第52話 突入準備【前】

 魔族との初戦を、自らの上司率いる空の軍隊が制した一方で。

 ベルディレッセは私服のワンピース姿で、パートラーニ達が勤務する医療施設を内蔵する家屋の屋根の上でゆっくりと伸びをする。


 人間に近しい肉体を持つからとて、実際に使わなければ衰えていく訳では無い。

 ただ、アクティブに動けない現状、こうでもしないと徐々に鈍るような気がして。

 今の彼女は柔軟体操の真っ只中であった。


 体操が終わり、彼女はシームレスに戦闘システムの点検に入る。

 呼べば増援は来るのだが、今現在は意図して現地戦力を絞っている状況。


 なればこそ、今使用できる手段の現状について把握しておく必要があった。

 普段から使い慣れているシステムでも、たった一日、数時間、いや数十分経っただけで使用不能になる可能性すらありうる。


 それを見落とさない為に、この世界に来てからの彼女の日課となっていた。

 さて、戦闘システムで基本となるのは以前も使用したマス目の展開だ。

 マス目のある範囲内をゲーム時代の名称から拝借して「バトルマップ」と呼んでおり、その上でジェネレイザの戦力は戦う事となる。


 しかし、これは強制では無い。

 マディスの戦闘記録、また、グリムの検証結果により、実のところバトルマップを展開せずとも問題無く戦える事が判明しているのだ。


 つまりは、マップの展開自体に深い意味は無いのである。

 ただ、逃亡を限りなく厳しくし、一勢力に属する拮抗する実力の戦力を一纏めにして戦力の増強もしくは弱体化を狙えるというだけで。

 これだけ聞くとバトルマップを開いた方が懸命と思えるだろうが、結局のところ費やす労力に大した違いは無い。


 開かずにいた方が速い場面も少なからずあるので、どちらにせよ一長一短と言う他無かった。

 そんなバトルマップを起動するのは、ゲーム時代の名残のようなもの。


 バトルマップの展開、解除、展開……を淀みなく繰り返し、それと共に各種武装を滞り無く出せるかも確認し、今日も戦闘システムに問題は無いと判断する。

 続いて使用可能な武装一覧をコンソールから確認して、それから、他のシステムも確認…しようとしたところでコンソール上に見慣れない項目がある事に彼女は気づく。



「『New』? 何これ」



 バトルマップの展開も武装の展開もコンソールを介さず出来る為に開くまで彼女は気付いていなかった。

 だが、武装一覧に通じる「戦闘」の項目のその一番上にそれがあれば、誰だって目に付くというもの。


 特に恐れなど感じる事も無く。彼女はそれをタップする。

 すると、自身の足元からワイヤーフレーム型のサークルが展開されていく。

 それはバトルマップのようで、大きく違う性質を持つフィールド。


 特段検証せずとも、彼女にはこれが何を齎すのか見当がついた。





『へぇ~、自在に動けるフィールドっすか~』



 少し経った後に屋根の上で通信を繋げる。

 彼女の話し相手は上司にして現在艦隊を動かしているメルケカルプ・クローバー。


 以前この場所から三機神の内の誰かに繋ぐことは出来ないか、という検証をベルディレッセはした事がある。

 検証結果は、繋がるもののノイズが酷く文通の方が通じやすい、といったものだった。


 それが今は特にこれといったノイズは無くこちらの発言も向こうの発言も問題無く聞こえている。

 即ち、メルケカルプがこの地へと近づいている遠回しの証明であった。



『アペードくん達が奮闘している間に気付けていれば良かったっすね~…』


「それは、大変でした、ね…。メルケカルプ様もご存知では無かった?」


『そう、というか、ベルディちゃんが気付いてくれたおかげで気付けたって感じっすね。向こうも向こうでびっくりしてたっすよ』



 メルケカルプの言を聞くに、シアペルもユニリィもベルディの事前の文通から新たに展開できるようになったフィールドの存在を把握したらしい。

 マップを使う従来の戦いと、こちらの世界に来てから可能になった戦い、そのハイブリッドとも呼べるフィールドは技術革新と言えるものだった。



『本当はサプライズとして教える立場なのに。なぁんで今まで気付かなかったんでしょうかね…』


「分からない…。たった今追加されたとか?」


『そんなまさかー。空気過ぎて今まで気付かなかっただけっすよきっと』



 実のところ、これに関してはベルディレッセの推測の方が正しい。

 太陽系第三惑星地球のある向こうの世界で、安藤主任達がコンシューマー移植に際し。

 より臨場感のある戦いを演出したいという事で、ターン制を撤廃し頭身に関わらずフル3Dモデルのユニットが縦横無尽に戦う新たなバトルモードを追加したのだ。


 ただ、そのモードだと最早別物と言える程に様変わりしているのは言うまでも無く。

 追加された事による影響が、こちらの世界に居る彼らにも及んでいるという事は誰も知らない。知る由も無い。



「それで、メルケカルプ様はこれをどうお考えで?」


『そうっすね~。便利っすね。便利過ぎて怪しく思うくらいには』



 新機能の評価が想像以上に高く、それにベルディレッセは苦笑を返した。

 少しばかり触ってみた自身すらも同じ感想を抱いているからこそ、尚更不安が募る為。



『技術革新なんてレベルじゃ無いっすよ。今までとこれからと、これを採用するか否かで劇的に変わるっす。目まぐるしさも連携能力も』


