第32話 要塞、浮上【前】
グレードS-、Lサイズの亜人形メカ《ライトスチール:オフェンサー》。
ライトスチールと呼ばれる鋼の究極系『白輝鋼』で構築された純白の多層装甲を纏う鎧天使。
アペード・ラジーという立派な名前を持つ彼は、丸みを帯びたバックパックに付随する、放つ赤い光体にて風切を描く一対の浮遊する鋼翼と共に灰色の大地の上へゆっくりと降り立つ。
翼を小さく折りたたみながら、真紅のモノアイが忙しなく動くと、彼は目線を合わせるように跪いた。
「私はこの時をずっとお待ちしていました……」
その言葉に悪感情の類いは一切無い。
ただ、再会が叶った事に対する歓喜のみがあった。
一方のジェネルはそんなに待たせていたのか、と跪き俯く体勢を保ち続ける彼に対し申し訳無く感じる。
「済まなかったな…転移の直後から慌ただしく、面会する時間を今まで作ってやれなくて」
「いいえ、父上にこうしてお会いできただけでも嬉しい限りでございます」
彼は放置気味であった事を特段気にしている様子も無い。
しかし、だからといって埋め合わせをしない訳にもいかなかった。
「お前はもう少し欲を出しても良いんだぞ? 今回ばかりは私の落ち度なのだからな」
「父上を咎めようなど恐れ多い。国の為、我々の為に尽力してくださった方を誰が責められると言うのでしょうか。私には我儘に付き合ってくださる事、こうしてお姿を見せてくださった事に対する感謝しかありませんよ」
へりくだる物言いの数々にジェネルは調子が狂う、と感じる。
アペードは清廉潔白という言葉がよく似合う程に目の前の存在が誰であろうと別け隔てなく接する事の出来るメカである。
だから、性質の大きく異なるマディスであろうとその手腕と働きぶりを正しく評価するし、その上で出た犠牲というものに心を痛めもする。
ゲームに於ける
だが、そうした『心』の持ち主がジェネレイザというメカが形成する国家の多様性を拡充していた。
「……まあ、そういうお前の優しさが、強さの源なのだろうな」
アペード・ラジーはジェネレイザの所属であるが、《マギア:メタリズム》のメインストーリーで戦う事は通常は無い。
要は、隠しボスの一角である。
ゲームに於いては条件を満たす、もしくは専用マップに行く事で出現するメカの一体であった為にグレードS-にしてはその一つ上のグレードSに匹敵する程に全体的にパラメーターが高い。
そもそも、プレイヤーの国家と敵対する期間が長く、果てはラスボスも務め上げる為に敵国家の中では隠しボスの一番多い国家であるのだが。
「父上、まだお時間はありますでしょうか」
「ああ。大分落ち着いてきたからな。お前との談笑の時間ぐらい確保出来るさ」
頭を上げるアベード。
彼には目以外の顔と呼べる部位は存在しないが、雰囲気が明るくなった。
「では、父上。こちらに来てから私の周りで起きた出来事について、聞いていただけますか?」
「いいとも。何があったのか教えて欲しいな」
「ありがとうございます。…あれは、7日程前の事でしたか―――」
大げさに腕を動かしながら、実際に見聞きした事を語り出すアペード。
心なしか嬉しそうな彼の様子を眺めつつ聞き手に徹するジェネル。
彼らには血の繋がりとはまた違う、確かな絆がそこにあった。
「ふっ!」
ホワイト・パレスの一角である宮殿。
その中の一部屋である、縁とカーテンが豪華に飾り付けられた窓と角の模様、それから天井の丸い照明しか無い、殺風景に近しい広い純白の空間。
ほろ甘い香りのある艶やかなプラチナブロンドとシルクのベールを揺り動かしながら、裾が金属製であるロンググローブで『白輝鋼』製の純白の槍を握り、向きを逐一変え突いては引き、突いては引く者が一人。
グレードS-にして170cm程の背丈であるにも関わらず
額から首筋へと滴り落ちる汗粒が、彼女の色香をより引き立たせている。
彼女は窓と照明以外存在しないのを利用し、自主訓練の為にこの部屋を活用していた。
発汗にその汗を手の甲で拭うなど、等身大の人間と変わらない機能と所作を持ち合わせる彼女は右手のみで純白の槍を持ち、それを真横へと伸ばすとその先にある異空間へと入り込んでいく。
境目の波打つ空間にて槍を持っていた手を離すと、空間に入れていた右手のみが現実へと戻ってくる。
次の鍛錬をどうするかと彼女が考えていた矢先、視界に気になる存在が映り込んだ為にそちらに目を向ける。
そこには、特徴的な赤紫の美麗な髪をした女性が立っていた。
「朝から精が出ますわね、レヴァーテ」
彼女は強者故の余裕を持ち、レヴァーテへと歩み寄る。
グレードS-、レヴァーテと同じく
切り絵のような薔薇を意匠に持つドレスに身を包んだ大人びた少女は混沌とした黒紫の双眸を向け、黒紫の正方形に侵食されたその腕を組む。
必然的に豊かな胸に腕が干渉する形になり、彼女の妖艶さを一層引き立たせていた。
「ベレッタか。この前の勝負に何か不服でもあったのか?」
一方のレヴァーテは彼女の所作を特に気にする様子も無く、淡々と声を掛ける。
宮殿内はレヴァーテとアプレンティス達の憩いの場である白き部屋の空間以外は誰でも通行可能であり、ベレッタが此処にいる事に不自然な箇所は何一つとして無い。
だが、所属の異なるベレッタがわざわざ此処まで来るのは珍しい事である。
心当たりがあるとするなら、彼女と定期的に行われる対決の事だろう。
わずかコンマ2秒の差で決着がついたこの前――6日前に行われたクロスワードパズル対決――について何か文句を言いに来たのか、とレヴァーテは考えたがどうやらそうでもないようだ。
ベレッタが神妙な顔をしたまま、深く息を吐く。
「…いえ。あれはどう見ても私の負けでしたわ」
「そうか。…なら何の用だ? 見ての通り私は忙しい、用件は手短に願おう」
ベレッタは腕を組んだまま、今度は目を合わせた時より更に余裕を浮かべた笑みを見せる。
「では単刀直入に。次の勝負を申し込みますわ。フリースロー対決でどうでしょう? より多くのボールを入れられた者が勝ちですわ。貴方の都合のいい時にやりましょう」
「今からやろう。丁度手が空いたんでな」
「…忙しいのでは無かったので?」
即答、そして即決にやや驚きつつも、ベレッタは一足先に広い部屋を後にする。
今度こそ勝算があるのだろう、笑みを一瞬覗かせて去った彼女の姿に、レヴァーテは微笑む。
レヴァーテはベレッタに感謝している。
何故なら、こちらから誘わずとも鍛錬に成り得る対決の数々を提示してくれているからだ。
一見何の意味も成さないように見えて、その実何かしらの効果があるのではないか、と考える機会を与えてくれる。
しかし、内心に留めるだけでおくびにも出さない。
彼女の自尊心を考えるなら、そのような言葉を投げかけるだけでも屈辱だからだろう。
宮殿の外で待っていたベレッタの案内により、レヴァーテは自主訓練を中断しホワイト・パレスを出る。
そして、昼間のビックパンドパディの一角にて始まったフリースロー対決は、制限時間ギリギリでレヴァーテの投じた一球により、今回もレヴァーテの勝利で幕を閉じる事となるのだった。
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