第6話 接触

 50人もの難民を載せた帆船はそれなりの大きさをしている。

 死出の旅だが、せめて島には無事に辿り着くようにと頑強な設計を施され、また船内の倉庫には小さな袋が複数積まれており、その中に広がる魔法で生成した空間が数十日分、乗員分の食料品と飲水を袋の数だけ収めていた。


 詳しく言われずとも、彼らを送った本国にそこまで手厚く出来る程の余裕はあまり無いと彼らは理解しており、一日でも多く生き抜く事が本国に報いる事だと涙を呑んだ。


 しかし、今はそんな船がちっぽけに見えるくらいの巨大な船に進路を阻まれ、夕暮れの沖の中で彼らは逃げ場を失った。

 潮風を受け忙しなく、荒々しくはためく複数の海賊旗が、彼らを恐怖で支配する。


 ずかずかと難民船に連絡橋を掛け、乱暴に乗り込んで来る者達。

 色のバリエーション豊かなタンクトップにズボン姿ではあるが手にはカトラス型の片手剣やフリントロック式の銃だったりと当たり前のように武装しており、また、屈強な肉体の持ち主が大半を占めている為、抵抗した所で無残に殺される未来が目に見えている。


 食料や飲水だけを奪いに来たのでは無い。

 のこのこと縄張りに入って来てしまった難民達そのものもまた海賊の狙いであった。



「鴨が葱を背負ってくるってのはこの為にある言葉だよなぁ。そうは思わないか、うん?」



 無精髭を生やした、半裸の太った男が下品に歪む顔を難民の妙齢の女性に向ける。

 既に彼女は青褪めており、冷や汗を垂れ流し過呼吸に陥っていた。


 彼女の恋人に当たる青髪の青年は、抵抗する素振りを見せたから海賊数人がかりで現在取り押さえられており、悔しさに綺麗な顔を歪ませつつ、獲物を追い詰めるように周囲を歩き回る男を目で追うので精一杯だった。



「帝国出身の奴は高く売れるんでなぁ」



 海賊の一人が含み笑いをしつつ何気なく放った言葉は彼らに残酷に投げかけられた。


 そう言えば、今まで島送りにされた人々が無事に島に辿り着けた話は聞いた事が無い。


 あまりの窮地に陥ると返って落ち着く事もある。ふと、難民の一人がそう思った。


 こうして島送りにされる前に、島送りにされた者達を載せた船が、遠い海で失踪するのが相次いでいると、この船の船員の殆どが噂で聞いた事があった。


 その噂は今こうして、海賊達が飛び込んできた事により自分達が遭遇するという最悪の形で信憑性を高めていた。

 島に辿り着くより先に第三者の介入により何らかの事態が発生したなら、それも連続して起きているならば合点がいく。


 これが初犯だと言うには手際が良すぎる。

 この海賊たちは、島送りにされ、帰る所を失った難民達の身柄を利用しのし上がってきたのだろう。

 今のこの状況もまた、その延長線上としか思っていないに違いない。


 では、誰が海賊たちに島送りのタイミングを教えたのか。

 内密の筈のこれに帝国が一枚噛んでいたとして、結局は損をするだけになる以上帝国の仕業はまずあり得ない。

 恐らくはそれの決定権を持つ王国の仕業によるものだろう。



(…やられた!)