「でも、試運転は…」


『出来るじゃないっすか。訓練より実戦データのが信用が高いっすよ』


「それってもしかしなくても」


『ベルディちゃんの想像通りっすよ。まずはキミ達に取ってもらうっす』



「やっぱり……」と上司の発言に諦め気味に返す他無かった。

 手頃な相手が見つかれば良いが、今は隠密行動中でもある故に相手は限られる。


 現在、グリムは冒険者として街に出ている。コンソールに表示される地図からの現在位置を見るに今は仕事中なのだろう。

 様子を見て連絡をするとして。今はその旨を伝える程度に留めつつ。実戦データ収集用の相手は誰が相応しいか、ベルディレッセは少しだけ頭を抱える事となった。




 同行した空の英雄がその上司からの指示に悩む一方で。

 グリムはエッジブラザーズ、ブルームーンのフルメンバー共々レミネスの元へ招集されていた。


 場所は冒険者ギルドの特別応接室。要はVIP専用の部屋である。

 そぐわない彼らが今こうして利用できているのはレミネスの存在がある事に他ならない。

 そして、この部屋を利用する事自体にも理由はあった。



「面子が揃った事で始めるとしよう。今晩乗り込む『刻十蛮頭』のアジトは王都近郊の南西…此処にある屋敷だ」



 長方形の大きなテーブルを埋め尽くさんばかりの大きな地図が彼女の合図と共に広げられ、レミネスの指はある一点を指す。

 彼女の向かい側となる長い辺の方に立つ、グリムから見て真ん中よりやや右の、上の箇所だった。



「貴族の屋敷を似せて造ったようだが、その実迷宮のような造りとなっている。多数の罠も仕掛けられていると先日部下から報告があった」


「それってよぉ、他でもねぇ奴らが引っ掛かったりするんじゃねぇのか?」


「そうなった時の保険もあるにはあるらしい、とだけ言っておこう」



 ガララダの質問は尤もだ。それに対しレミネスは率直な返答を述べる。

 王都から見た所在地を共有したところで、今度は甲冑姿の兵士の一人がその上に更に地図を広げる。

 その兵士は淡々と「これは屋敷内部の間取り図です」と説明し、一同の目はそれに向き直る。



「わぁ…。確かにこれは迷宮だね……」



 グリムは唖然としながらも視界のメモリー内に新たにその間取り図の全てを保存する。

 全部で地上4階建て、地下3階建てのその屋敷は、フロア全てが散在する小さな部屋を細かく分けたかのように複雑難解な構造をしていた。

 ガララダとマットの様子を伺うも、彼らも彼らの仲間達も似たような反応を示している。


 様子を伺う素振りを見せつつ。当然ながら屋敷の所在地も保存してある、メモリーを整理しようとしたところに新着メッセージが届いたが一先ずは保留にする。



「ああ。 この屋敷の本来の出入り口も関係者以外立ち入れぬよう、厳重に施錠されている。 しかし、侵入口が無い訳で無い。 …此処を見てくれ」



 次にレミネスが指し示したのは、グリムから見て屋敷の見取り図の最奥、その左端。

 そこは一階の正方形状の小部屋。おそらく予備の倉庫といったところか。



「この部屋に、下水道と繋がっている隠し通路がある。一人しか通れない程狭い通路故に見張りの存在には注意しろ。 それと、この通路を使うにあたっての事だが……」



 レミネスは視線をグリムへと送る。彼女が口に出さずとも、その目から何を聞きたいのかは読み取れた。

 隠し通路を使うにあたってネックとなるのが他でもないベントネティだ。

 黄金の雄姿は見た目に釣り合う巨体である故に、彼が通り抜けられない。


 無論、あのサイズのままであれば、の話だが。



「ああ、問題無いよ。彼は自由に大きさを変えられるからね。ベントネティ、折角だから実演して見せてよ」


「……」



 グリムが見上げると既にそこに黄金の巨体が立っており、レミネスと彼以外の全員が驚きを露わにする。

 一体、何時の間に入ってきたのだろうか。彼らは一同にしてその疑問を浮かべた。


 グリムの発言を受けて、ベントネティは無言のまま胸の前に拳を翳す。

 すると、4mはあった巨体がみるみる縮んでいき、それを目で追っていた彼らが最後に見たのは、絨毯の上の手のひらサイズになったベントネティの姿だった。


 可愛らしい、と一瞬でも思ってしまった女性陣達は頭を横に振ってその考えを忘れる。



「彼は特殊でね。こういう風に大きさを自在に変えられるんだ」


「そのようだな。大方、この部屋に入ってこれたのはこの大きさでグリムの服に隠れていたからだろう」


「正解だよ。それにしても凄いよね、彼」



 ベントネティは小さい姿のままグリムに一瞥だけすると、先程の4mサイズに戻る。

 それを見てかレミネスは何かを考える素振りを見せ、それから再度尋ねた。



「…逆も出来るのでは無いか?」


「うん。ここじゃ無理だけどね」


「驚く事が多いぜ。黄金な上に自在に大きさを変えられるゴーレムとはな」


「全くですね。そんな種類が居るなんて見た事も聞いた事もありませんよ」


「何はともあれ。これで通路は全員使える事は分かった。突入の順番に関してだがまず私の部下の騎士達が、それからブルームーンとグリム達が突入し、私も向かう。最後にエッジブラザーズが突入を終えたら一部を見張りに残して私達に合流しろ。玄関の封鎖と誘導を忘れてくれるなよ。…では解散だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る