第51話 吼える機砲【後】
そして、ターンはアペードに返ってくる。
それと共に、マップ上に新たな勢力が青い光を放ちつつ多数出現した。
「増援…? 何処の所属だ?」
『おまたせしたっす。整備上々の《エアロガンナイツ》っすよ~』
『バスターデーモン』の一体がこぼした呟きに答えるように、メルケカルプの軽々とした声が、それらがアペードの味方である事を提示していた。
合計10機、色とりどりの迷彩柄で人の胴体を象った形状の、大きなティルトローターを激しく回転させるメカの数々。
彼らは到着と共に、内蔵していた各種重火器を展開する。
無機質かつ無造作に露出したそれらは、整備状況を示すように艶やかだった。
相違点があるとするならば、メカ一機ごとにその種類が違うという事か。
間に合わせと、メルケカルプの敵戦力の想定から、このような編成となっていた。
「はっ、増援っつってもこれっぽっちかよ?」
「もっと数が必要なんじゃ無いのかぁ?」
だが、それでも数の差を覆せる程多い訳では無い。
異質な新顔であるも、それは魔族達にある、数を根拠とする余裕を剥がすには至らなかった。
Lサイズらしく、アペードと同じような体格を持つ彼らは、孤軍奮闘していた白天使の姿を一瞥すると、己の務めを果たすべく行動を開始する。
一番手を務めた、単筒の機関砲を両脇と本体下部から展開するメカ、《マシンガンブロス》が、アペードから見て右端に居た『バスターデーモン』を9マス内という広い有効射程に納める。
ただ、淡々と伸びていく青いターゲットマークがその悪魔を捉えるのだった。
使用武装:55mm機関砲
スキル:《精密射撃》
そして、悪魔の方に向いた砲口の数々が噴く、爆音と共に生み出される無慈悲な弾幕がその悪魔を蜂の巣に変える。
身動きも反撃も許さないそれを目の当たりにし、アペードは握り拳を作り祈る。一方の魔族達に衝撃が走った。
「…おい、何だ今の」
「分からねぇ…何をされたんだ?」
たった今同胞の一人が無惨な姿へと変えられたものの、一瞬にして起きた出来事故に『バスターデーモン』達からは困惑の声が上がる。
ディミルゾンの理解も追いついていなかったが、やがて人間達の発明した筒に近しいものだという仮説にたどり着く。
「おそらく銃や大砲といったものの進化版だ。一兵卒すらこんな武装を持ってんのか…?」
しかし、連射可能で且つ高い威力も兼ね備えるものなど聞いたことが無い。ディミルゾンの感想はそれだ。
未知の脅威。普通の感性、生物なら次の標的が自分にされるかもしれないという恐怖に晒される事になるだろう。
ディミルゾンの場合はどうか。それは不敵に歪む顔が物語っていた。
「良いねェ、盛り上がってきたじゃねぇか…!!」
庇い立てしようとしたのはヴィノレゼンが臆病だから。
それを心の底から思うディミルゾンは発破をかける。
「お前ら、ビビってんじゃねぇぞ! この程度蹴散らしちまえ!!」
「お、応!!」
だが、最初は単騎で挑んできたアペードが未だ無傷であり、先程のように戦力を確実に削られている。
自身と部下とではこの戦いへの熱量に差がある事をディミルゾンは渋々理解していた。
(あいつらも弾除けにされるのは御免だろうからな、仕方ねェ、増援を呼ぶか)
そう考えている内に遠方では、蜂の巣が如き大量の砲門を備えたミサイルポッドを搭載するメカ、《ミサイルファイター》によって、『バスターデーモン』がまた一体、弾頭が突き刺さると同時に爆殺された。
「畜生、俺らは的じゃねぇんだぞォ!!?」
技能:怪腕・《スパーキングバスター》
『バスターデーモン』の一体が右腕に魔力を貯め、それを極太光線として勢いよく放出する。
が、当たらない。最低限の動きで回避したグレネード弾を砲塔に装填しているメカ、《グレネードギフター》が、反撃に転ずる。
使用武装:EUOAGK・GLⅢ
スキル:《エアーマインクラスター》
間の抜けたとも形容できる、空気音と共に、多量のグレネード弾が放出される。
ジェル状の物体を纏うそれらは、あっという間に『バスターデーモン』の一体を包囲し次第に速度を緩め静止する。
「ひっ…!」
恐怖から身構えるも時既に遅く。爆ぜ轟く激しき光の中に消失するのだった。
アペードと違い、先程から何も喋らずにただ淡々と魔族を仕留めて回るメカ達 《エアロガンナイツ》。