 腕を後ろに縛られ、監視の海賊二人に見張られる中年の男が悔しがるが、もう遅かった。


 善意として食料や水を積んだのが仇となってしまっている。海賊からすれば、帝国出身の元平民以外の統一性が乗組員に無い、魔法小袋を積んだ船など目印にしかならない。

 それに王国主導の法案ならばタレコミがあってもおかしくは無い。


 助けが来る目処もなく、ただただ魔法小袋の山を取り上げられる光景を見る事しか出来なかった。

 そんな中、一人の少年が暴れ出す。



「父ちゃんを離せ!」



 見ると、少年の目の前には数人がかりで取り押さえられた彼の父親の姿がある。幼い正義の心が、彼を奮い立たせているのだ。

 しかし、今のこの状況では無茶も無謀も過ぎている。



「何だこのガキ? ぶっ殺しちまうか?」


「止めておけ。商品の値打ちが下がっちまう」



 暴れる少年が見過ごされているのは、彼もまた商品の一つとして認識されていなかったからに過ぎない。

 商品と他者をそう認識する以上、社会の裏、深い深い闇の中で行われている人身売買しか考えられない。


 西大陸において、人身売買は如何なる手段であろうと全ての国で禁止されている。国家主導で行う国があると分かれば、その国が一夜にして消滅しかねない程に。

 だが、このようなアウトローが軽々しく口にする辺り、東大陸の列強の介入による腐敗の酷さが伺える。



「でもよお、立場ってもんを分からせる必要があるよなぁ?」



 それに、見過ごすと言っても、あくまで一時的なものに過ぎない。

 腕っぷしの強いであろう大男が拳を何度も平手に叩きつけ、小さな少年にじりじりと近寄る。

 少年が危ない。誰もが思った矢先、体を抑えられたまま彼の父親が吠えた。



「止めろぉ!」



 海賊達の注目は父親の方に切り替わる。

 標的が変わっただけで、事態は何も好転してはいない。

 言い方が不味かったのだ。彼の口元は悔しさに震える。



「…止めて、下さい。息子だけは、どうか…」



 情けない言い直しに、少し沈黙すると、海賊の一人が吹き出す。

 そしてそれにつられた海賊一同が少年の父親へと嘲笑を浴びせかけた。



「聞いたか? 今の! やめてくだちゃ〜い、だってよぉ、ギャーハハッハッハハァ!!」


「く、くそぉ…!」



 自らの未熟さが起こした事態が、父親が悪者に嘲り笑われる結果を招いてしまった。

 幼いながらも父は悪くないのを理解しており、どうする事も出来ない自分自身の無力さに少年は悔し涙を浮かべた。

 抵抗しなくなった事で少年の細身も笑い続ける海賊達に簡単に捕らえられてしまう。


 もう、残された手段は無い。

 このまま、何処かも知らぬ異国の地に売り飛ばされてしまうのか。

 残酷な運命を受け入れる他無いという、絶望が難民達を支配する。


 しかして、難民に降りかかる不条理は、襲うだけとは限らなかった。



「うん? 霧が出てきたな…」



 海賊の一人がそう呟くと、海賊船が塞いだせいであまり見えなかった外側がいつの間にか白い靄がかかった景色になっていた。


 霧が出た。しかしそれだけでは何も起きる訳は無い。しかし、今回は何かが違う。



「グルルルルルルッ、バウッ! バウバウッ!!」


「フシャアアアァァァ!!」


「な、何だ!?」


「落ち着け、吠えただけだ。ったく、驚かせやがって」



 最初に獣人達が、荒々しく吠えた。

 目に見えない、まだ遠い何かを威嚇するように。


 獣人は生まれつき、本能的な感覚、謂わば勘というものが鋭い。

 その習性に理解があったなら、彼らの行動の意味が読み取れた筈だ。

 突然吠えただけなら偶然に思えるだろう。

 しかし、そんな偶然が二度も続けば疑惑は確信に変わる。



「あ、ああ、ああああぁぁっ」


「今度は何だッ!?」



 手を縛られたエルフの少女は天を仰ぐように顔を上げ、何かに怯えたような叫びを上げると、その場に力なく座り込んだ。

 彼女の見開き揺れる目からは、涙が滝のように溢れて来る。



「き、来ます……何かが……」



 海賊も難民達も彼女の奇行に喫驚するも、彼女の言葉によってようやく事態が理解出来て、場が緊張に包まれる。


 難民船の前方。白い霧を掻き分けて、それは姿を現した。



「あ、あれ!」



 海賊の一人が斜め上へ指を差す。

 現れたのは、白銀の船体。

 見る者全ての目にその姿を焼き付けさせる巨大な船舶は、海賊達の所有するそれらより遥かに立派で、綺麗だった。

 獣人たちはその船に向かって吠えている。

 彼らの指し示す異変の正体は、それだった。



「な、何だこの船は…」


