目を感じる必要は無いわ。元はと言えば油断したわたしの失態だもの」
マットに捕まるまでにベルディレッセは、違法薬物を扱う裏社会組織の所在地リストに沿い、片っ端からそのサンプルとなるものを強引に収集しにかかっていた。
サンプル収集という名目だけなら此処まで事を荒立たせる必要は無い。
が、あまりにも時間の猶予が無く、手段を選んではいられなかった。
そこに激情が募りすぎた、という酷く身勝手な理由も含まれているのはさておき。
騒ぎをわざと起こさせ、混乱を引き起こす事で首謀者の特定を可能な限り遅らせる。
仮に目撃者がいて生き残っていたとして、ベルディレッセの仕業だと断定出来はしない。
裏社会の組織が所有する数十件に襲撃を仕掛け、騒ぎはかなり大きくなり、サンプルも十分な程に集まった。
だが、彼女は油断した。グリムの反応が近い為、自然な形で離脱し、切り上げようとした。
コンソールの使用を自主的に縛っていた為、近付いてきた生体反応に害意がある事を直近まで把握出来なかった。
そうして、一芝居を打つことに。そして今に至る。
騎士団による救助活動、避難誘導が行われている最中、未だ混乱の収まらない街中で、少女はふと空を見上げた。
彼女の目の前へ移るコンソール上のマップには空を横切っていく特殊な黄色い点の反応が映り、それによって彼女は顔を顰める。
「グリム。ベントネティを連れて帰りなさい。わたしはもう一つやる事をやってから帰る」
「えっと…分かりました。お気を付けて」
先程のような失態は起こり得る。が、進言したところで意思は変わらないだろう。
そう考え、グリムはベントネティ共々幼い少女の元から去っていった。
ある程度背中が遠ざかったところで、ベルディレッセは足を変形させ露出したバーニアを噴かし、一気に近場の建物の屋上へと飛び上がる。
静かに降り立った少女が見据えるは、一つの特殊な飛行船。
この世界における貴族が乗り込んでいてもおかしくはない豪奢な客船だが、問題はその中身にある。
彼女が眼球に搭載されたセンサーの表示を切り替えると、センサーは飛行船の外装を透過し、中身には今回収集したサンプルと似通う物体が確認された。
混乱に乗じて、見た目を偽り積み荷として運び出そうとしている。
誰が何の意図を以ってそうしているのかは不明だが、陰謀によるものと見て間違いは無い。
「まったく…めんどくさい」
これを阻止したならばどうなるか。それを実行したベルディレッセへ報復しにかかるだろうか。
彼女自身としては、収集したサンプル共々、このような物体に手を出す王国の人間に深くうんざりしていた。
自分達で完結しているならまだしも、全くの無関係な存在を巻き込んでいる為に猶更。
それでも、自分を助け出してくれた女騎士の姿が思い浮かぶ。
見逃すのが最適か、それとも撃ち落とすのが最適か。既にジェネレイザ側の都合で空軍基地を襲撃し、今回の騒ぎを引き起こしてしまってはいるが。
混乱を更に深める事を申し訳無く思いつつも、少女は蔓にも似た伸びる木から生成し、構えた樹木の大砲を狙いを定め、引き金を引いた。
中身がくり抜かれ、節々に穴が空いたそれは木々に巣穴を作る鳥類になぞらえこう名付けられている。
ウッドペッカー・ネスト、と。
使用武装:ウッドペッカー・ネスト
スキル:《ハイパワー・スマッシャー》
引き金が最後まで押し込まれた瞬間、爆ぜ飛んだ圧縮空気の砲弾が通り過ぎようとしていた飛行船の装甲を貫き、飛行システムを完全に破壊した。
風穴が空き、中身の一部が抉れ露出したその残骸は黒煙を上げて徐々に高度を落としていく。
船内に生体反応が見受けられないのは確認済みで、運が良ければこの墜落による死傷者は出ない筈だ。
樹木の大砲を持ち上げると、その大砲は一瞬にして枯れ朽ちた。
「これで借りは返したわ。女騎士
これが王国にとって好転する出来事になる事を祈りつつ。
今しがた更なる混乱を生じさせた少女は、建物の屋上から転移によって姿を消した。
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