第7話 傍若無人

 帝国より島送りにされた難民全員を乗せ、ヴィゴロントは航行を続ける。

 前に乗っていた木造船が比べ物にならない程に広大な空間や、未知のテクノロジーを備える内部機関の数々とそれを楽々と制御してみせる異形のメカ達に驚きを隠せない。


 パンドレネクの許可の元、ガイドに抜擢された、ホイールを脚部として備える箱型メカに案内され多くの難民達が船内の観光ツアーに参加する。

 参加の是非はその個人に委ねた為に、船内に入って最初に来る大広間に待機する者も少なからず居た。


 未だに空調設備に祈りを捧げるエルフの少女、白い鉄壁の手前に表示されたモニターにて外の景色を見る獣人やリザードマン、そしてパンドレネクに憧れる少年と彼の父親もその一部である。



「おっちゃん、おっちゃん!」



 航行中の間に色々とパンドレネクに質問した少年だが、それでも未知なる事はまだたくさんある。

 例えば、今現在彼の使用している、黒で縁取られた空中の画面だ。

 彼が扱いやすく一定の距離を保っており、また彼の移動に追随する。

 魔法に近いが恐らくは違う。そう彼の父親が思いつつ少年はパンドレネクへと尋ねた。



「何してるんだ、おっちゃん?」


「ああ、俺も一国の出身でね、陛下に今回の事を報告しているんだ」


「へ、陛下でございますか」



 装備の品質の高さから高貴な身分にあると分かっていたとは言え、まさか一国の主に従う立場だったとは。

 これまでの無邪気な態度を咎めていないのは、単純に彼が優しい人物だからなのだろう。

 とは言え、これ以上彼におんぶに抱っこ、という訳にも行かなかった。



「も、申し訳ありません、息子がご迷惑を…」


「いや、良いんだ。子供は元気な、勢いがあるくらいが良い。そうだろう?」



 意外にも、少年の態度はパンドレネクにとっては好印象だった。

 本当に気にしていない様子だったので、父親の肩の荷が少しだけ降りた。

 それでも、これ以上無礼を働くことが無いように父親はパンドレネクの言う「陛下」について尋ねる事にする。



「失礼を承知で申し上げますが、陛下とはどのような方で…?」


「機皇帝ジェネル。我々の住まう機皇国ジェネレイザの皇帝にして、俺を含む配下のあらゆるメカに深く信頼を置き、無償の慈愛を下さる偉大なる御方だ」


「おっちゃん、メカだったの? あの、小さいのの仲間って事?」



 彼が何気なく言い放ったが、その発言は衝撃的だった。

 だが、納得がいく。

 ヴィゴロントのような、遙か先の技術を自身の手足のように操る者が、ただの人間である筈が無い。


 そもそも人間では無いと言うならそれはそれで納得出来る。

 鎧姿だった為に勘違いしていたのだ。

 パンドレネクというを見誤っていた。


 隠すつもりも、騙すつもりも無かったのだろう。

 今になるまで誰も尋ねなかっただけで。


 少年もヴィゴロントの操作を担うメカ達とパンドレネクとが同じ分類に入る事に少なからず衝撃を受けた。

 しかし、その表情に失望は無かった。

 寧ろ、憧れの存在を更に知る事が出来て嬉しがっていた。



「おっちゃんの国って、おっちゃんみたいなメカがいっぱいいるのかな!」


「ま、まあ、そうだろうな、うん」



 何気ない質問に今度はパンドレネクがばつの悪いような返答をする。

 恐らくは全員が全員とは限らないのだろう。



「じゃあ、行きたい! おっちゃんの国に!」


「言われずとも、願いは叶えてやるさ」


「こら、そんな事言っちゃ、ええっ!?」



 パンドレネクが機皇国へ連れて行くと言い出し、割りこまれた父親がまたしても驚く。

 そんな父親の様子に、パンドレネクは疑問を浮かべた。



「何か問題があるのか?」


「わ、私達は『呪われた島』に行かないといけないんです。ご厚意はありがたいのですが、そうする訳には…」



 パンドレネクは少し沈黙する。その間、黒のコンソールを表示して地図らしきものを改めて確認し、「やはりそうだ」と呟いた。



「何を言っている。これからそこに行くのだぞ?」


「うおーっ!!」


「へ?」



 目を輝かせる少年に対し、彼の父親はこれで三度目となるが、驚愕する。

 幸い、それを聞いた人物が彼ら二人だけだった為に船内が混乱に包まれる事は無かった。




『呪われた島』はとてつもない発展を遂げていた。

 そう言われた所で誰が信じるのだろう。