「で、でけぇ…」



 あまりにも巨大過ぎるからか、それとも物理的に近いからか、甲板から上があまり見えない。

 それでも帆も外輪も、その船には無い事だけは見抜くことが出来た。


 風も水車も必要としない船があると言うのか。

 一同は衝撃に包まれる。

 謂わばそれは、一種のカルチャーショックだった。



『あーー、あーーっ。マイクテスト、マイクテスト』



 白銀の巨大な船が現れた途端、何処からともなく低い男の声が聞こえ、霧の支配する空間の中で僅かに反響する。

 何かの異国の言葉に聞こえるが、その男の第一声は少々間の抜けた発言だった。


 衝撃の後は困惑が全員を包む。



『聞こえるか? そこの木造船の数々』



 今度は全員が分かる発言が聞こえてきて、薄れていた緊張感が戻ってくる。

 間違い無く、その声は白銀の船より聞こえてきている。得体の知れない存在である以上、返答は慎重に行わなくてはならない。



『諸君らに問う。即刻答えろ、何処の所属だ?』


「た、助け――」



 一抹の希望を信じ助けを求めようとした少女の声を銃声が掻き消す。

 黙らされた少女が啞然としながら見つめる、木造の甲板に開いた穴からは白煙が小さく立ち上っている。



「……」



 見上げると海賊の男がフリントロックを慣れた手つきで持っており、正確に少女の足元手前を撃ち抜いたと分かった。

 わざと外したのだと察した少女は、黙って震えながら股下を汚すことしか出来なかった。



「…正しく教えてやりたいから、もうちょい近付いてくれねぇか? そうだなァ、中央の船の横に。俺の仲間が誘導するからよ」



 数秒沈黙する。

 その直後、声の主の快諾を受け、再び海賊の何人かが乗り込んだ大型帆船の誘導に従い、白銀の船体はおもむろに近付いていく。


 来てはいけない。

 難民達はその光景に対しそうは思えても口には出せなかった。

 海賊船二隻が白銀の船を囲むようにその巨大な図体の横へ寄せる。

 船体側面にある大砲の数々をその船へ向けながら。


 間抜けな、それも図体のデカイだけの相手など恐れるに足りない。

 そう言わんばかりに。



『ふむ、こうか?』


「そうそう、そのまま――」



 男は口角を醜く歪ませる。

 何が起こるか、難民の青年は察したが声に出す事が出来なかった。


 直後、誘導した海賊船とは別の、白銀の船を囲んだ海賊船の船体から爆発が巻き起こり、複数の砲弾が白銀の船体に撃ち込まれた。

 砲弾の数々は一つ残らず命中、着弾し白銀に爆発の赤と黒が遠慮無く打ち付けられた。



「あの世でジャバナ海賊船団の名を広めてくれや!ギャハハハ!」



 砲撃が織り成す爆音と爆炎の嵐。

 それは白銀の船体に容赦無く叩き込まれ、白銀の船を爆発と黒煙で包んでいく。

 助けに来てくれたかも知れない存在が騙され蹂躙されていく、嘲笑と爆音の響く悪夢のような光景に、難民達は落涙と共に怯えすくんだ。


 助けを求めるから、こうなってしまった。

 見ず知らずの親切な人々に取り返しの付かない事をしてしまった。





 しかし、彼らの後悔は誰にも届かなかった。

 何故なら、白銀の船にとってこの程度は被弾した内に入らないから。



『…そうか。それがお前達の流儀ならば倣うとしよう』



 突如、白銀の船の左右に陣取った海賊船の甲板から上が消し飛び、両方共爆発炎上した。

 瞬間的な、それも油断しきった所で起きた出来事に誰も反応出来ず、黒煙の立ち昇る海賊船だったものは海面を真っ赤に染め、燃え上がりながら海の藻屑と消えていく。



「な、な、な」


「何が起きたァ!?」



 白銀の船を包んだ黒煙が晴れると、その原因が判明する。

 若干遠退いた事で甲板より上の設備が明らかとなった。

 甲板の上にはこれまた巨大な2つの砲門を備える二基の大砲らしきものが存在し、角の取れた四角錐台のブリッジ、その周りにも見た事も無い重火器が並んでいた。


 また、船体側面にあるたくさんのハッチの一部が開いており、その中から中を見せないように白煙が上がっており、仄かに火薬の臭いがする。

 海賊が把握するより先に難民達はそれらが海賊船に攻撃したのだと理解した。

 それに、あれ程攻撃を受けたにも関わらず、白銀の船体には傷一つ付いていない。


 何故かは分からないが男心をくすぐられる。

 父親を嘲笑われてしまった少年は、その美しさを保つ姿に目を輝かせていた。



『なに、攻撃を受けたから反撃をした。それだけだ』


「あ、ありえねぇ…同時に別方向の船を破壊するなんざありえねぇ!」