自分たちの事を動き回る標的、としか見ていない。ともとれるその単純作業に似た行動の数々を前にして、生き残りの『バスターデーモン』達の顔から余裕は消えていた。
少しでも遠ざかっていたい、と動こうものなら、今度はアペードより確殺の一撃を貰う事になる。
余裕の無さは次第に、戦力の数にも現れるようになった。
どうすべきか、撤退も視野に入れつつある『バスターデーモン』達は上司であるディミルゾンに問うた。
「ディミルゾン様、どうすれば……!!」
「うろたえるなッ! ……やっと来やがったぜ」
北東より、黒雲が運ばれてやって来る。それが合図だとディミルゾンは確信した。
その異様を感じ取り、アペードも振り向いた。
現れたのはアペード達をも遥かに上回る巨体の怪物。
形状はディミルゾンに近しいが、彼よりも刺々しい赤を主体とする丸々とした巨大悪魔は大欠伸をしたり、腹を掻きながらもマップの中へとやって来る。
それが三体も。
「『ビッグイーター』だ、こいつには太刀打ち出来まい…!」
ディミルゾンは振り上げた腕を振るい、三体の『ビッグイーター』をけしかける。
巨大悪魔にとって、アペード達のサイズは手頃な大きさに見えた事だろう。
魔族達のターン開始と共に、赤く染まったマス目の上から、大質量の塊である手がアペード達目掛けて振り下ろされる。
だが、それに当たる者はおらず、巨大な手による範囲攻撃はものの見事に空振りに終わった。
その結果に不満があるらしく、『ビッグイーター』達は移動後、鼻息を荒くしながらアペードや《エアロガンナイツ》へと掴みかかる。
しかし、それも躱され、狙われた《エアロガンナイツ》の各種搭載火器の一斉射撃や、アペードの繰り出した《縮爆之理》の反撃を受ける。
一旦爆発に『ビッグイーター』の肉体の一部が巻き込まれるも、煙が晴れた頃にはほぼ傷付いていない事が判明した。
「あのサイズですと、威力が足りませんか…」
「余所見してんじゃねぇよ!」
技能:怪腕・《イグニッションバスター:アサルト》
『ビッグイーター』の攻略法を考えている間に、ディミルゾンがアペードへと急接近する。
アペードの顔面目掛けて、繰り出す炎を纏う殴打を、アペードは初撃の段階で《切り払い》を以って防ぎきった。
「チィ…!!」
「次はこちらの番です!」
使用武装:光体技巧・赤月影
スキル:《
ディミルゾンの攻撃が終わると同時にアペードは赤の光の剣をまたも生成し、近づいてきたディミルゾンに連続して剣撃を振るう。
軽やかな動きと共に繰り出される横薙ぎの数々は三度、ディミルゾンの肉体を深々と斬り裂いたが、ディミルゾンが素早く後退した為に致命打には至らなかった。
「まだまだァ! …ッ!!?」
再度行動しようとするが、既に自分の手番は終わっているが故に、ディミルゾンはマス目の上で硬直する。
どうにか動こうとするも、彼の意思よりも盤面の拘束力のが高く、結局動けずじまいのままターンをアペード達に渡す事となった。
「サイズ差は歴然。ですが、手が無いと言う訳ではありませんよ」
「馬鹿を言え、お前らにあいつらを倒せる訳が…」
ターンが始まり、アペードは自身の純白の体を、背中の一部を少し変形させ、そこから赤く光る内部構造の一部を露出する。
それは光の帯を伸ばし、丸くくねって彼の頭上に赤い光のエネルギーを蓄積させる。
その間に、『ビッグイーター』とディミルゾンを巻き込む形で、マス目の数々が青く点滅していた。
使用武装:光体技巧・幻界砲
スキル:《
「これで、決めてみせます!」
蓄積し肥大化する赤い光のエネルギーは荒々しくうねりを始め、やがてビッグイーターと同等の大きさに膨れ上がる。
そのサイズになったと同時に、アペードは青く点滅していた範囲の中心へとそれを投げ込んだ。
アペードの生成した小さな恒星が如き破壊の塊は、マス目に干渉し大爆発を巻き起こす。
その間にも更に膨れ上がり、『ビッグイーター』三体はおろかディミルゾンまでを呑み込んだ所で一瞬にして消失する。
結果、『ビッグイーター』もディミルゾンも、マス目の上から逃げられないまま多大なダメージを負う事となり、巨体の悪魔一体が炭化し崩れ去った。