 ヴィゴロントの船内に表示されるモニターが大きく様変わりした『呪われた島』の全体の景観を映し出していた。

 不毛だった島に植物や家畜を育てるスペースがあって、島の中央と東側に塔がそびえ立っていて、北には見慣れない崖に覆われた雪原地帯がある。


 更にはもうすぐ到着する島の西側に人工物だらけの港が存在するなど、夢でも見ているかのような光景がそこには映っている。


 外部からでは島全体が白い霧に覆われているが、時刻は既に日付の変わった深夜をまわっている為、船内は照明を最小限度まで落とし、多くの難民が、展開された人形メカ用の仮眠スペースにその身を収めて既に寝静まっている。


 当初はメカ以外の種族を考慮していない設計に半信半疑だった者達も、快適な寝心地を提供するそのスペースに寝転がった途端、3分を待たずして眠りに落ちた。



「こ、これって現実…?」


「『呪われた島』って、こんなだったっけ…?」



 一方、まだ眠らない一部の難民はモニターの光景に釘付けになっていた。

『呪われた島』では無い別の島では無いのか、と当然のように思ったりもしたが、『呪われた島』だったと証明する根拠の数々が、その島にあった。

 彼らが落ち着いて眠りについたのは、その30分後である。



 翌日、太陽がある程度昇りきった時刻に難民達は目的地である『呪われた島』もとい機皇国ジェネレイザの西、ユニリィ・ファクトリアへと上陸する。


 船体が港に収まりきらない為に長く伸びた連絡通路を渡り終え、最後尾のパンドレネクも港の上に到着すると、通路はヴィゴロント本体へと縮んで収まっていく。

 出てきたハッチが閉じてヴィゴロントは北に進んだ先にある、大きく口を開けた巨大な倉庫の中へと進んでいった。


 しかし、巨大な倉庫はそれだけではない。

 ヴィゴロントが入る倉庫の2つ隣からは、更に何倍も大きな倉庫が二つ並んでいるのが薄っすらと見えた。



「ひょっとして、ヴィゴロントより更に大きな船もあったりするんです…?」



 スケールのでかさに驚きを隠せない難民達の一人が、パンドレネクへ恐る恐る尋ねると、彼は無言で頷いた。

 なお、難民達は港の遙か先に浮かぶ乳白色の物体の正体に気づいていない。

 視界の悪さで船体のごく一部しか見えないのも相まって。


 ひょっとしなくても恐ろしい所に来てしまったのではないか。子供を除いて一同に強い緊張感が走った。一方の子供達は未知の結晶の数々に目を輝かせている。

 無礼が一つでもあったらどうなってしまうのか。

 考えるだけでも恐ろしい事を考えてしまった彼らの身振り手振りはがちがちに固まっていた。



「そんなに緊張しないで下さい。知られたからといってどうにかなる訳ではありません。寧ろ、此処の一員となる貴方達には知って頂きたかったのです」



 パンドレネクはどうにか彼らを落ち着かせようとするが、効果は薄い。

 悪い方向の妄想に妄想を重ねる彼らに言葉での説得は不可能に近いと考えたか、取り敢えず進ませる事にした。



「機皇帝陛下がお待ちです。それでは参りましょう」



 望んではいないが従順になった彼らを案内すべく、パンドレネクが先導する。

 死んだような目をして彼にぞろぞろと続く者達の一人の目にある存在が映り込み、生気を取り戻した。



「あ、あれはゴーレム、か?」



 その外装が鎧甲冑を模したものと言われてもピンと来ないのだろう。

 二段積みとなる大型コンテナに背を付け佇む、灰色の分厚い装甲に身を包んだ人型が目に留まったらしい。

 パンドレネクと同じかそれ以上の、沈黙する大柄の人型を見て土塊の人形であるゴーレムだと思ったようだが実際は違う。


 尤も、先導する黒き存在と同じ種族であるのだが。



「何をしている。挨拶くらいしないのか?」



 灰色の人型がそう淡々と話した事で、彼らの表情は引き締まる。

 手遅れかも知れないが、来て早々しくじる訳にはいかないと難民達は次々と頭を下げていく。



「こ、これは失礼いたしました。…どうかご容赦を」


「…まあ、許す。察するに、俺達の事を見るのは初めての様だからな。ただ、これから先で度肝を抜くなよ。陛下に無礼の無いようにな」



 灰色の人型はそう言うと、再び沈黙し、通り過ぎて行く難民の行列を見送る。

 一方の浮かない顔のままな難民達は、



(この人の事を機皇帝陛下だと言い出さなくて良かった…)