『こうして起きたのだから、ありえるのでは無いのか?』



 白銀の船体が難民船へ近づいてくる。

 真っ直ぐと突き進む、仲間の船を容赦無く一瞬で仕留めた正体不明の船など海賊にとっては恐怖でしか無い。

 その船の甲板から直接難民船の甲板へ飛び込める距離まで船首を近付けた白銀の船より、黒い人影が姿を表す。


 黒く雄々しくとも禍々しくとも感じるフルプレートアーマーに身を包んだ大男だ。

 霧の薄暗さが、一層彼の姿を際立たせている。

 彼が現れた途端、難民船の甲板の上より白で縁取られたマス目が展開されたのを難民の一人が見たが、目を擦ってからまた見ようとすると、既にマス目は姿を消していた。



「それより、そこのお嬢さんが助けを求めようとしたのを聞いたが、襲われていると判断していいのか?」



 船首に立ちながら、難民船を見下ろす男が座り込んだままの少女に立派な角を持つ兜を被るその顔を向ける。

 先程より話していた声の正体は彼だった。

 股を汚した姿をあまり見られたくないと思ったか慌てて取り繕うと彼女は肯定と分かるように力強く頷く。

 緊急事態の割に、色目を使い、その頬を上気させながら。



「分かった。妙ちくりんな服装の武装集団だけ仕留めれば良いんだな?」


「こ、これ以上動くな!」



 敵の正体を冷静に見抜き、動こうとした矢先。

 難民の近くに居た海賊達がカトラスの刃や銃口を押さえつけた難民達に向けていた。



「う、動いたら、こいつらの命はねぇぞ!?」



 足は震えているがそれでも威勢だけは良い。もし降りて来ようものなら、その間に難民が殺される。

 動かなければならない相手ならば有効的だっただろう。

 しかし、彼にその必要は無かった。


 鎧の大男の周囲が黒いオーラで包まれると、武器を向けていた男達の体も同じオーラに包まれて浮き始める。何かしらの力場が働き、それに引っ張りあげられているのだ。

 非現実的な状況に思わず、彼らが武器を放り落とした事で人質は解放される。



「その汚らわしい体は何だ。洗って出直して来い」


「うわあああぁ!?」



 一部の海賊達は何らかの力に引っ張られたまま、海に放り投げられた。

 大幅な戦力減に慌てて船内に残る海賊達が武器を構えようとするが、すでに鎧の大男は動いていた。


 着地間際で一人が蹴り飛ばされて海に落ち、もう一人が着地と同時に背負い投げられ船から放り出される。

 海賊が数人がかりで包囲し、襲い掛かるも飛び込んで来るのを待っていた彼の回転ラリアットで薙ぎ倒される。


 続いた海賊の一人が回転の終わり際に鎧の隙間を狙って剣を突き立てるも、その隙間に刺さらず剣が砕けてしまい確信めいた表情は絶望に塗り替えられる。

 比較的細身だったが故に乱雑に掴まれ放り捨てられてしまった。


 次に現れたのは鎧の大男と同じくらいの屈強な海賊。その海賊は自慢とばかりに腕力任せの両腕でのアームハンマーを繰り出す。

 躱せる余裕はあった筈だが、鎧の大男は敢えて受けて見せた。

 みしりと甲板が少し凹むが、それだけである。

 アームハンマーの直撃を受けたにも関わらず、彼は健在であった。


「ば、化け物かぁ!?」


 言いながら焦りの拭い切れない顔を見るに、威力には自信があったのだろう。

 その海賊の顔面を無造作に掴み上げ、屈強な大男が楽々持ち上げられる光景に難民達が目を離せずに息を呑む。

 例に漏れず、暴れる大男もまた海に放り捨てられた。先に落ちた者達よりかなり遠い海面に。


 大勢居た海賊達も残すところ5人のみ。

 動揺を隠し切れない彼らは挑んで散るよりも撤退を選んだ。



「お、覚えていやがれ!」



 捨て台詞を吐くと魔法小袋も難民も放り出して、外輪船の連絡橋へ走り込む。

 そして、外輪船は急いで走り出した。


 あれだけ絶望的だった状況にあったのが噓のよう。

 難民達は一人の犠牲も出さずに白銀の船とそれに乗った鎧の大男に助け出された。



「さて、皆さん。お怪我は無いですか?」



 悪だけを打ちのめし、弱きを手際良く救ってみせた漆黒の大男が歓迎されるのは、時間の問題であった。


 そして、彼らは確信した。

 漆黒の彼は英雄であり、白銀の船は自分達を導く方舟なのだと。






「積み荷はあるだけこの船に載せてしまって下さい。この先が目的地ならば皆さんも送り届けましょう」



 パンドレネクと名乗った漆黒の鎧の大男の提案を受け、難民たちはヴィゴロントという船に乗り込む。

 獣人たちやエルフは異変の正体と対面しているものの、今は落ち着いている。助けてくれた恩人に対しあんな態度は失礼だと思い自制したのだが、自制出来る事に当人達が一番驚いた。

