第33話 要塞、浮上【後】

 それから2日が経過し、漂流から17日目。

 マディスが帰還を果たした事で盛り上がっていた熱量は、今度は別の出来事により盛り上がっていた。


 ジナリア陣営とベルディレッセ陣営、西と東の大陸の情報がある程度集まった事で、三機神の一角、グレードS+にしてサイズXXLである要塞メカ《ネスト:プロミネンス》メルケカルプ・クローバーを旗艦とする調査範囲を更に拡充する遠征軍の結成の話が立ち上がった。

 今日はその遠征軍の編成内容が纏まり、出発を控えている日である。


 特別に一般メカや帝国からの来訪者の進入が許可され、海に隣接した事により大幅に改修されたメルケカルプ・フォートレス内は大いに賑わっていた。

 重機や人型のメカ達が騒ぐ中に人間や亜人種族が混ざるなど、立ち入りが許可された範囲内は非常に混沌とした光景となる。


 その中で、両腕にドリルを備えるモノアイの亜人形メカへ、恐る恐る衣服を纏ったリザードマンが体を軽く叩く。



「あの、すみません。ちょっと良いですか?」


「何だい、リザードマンの青年。用件なら手短にな」


「何故、メルケカルプ様…のいらっしゃる場所とは別の場所に運び込まれているメカが居るのでしょう?」



 彼は目の前の光景を眺めながら、事情を知っていそうなメカの一体へと問い掛けた。

 フォートレスの東端に位置するメルケカルプの本体――意味深な継ぎ目が薄っすらと浮かぶ地面が囲い込む中に聳え立つ螺旋状の短い塔――が存在する場所に、固定翼機の数々や大きなティルトローターを備えた人の胴のみを象ったメカなどが運び込まれるのはまだ彼にも理解が出来る。


 しかし、明らかに彼女より遠い、2つの飛行場へとそれぞれ運び込まれるメカ達の姿もある。

 彼にはそれが理解出来なかった。メルケカルプである短い塔へ運び込めば済む話では無いのか、と。


 それを聞いて重機メカは茶化す素振りも無く、彼の質問の内容を高く評価し答える。



「今に分かるさ。見逃すなよ」




 ジェネルもまた、この出発を見届ける為にメルケカルプ・フォートレスへと訪れていた。

 客と違い、立ち入れる範囲に制限など無い彼はメルケカルプの元へ向かうアペードへと近付く。


 彼もまた見送りに来た父上の存在に気付き、少しだけ様子が明るくなった…気がした。



「父上、わざわざ来てくださりありがとうございます」


「ジナリア達に続きお前も行くんだ、せめてこれくらいはしてやらなきゃな」



 実を言うとジナリア達が《エクリプスアーク》の二隻に乗り込んだ日にも、彼女達の見送りにと首都で落ち合っていた。

 その直後、急用が出来た為に船出を直で見る事は出来なかったが。



「姉上達に劣らぬ成果を必ず持ち帰ってみせます」


「その意気や良し。が、張り切りすぎるなよ。メルケカルプも居るからには要らぬ心配かも知れないが…必ず生きて帰って来い」



 この遠征軍に属するのは『クローバー・エアフォース』の精鋭揃い。

 更にはこの戦力にメルケカルプ自身が加わる事により、 この長規模遠征は限りなく100に近い成功確率を叩き出していた。

 尤も、これはジナリア達やベルディレッセ達の調査結果を元に導き出した、暫定的な敵戦力の質と量を前提とする為に鵜呑みにしてはならないが。


 メルケカルプが不在となる間、留守を任された空軍のメカやユニリィ率いる船舶メカの数々が此処を守るので、フォートレス内が手薄になる心配も無い。


 希望に満ちた遠征軍なのだが、メルケカルプやアペード等軍の中核を担う戦力が負傷しないとも限らないし、死なないとも限らない。


 不要な心配だとは分かっていたとしても。

 それでもこれが最後のやり取りになって欲しくは無い。

 不安を抱く機皇帝を前に、アペードはドンと胸を叩いた。



「ええ。この不肖アペード・ラジー、必ずや仲間と共に生きて帰ってくることを誓います」





 アペードを含め遠征軍の戦力を指定の飛行場とメルケカルプ本体に収まりきったその1分後、『TALKING』と表示された黄色いサークルがフォートレス内のメカの観客達に一斉に表示される。