 更なる無礼を重ねずに済んだ事に少し安堵した。





 難民達がジェネレイザの洗礼を受けつつ機皇帝の元へ向かう一方、ジェネレイザのある島より370km程離れた島の数々。

 全部で6つある島のいずれもが中規模程度の大きさをしているが、その中でも一際大きい島にある、広く作られた自然洞窟は、悪党共が占拠し根城として作り変えられていた。


 壁のカンテラが照らす空間の中で、大雑把ながらも頑丈に造られた玉座もどきの椅子にそのくすんだ茶髪の大男は深く腰掛け、手に持つ大きな酒瓶を時折呷る。


 ジャバナ・ドゥルフ。

 その男は帝国と元『呪われた島』間の海を縄張りとする、人身売買等闇の商売で得た資金と人脈で一代にして成り上がった、ジャバナ海賊船団の頭領であった。



「…で? 船も仲間も失って、むざむざ逃げ帰って来たのか?」



 だらしのない肉付きと腹をしているが覇気は凄まじく、その彫りの深い顔から放たれる眼光は、目の前に居る、報告を終えた海賊達5人を震え上がらせた。



「だっ、だってよ、あんな白銀の船も黒い鎧の男も見た事が無いし、滅茶苦茶強かったんだぜ!? あんたはそんな奴らに挑んで散って来いってのかっ!?」


「……」



 言い訳にも似た弁明にジャバナが苛立ちを示す。

 興味が失せたと言わんばかりに逸らされた目は弁明した男を絶望させた。



「奴らの動向ぐらいは調べてあるんだろうな?」


「は、はい。真っ直ぐ『呪われた島』へ向かうのを見ました」


「そうか。じゃあてめぇらは用済みだな」


「…は?」



 瞬間、横並びになっていた5人全員が、ジャバナがおもむろに腰鞘から引き抜いた剣の一閃により、一斉に腹を深く切り裂かれた。

 全員が鮮血を撒き散らしたが、すぐさまに絶命する傷では無かった。

 痛みと、頭領に文字通り切り捨てられた事実に苦しみながら次から次へ命を落としていく。

 その間際苦悶を顔に浮かべながら何故自分達が用済みなのか尋ねる者も居た。



「な、何で……」


「ウチの船団に軟弱者は要らん」



 弱肉強食を掲げ成り立ってきた組織が真っ当である筈が無い。

 楽な方へと流された結果、こんな理不尽な目に合うのだ。

 鮮血を垂れ流しつつ最後の一人も力尽きて死人となり、その余興を見ていた海賊達が盛り上がった。



「良いぞボス、最高だ!」


「見たかよあの間抜け面!」


「自分達だけは助かると思ってたみたいだぜ、ギャッハハッ!」



 誰一人として同情などせず、仲間だった者達の亡骸を嘲笑する。

 この海賊船団にとってはこれが何時もの光景だから、頭領はおろか船団員の常識すらも狂っている。



「飯食ったらすぐに出発するぞ! 奴らに脅しをかける! 難民共も反抗する奴らの物も、全て俺達のものだ!!」



 ジャバナが吠えると、仲間が死体に変えられた光景を気にも止めず、骨付き肉や大きな焼き魚、果実類を食らって酒を呷る面々が陽気に答えた。


 何度も言うようだが、現在のジェネレイザの島は白い霧に覆われて全容はおろか一部すらはっきりしない。

 故に、この時点では大きな誤算があるとは気付いていなかった。



「もしかしなくても、あれを使うんですかい?」


「そうだ。聞いたことのない新手だろうが恐れるに足りん。俺達には切り札があるからな」



 ジャバナはポケットに突っ込んでいた物体を取り出す。

 それは、紫色の、中心へ収束する光を内蔵する小さな球体だった。

 その輝きを見て、何かに取り憑かれたような顔が不敵に笑う。



「俺達の踏み台になってもらう。覚悟しとけよ…!!」



 それが、悪夢の始まりだと誰も気付かずに。





 中央のエリアを守るべく覆う、天高く聳え立つドーム状の藍の障壁を越えた先。

 そこにもまた、幻想的な光景が広がっていた。


 大型車両メカに揺られ、ジェネレイザの首都へと辿り着いた彼らを出迎えたのは、各種商いを営む施設群と住宅街だった。