 巨大な船の側面から舌のように伸びる連絡通路に当初はその特徴的な性質と見た目に驚いたが、乗ってからはそのテクノロジーに驚かされる事になった。



「うわわっ、動いてます、動いてますよこれ!」


「す、すっげー!!」


「驚き過ぎて、落ちないようにして下さいね」



 それらしきものが無い筈の通路の床が、独りでに動いているのだ。

 老人達は「便利な時代になったのう」と感想を述べ、子供達は感激している。

 それを驚異と感じ取るのは大人達であった。


 積み荷が先に運び込まれ、次に難民達50人と、最後にパンドレネクを載せた通路は全てを運び込み内部に入れると木造船から離れて内部に収まる。


 元々乗っていた木造船は、ヴィゴロントの方が上位互換である為に用済みとなった。

 少しの間道連れの旅を支えてくれた友に別れを告げると、ヴィゴロントの搭載する焼却弾なる砲弾が船に撃ち込まれる。

 月の昇り始めた夜の海に爆破炎上するその船も木屑となって海に還るのだった。




 船の中はあまりにも広かった。

 広大な白い船内を、天井に複数付いた灯りが優しく照らしてくれている。

 中では白い人の手とも、動く苗にも見える小型の物体が大量に動いており、パンドレネクは彼らを指してこの船を動かすメカ達だと説明した。

 幻想的にも見える難民の多くが目を奪われる中、エルフの少女が船内の温度、湿度が快適なものである事に気が付いた。



「すごい、船内なのに快適だ」


「ええ、船の中は常に空調を稼働させているので、快適な温度を保っています」



 パンドレネクにとっては当たり前の事だが、難民達にとっては衝撃的な事である。

 木造船にそんな便利な物は存在せず、涼みたいならば、誰かが水や氷雪系、風魔法を唱えなければならず、涼めるのは良いが術者本人の負担が大きくなってしまう。

 この船にはその必要が無く、空調なるものが常に快適な環境を作ってくれる。


 それを聞いた瞬間エルフの少女は空調なる偉大な方が四六時中快適な環境を作る魔法を使い続けてくださっているのだと解釈し、空調に祈りを捧げた為、パンドレネクはたじろいだ。


 他の難民たちが止めに入らないのを見てそういう文化と納得したらしく、未だ祈りを捧げる少女を邪魔しては悪いと放っておく事にした。



「おっちゃん、おっちゃん!」



 少年が大きな声と共にパンドレネクへと駆け寄る。彼の父親もまた、少年に付いて来ていた。

 声が背後から聞こえた事で、パンドレネクは振り向き、体勢を低くして視線を少年に合わせる。

 少年の、決して悪気は無い呼び方に衝撃を受けたように見えたのは、きっと気のせいでは無いのだろう。



「俺の事か? どうかしたのか?」



 少年は先程の戦いぶりと白銀の船を操るその手腕に感銘を受けたらしく、とても嬉しそうに振る舞う。

 そして、彼は父に促されるより先に感謝の意を示すべく頭を下げた。

 促そうとした父親は成長した彼の姿に驚きつつも彼に続いて頭を下げる。



「…先程はどうもありがとうございました。この恩は一生忘れません」


「おれもおっちゃんみたいになれるかな!」



 少年の何気ない一言にパンドレネクは言葉に詰まる。何か答えづらい事情でもあるのだろうかと思うようになる程の間の後、彼のガントレットが優しく頭を撫でた。



「なれるさ。きっとな」



 少年の可能性を否定しない、当たり障りの無い回答だが彼にとってはとても有り難かった。

 上機嫌で離れる彼ら親子を見送った後、パンドレネクは次に駆け寄る少女の姿を見た。


 彼女は彼の顔を見るや否や、直視できないのか目を逸らしてしまう。見ると頰は上気しており、その目に好意の色があった。

 そういう年頃だとは知らないのか、彼は困惑したような様子を見せる。

 気まずい沈黙を打ち破るように、少女が意を決して質問を投げ掛けた。



「あ、あの、ご趣味とかはありますか!?」


「ああ、そうだな…読書が好きだな」


「じゃ、じゃあ私、たくさん本を読みます! 読んで、貴方に見合う良い女になって見せます!」



 まくし立てるような語気で話し終え頭を下げた後、急ぐように歩き去っていく。



「あ、ああ。頑張って、くれよ?」



 やはりそういう年頃だとは知らないらしい。彼女の様子にパンドレネクは手を振りつつも困惑していた。

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