生き延びた二体も後処理とばかりに、雷をその上下に分かれた砲身に宿す奇怪な大砲を備えたメカ、《レールガンナー》が沈黙を破り放った雷の光線により腹部に風穴を開けられ、後を追うように消失する事となった。
何時の間にか『バスターデーモン』も全滅しており、残るはディミルゾンといったところで魔族にターンが返ってくる。
だが、ディミルゾンに攻撃の機会はやってこない。付近のアペードに攻撃すべく動き出すより先に、肉体が力尽きたからだ。
これが《破幻衝之理》の追加効果であるスリップダメージを受けたから、などというのは彼には知る由もない。
魔族の戦力を全て失い、肉体の崩壊が始まり死ぬ事を待つ他無くなったディミルゾン。
絶望的状況下に晒されて、最早そうしてはいられない。……にも関わらず、彼は堰を切ったように不敵に笑い出した。
「これがお前らの力か、しかと見届けたぞ! 俺の得た情報は直ちに他の魔族へと共有される! ……いつまでもこんな調子が続くと思うなよ?」
《エアロガンナイツ》が搭載火器を格納し、アペードだけが彼の方へ向き直りその発言を聞く。
それを回線越しに聞いていたメルケカルプは言い返した。
『望むところっすよ。迎え撃つのはとうの昔に慣れてるんで』
それに対し、ディミルゾンは不敵な笑みを浮かべながら、ただただ無言で塵となった。
アペードは彼の散り際を見届け、彼に失礼の無いよう敬礼する。
こうして、空の戦いは一旦幕を閉じる。更なる波乱の兆候を孕みつつ。
彼が目覚めたのは休息にちょうどいい暗がりの下。
微かに天井から漏れている太陽のそれを少し和らげたような光と、鼻孔をくすぐる特徴的な匂いで目を覚まし、上体をゆっくり起こす。
「ここは、一体……?」
掛け布団から出た事で見える上体の殆どの箇所に包帯が巻かれており、怪我の処置は済んでいる事が分かる。
だが、見覚えの無い光景を目の当たりにして彼、ヴィノレゼンが戸惑いを浮かべるのは無理からぬ事だ。
何をしようかと考えていた矢先、唐突に目の前の白いカーテンが開かれる。
少しの眩しさに目が眩むも、明暗に目が慣れるのは時間の問題だった。
「お加減いかがですか~?」
「かー?」
ヴィノレゼンが見たのは、仲良く手をつなぐ幼い少女二人。
それぞれ桃と檸檬に似た髪色をし、学生服の上に白衣を羽織るその姿は特徴的で、そんな少女たちがヴィノレゼンへと具合を問いかける。
にこにこと人間のような笑みを浮かべてはいるが、その裾から覗かせる球体関節が彼女たちが人間では無い事を示している。
「君たちは一体……?」
「担当医のスーリアです!」
「同じく、パッセラモル!」
恐る恐る尋ねてみると、上機嫌な回答が返ってきた。
担当医とは一体、と思っているとそれぞれがヴィノレゼンの体を指差した。
「外傷は酷かったけど、内部にダメージは殆どいってなかったよ!」
「しょうどくして、ほうたい、ぐるぐる、いっしょけんめい巻いたの。えらいでしょ?」
「君たちがこの怪我の処置をしてくれたんだね」
「アペード様のお願いだからぁ。この身に代えても完遂するのは当たり前だよねっ♪」
「ねー♪」
「そうか、アペード殿の図らいか…」
大空で死を待つばかりだった自身に手を差し伸べた命の恩人の名を聞き、ヴィノレゼンは深く安堵する。
消去法で、此処がジェネレイザの関連施設だという事も判明し、身の安全は確約された。
家に置いてきてしまっているユーレティアの事が気掛かりだが、受けた損傷の回復を待ってからでも遅くは無いだろう。
…それで終わってくれたら締まりは良かったかもしれない。
「まあ、それはさておき。魔族とドラゴニュートのハーフなんだってね、君」
何気なく尋ねてくる彼女らに頷く。が、それと同時に徐々に変化する彼女達の様子に気づくべきだった。
その目が妖しく輝き、頬を上気させるのを見て、嫌な予感がする、とヴィノレゼンは思った。
「魔族というだけでも珍しいのに、その上ハーフって興味深ぁ~い。いっぱい、検体採らせて、ね♡」
「ねっ♡」
「は、はは、は……」
笑顔で頷くも、その目は笑っておらず、上げた口角もひくついている。
ヴィノレゼンは改めてとんでもない集団と関わってしまった、とも思うのだった。
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