 此処は商業区と居住区の狭間となる通路である。

 白く塗られたその道の先には、一際目立つ塔がある。



「あのメインタワーに向かって進んでください。この道に沿って進めばすぐですよ」



 此処から機皇城は徒歩でも数十分程で辿り着けるために景観を優先しての案内となる。

 左右に見える居住区も商業区も見慣れない車両や空を飛ぶ物体が多数行き交っている。

 それらはいずれも馬や牛、鷲の頭と翼に獅子の胴体を持つグリフォンといった生物から得られる動力を必要とせず、車両や物体のみで動力の問題を解決している。


 また住民らしき存在達が会話に没頭していたり、見慣れない者達の姿に興味を示したりしている。

 その何れもが、難民の集団を構成する人間や亜人とは程遠い姿だった。


 そして、居住区と商業区の境を越えて、ようやくメインタワーの根元に広がる空間が見えた矢先、パンドレネクが突然足を止め、集団も釣られて止まる。



「じぇ、ジェネル陛下。いらしていたのですか…!」



 パンドレネクの驚嘆は、すぐに難民の集団にも波及する。

 見えたのは、夜闇を封じ込めたような黒紫が彩る、権威を象徴する鎧の人型である。

 彼が船内で伝えていた、機皇帝がメインタワーを背に立っていたのだ。

 これからお世話になる相手に挨拶と礼儀を、と跪こうとしたが、当のジェネル本人に「しなくていいぞ、今はな」と止められる。



「ああ。機皇城でただ待つのも飽きたんでな。出迎えに来たんだ」



 人間では無いと分かりきってはいるが、その鎧の姿と紡がれる言葉には騙されてしまう。

 すると、怪訝そうな目で見る幼い顔が彼の目に留まったらしく、その少年に顔を向けた。



「ん? どうした?」


「…おっちゃんの方が良い。 おっちゃんの方がかっこ良く見える」



 それを聞いた途端、集団の空気が凍り付く。

 パンドレネクの足にしがみつきながら述べられた率直な感想だが、明らかに相手を選んでいない。慌てて彼の父親が割って入った。



「も、申し訳ありません機皇帝陛下! 息子が大変無礼、を……」



 すると、ジェネルの体が小刻みに震え出した。

 逆鱗に触れたのだと誰もが青褪めながら思った矢先、高らかに機皇帝は笑い、誰もが唖然とする。



「はっはっは! 良い感性をしている。これからも大切にすると良い」



 少年の言葉は、意外にも気に入られた。

 身を翻し、機皇帝はメインタワーのある奥へと向かっていく。

 彼の寛大な心に安堵した難民達も、彼の背に続いた。



「前置きはこれぐらいにして、案内しよう。我が城へ」





 ◇◆◇




 難民を受け入れて、『ギア・ホール』内部にて簡易的な挨拶をし機皇城のVIPスペースへと彼らを案内し終えた頃。


 外は既に夕刻となり、VIPスペースのロビーがレヴァーテらの監視下にて騒がしくなっている一方で、ジェネルは『ギア・ホール』に一人佇んでいた。

 何でも、遠海にて奇妙な物体を発見したとユニリィの報告を受けてその対応に追われている真っ只中なのだ。


 しかし、彼はモニターが映す光景に疑問を浮かべつつ沈黙している。

 そこに映っているのは、海に浮かぶ樽だった。

 ただの樽ならまだしも、その樽には文字が書かれた鉄板が貼り付いている。


 映像や写真を提示されたところで、その鉄板に記された文字は、絵文字に似た記号の羅列にしか彼には見えていない。



「読めないな」


『申し訳ありません。直ちに言語体系を調べ解読致します』



 数秒程シアペルとの通信が途切れ、再び彼女と繋がる。



『解読完了…「直ちに降伏し難民全員と白き船を明け渡せ」、だそうです。白き船とは接敵した《エクリプスアーク》ヴィゴロントの事でしょう』



 その衝撃的な要求に彼は絶句し、暫し沈黙する。



(こんな奴らに、頼って来た無辜の彼らとジェネレイザの技術の結晶をむざむざ渡せだと?)