 見慣れない光景を前にして帝国出身者達はたじろぐも、何も害は無いと理解し、安堵する。



『じゃ、行ってくるっすよ』



 朗らかな女性の声が聞こえてきたと思うと、遠方より見えたその異変に帝国出身者達は目を見開いた。



「と、塔が……」


「浮き始めてる……」



 彼らの言うとおり、メルケカルプの本体が浮上し始めたのである。

 継ぎ目を境に、塔の下にある半径10000m程の半球が姿を剝き出しにした。

 地上に露出していた部分以外を漆黒に染めているその半球の表面には緑色に光る輪っかが浮かんでいる。


 恐らく、あれがメルケカルプを浮遊させる力場を生み出しているのだろう。

 中継映像として映し出されている、メルケカルプが上へと遠のく巨大な穴は綺麗な半球を描いていた。


 しかし、催しはこれで終わりではない。



『ヘイ、カモン! マイ・ブラザー!』



 彼女の掛け声と共に飛行場が――否、地面に擬態した戦艦が灰の地より動き出す。

 実に7000m程の滑走路と飛行経路が傾き、ゆっくりと先を15°上げたところで反響する轟音と共に爆炎と煙を噴射しながら直方体を描く穴の中から出て行き、メルケカルプ・フォートレスより離れ始める。



「あの飛行場ってもしや…!」


「間違いない、メカ達が運び込まれた場所だ…!」



 遠征軍の母艦は何もメルケカルプだけではない。

 グレードS、XLサイズの要塞メカ《ネスト:グレーロード》たる二隻、バミリオン・カーボ、ルコロッツ・スクェネントも該当する。


 既に上空の高い高度まで到達している彼女へと、合流しようと上昇していく。

 ヴィゴロントに運ばれて来た頃から分かってはいたが、改めて未知の技術の塊を前にして唖然とする帝国出身者達。

 リザードマンもあんぐりと口を開けており、それを面白がって両腕にドリルを持つモノアイの亜人形メカが話し掛ける。



「どうだ? 凄いもんが見れたろ?」


「……ええ、まったく………」



 常識の遥か外にある光景を前に、彼はただこれが現実だと受け入れる他無かった。



「頼んだぞー!」


「必ず戻って来いよ!」



 その一方で、メカ達は遠のいていく艦隊を前に熱狂していた。


 半球の上に乗った螺旋の塔と、独立飛行する飛行場戦艦二隻。

 その中に空中での機動を得意とするメカのみを大量に載せた遠征軍はジェネレイザの地を離れていく。

 手を振ったり激励の言葉を投げかけたりするなどして見送る数多の期待を乗せて。





『どんどん遠のいちゃうっすね、ジェネレイザ』



 メルケカルプの塔の内部にはアペード・ラジーの20m近い体格であっても余裕で通行出来る広々とした通路と空間が広がっている。


 その中央部である司令室ではMサイズのメカ達が配置についていた。

 アペードもまた、彼らの働きぶりを見つつ待機している。



『アペードくん、何とか言ってくださいっすよ。これじゃ独り言を呟く寂しい奴みたいじゃないっすか』


「…これは失礼しました。仰る通りでございますね」



 自分に言っているのだと気付いていなかったアペードは深々と頭を下げて謝罪する。

 彼女はもう少し対象の分かりやすい切り出し方にした方が良かったか、と反省し、話題を変える事にする。



『陛下とはよく話せたっすか? 話し足りないと言うなら今からでも回線を繋ぐ事も出来るっすけど…』


「いえ、お気持ちだけで十分です。あまり話をしてばかりですと、恋しくなってしまいますから」


『それもそうっすね。陛下を、国を愛する気持ちはアタシも同じっすから』



 Mサイズのメカ達が問題無く動いているのを尻目に、メルケカルプのカメラはアペードの姿を捉えて固定する。

 そこに寂しがっていた末っ子の姿は無く、一体の強者として己の責務を果たそうとする者が居た。



『大分吹っ切れたみたいっすね』


「そう見えますか?」


『まあ。以前の君はどことなく寂しそうな感じをしていたっすけど、今はきりっとしてそれが無い』


「お見通しでしたか…」


『これでもアタシも三機神の一角なんで』



 アペードは改めてメルケカルプの手腕に敬服する。

 尤も、今回会える機会を設けたのはメルケカルプとシアペルの両者であり、知っていてもおかしな事は無いのだが。



『頑張るっすよ、お互いに』


「ええ。頑張りましょう」



 中央に塔を持つ半球を置いた、奇妙な艦隊はジェネレイザ上空より離れていく。

 この世界を深く、正しく知る為に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る