 言葉の意味を理解しようとして、理解不能と認識して、理解しようとして…最終的に理解の外に居る、唾棄すべき敵とそのふざけた要求の送り主共を判断する。



「何ともまあ…」



 ジェネルはその兜のような頭に左の掌を当てる。

 シアペルが恐る恐る様子を確認すると、彼の周囲の空気が歪んで見えた。


 少年の無礼な態度は、まだ許せた。


 無礼を咎める気持ちよりも、自慢の部下を気に入られた嬉しさの方が勝ったからだ。

 しかし、これはどうか。

 無礼しか無いこればかりは、ジェネレイザを侮るこればかりはどうしようもなく許せないのだ。



「随分と舐めた要求をしてくれる」



 霧で何もかもが見えていないから、こんな態度が取れるのだろう。


 彼の、表情の無いはずのその顔からは静かな言葉とは対照的に激しい怒りが感じ取れた。





「――こういう訳だ。連中は随分と難民の皆々様にご執心らしい」



 数分後、落ち着いたジェネルが玉座の上に座ったまま誰も居ない空間に問いかける。

 目の前には四体の配下の顔が、均等に枠分けされて空中の画面の中に映っている。

 ジェネレイザ内には参加していない者も少なからず居るが、彼等には周辺海域の警戒と監視の強化に集中してもらっている。



「お前たちの意見を聞きたい。良いか?」



 ジェネルより問われて、最初に口を開いたのはレヴァーテだった。

 彼女は今、防諜フィールドと認識阻害システムの範囲下にある為に難民からは姿が見えていない。

 だが、容姿が目立つとは言え監視の一人が姿を消したところで誰も気付かないだろう。



「では僭越ながら私から。海賊共に慈悲をくれてやる必要はありませんでした。今すぐにでも殲滅すべきです。塵も残さず、徹底的に!」



 レヴァーテは人目に憚られる過激な発言をする。

 余談だが、防諜フィールドがあってもジェネレイザ所属のメカには聞こえる為、彼女の近くで待機している彼女の妹達は冷や汗を搔いて怯えきってしまっている。


 この場に参加する他の配下も内心では同意しているのだろう。

 表情には出さず何も口を挟まないだけで。

 だが、それを実行するには情報が足りない。



「まあ、そう言うな。人身売買に手を出すような連中だ、裏に誰か居るやも知れんぞ? そんな連中が消えたとなれば、どうすると思う?」


「どうするも何も、我々が全て塵に返すだけでは?」



 レヴァーテは自身の意見を曲げるつもりはないらしい。

 ジェネルは彼女に落ち着いて欲しかったのだが、話が進まない気がしたので折れることにした。



「まあ、何れは、な。ろくでも無い連中を放置する理由は無いが今の内にそう言うのは傲慢が過ぎるな」


「血眼になって探すでしょう。疑り深い連中なら特に」


「イッテツに同じです。奴らはこういうのに限って勘が良いでしょうから」



 レヴァーテの過激な発言をいなしてからようやくジェネルの聞きたかった意見が男性陣二体、イッテツとパンドレネクより出てくる。



「私が接触したばかりに、申し訳ございません陛下」


「いや、良いさ。元はと言えば私が命じた事だからな。それと、これは恐らくだが、パンドレネクを要求するだろうな」


「私を、ですか」


「命じたのは私だが、実際に助けたのはお前だ。見せしめにすれば難民達が絶望して抵抗しなくなると踏んでいるんだろうよ」


「何とも下衆な考えです。やはり殲滅すべきでは?」


「それではみすみす情報を得る機会を逃しますよレヴァーテ…」



 暴走するレヴァーテに対し、ウツギがブレーキ役になっているこの状況が何とももどかしい。

 だが、安易にレヴァーテを叱りつけてやろうものなら萎縮してしまうだろうと考えられる。迂闊な事は言えなかった。



「まあ、殲滅では無く全滅は前提として、何人か捕まえておきたい。所属の規模と背後の奴ら、取り敢えず知っている情報を洗いざらい吐かせる為にな。パンドレネク、やってみるか?」


「…やって見せましょう。必ずや御身に、甘美な勝利を」


「その意気だ。。頼んだぞ」


「私はどうすれば良いでしょうか」


「まだ花園が復旧しきれていないのだろう? 今日もそちらに尽力してくれ。イッテツも共にな」


「「御意」」


「わ、私はぁ……?」



 次々と通信に参加している面々が持ち場につくべく通信を切る中、次はレヴァーテに指示を送ろうかと思ったが、彼女は最後になってしまった為に美しい顔を可愛らしく歪ませて涙目になっていた。

 威勢の良い発言をさせておきながら、何もさせないと言おうものなら彼女のプライドに傷が付いてしまう。


 ジェネルは慌てて、彼女に指示を送る事にした。



「…取り敢えず難民達の相手をしてやってくれ。海賊が来ると知れば不安になるだろう彼らを安心させてやって欲しい」


「前線には立たせてもらえないのですね、ぐすっ。でも、そういう事でしたら…」



 済まない。後で必ず活躍の機会を設けてやるから。


 そう思いつつ、防諜フィールドと認識阻害システムを解除し妹である白い外套の少女達に慰めてもらっている彼女の姿が見えてしまったのでジェネルは通信を切りコンソールを閉じる。


 難民たちからは突然監視の一人が泣き出した様に見える為に別の動揺を生んでしまったが。




 海賊が来る。


 レヴァーテが淡々とそう告げ、難民達にざわめきと動揺の渦が広がる。


 彼らとしては賊に襲われたという記憶は消し去ってしまいたいと思うだろうが、いずれは向き合わねばならない。

 ジェネレイザの一員とこれからなると云うのならば特に。

 そんなものが脅威にはなりはしないと知らなくてはいけないのだ。


 だが、彼らにとっては幾らこの地が未知の国家であろうとも、海賊の船団に勝てるのかどうかは半信半疑であった。



「しかし、相手は船団だぞ! 幾ら船がでかくても勝てる見込みは薄いんじゃないか!?」



 難民の一人である中年の細身の男の言う事は尤もだろう。

 海賊団員の船を無傷でいなす事は出来ても、海賊船団相手ではどうか。


 一隻が集中砲火を受ける事は想定し得るし、当たり所が悪ければたった1、2発の被弾が命取りになる事だってある。

 ヴィゴロントには傷一つ付かなかったが、それはあくまで当たり所が良かった、というのもあり得る。初撃以降黒煙に隠れて見えていなかった為に証明のしようがないが。


 ヴィゴロントは強い。

 だが、ヴィゴロントのような戦力、武装を持つ船ばかりがジェネレイザに在るとは難民達は思っていなかった。


 監視の一人にして、難民達の監視役である集団を束ねるプラチナブロンドの少女、レヴァーテはそのように目の前の難民達を真顔を保ったまま観察していた。

 目尻に涙の跡があったのは言うまでもなく。


 しかして、その海賊船団を打ち破る為に編成された迎撃艦隊の平均グレードはB+、しかも旗艦は指揮下のメカの装甲値に補正を掛け、受けるダメージを抑える《エクリプスアーク》のヴィゴロントだ。


 ゲームにおいても、彼や彼の妹が指揮官として加わる艦隊は一筋縄では落とせない重装甲艦隊として数多のプレイヤーに恐れられていた。

 彼らの強さを知った上で難民の言い分を聞くレヴァーテにとっては不必要な心配――杞憂に過ぎなかった。



「どうか皆様、ご安心を」



 故に少々の苛立ちが言葉に混じってしまったのだろう。


 彼女は外者に対しても未熟な部分の抜けない自身を恥じた。

 真顔のまま表情を変えず、難民達の注目を受けると、彼らを安堵させるべく微笑みを作った。



「今日はこのまま安心してお休みなさって下さい。外の音や景色が気になる方は早めにお申し付けを。明日には全て、滞り無く終わっています故」



 彼女は美しく微笑んでこそいるが少々恐ろしい雰囲気を纏ってもいる。

 これ以上は失言どころでは済まないだろうと誰もが察し、帝国難民の彼らは彼女の提案に応じ、機皇城のVIPスペースにて長旅の疲れを癒す事にした。

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