第50話 吼える機砲【前】

 100✕100、35m感覚で展開されていく白き枠線の数々は同胞を甚振った魔族達を逃がすまいと内部へ取り込む。

 機械的に行われるそれは抵抗も許さず、迅速に完了した。



「あぁ? 何だこりゃ」



 ディミルゾンは足元に現れた白い枠線に触れようとする。

 だが、白い枠線は目に見えるというだけで触れられるものでは無く、空振った。



「ディミルゾン様、どうやらこの白線の外側へは出られないようです」


「だろうなぁ。…おい、そこのデカブツ。こんなもので俺達を止められると思っているのかよ?」



 部下の報告を聞きつつ、ディミルゾンはその空洞のような目元を歪めながら、アペードに挑発する。

 一方のアペードは言葉では敵意を表していても冷静を保っていた。


 不意打ちを狙った攻撃をされたとて、彼からすれば想定の域を出ない行為に過ぎないのだ。

 尤も、彼の手の中のヴィノレゼンの姿を見れば予想出来た事でもあるが。



『アペードくん。アペードくーん』



 そんな彼へとメルケカルプの通信が届き、アペードはヴィノレゼンの容態を確認しつつそれに応じた。



『間に合ったっすかね。どうすか様子は』


「芳しくないですね。ヴィノレゼン様が同胞に襲われました。怪我の程度が酷く、速く処置しなくては…」


『うわーお。だったらもう転送しちゃうっすよ。医療班には言って聞かせるんで』


「分かりました。ではお願いします」



 アペードの発言と共に、ヴィノレゼンの姿は粒子状となって彼の手から消失する。

 タワー内にある医療施設への移送を確認したらしく、メルケカルプの返答は直ぐに来た。



『あい。…で、そっちは大丈夫っすか』


「増援の可能性を加味しますと、用心するのに越した事は無いようです」


『それもそうっすね。今キミの目の前に居るのは新顔っすよね。マディスくん達が遭遇した『懲罰部隊』ですら細工が施されてたみたいっすから。多分その新顔の奴も何かしらの細工がされてるっすよ』


「細工…ですか」


『ま、こっちにも似たようなものはあるんで、それだと考えれば良いっすよ』



 事実、現在どのメカがどのような状態であるのかを確認する事はコンソール画面を用いれば可能である。

 HPの残量やジェネレイザ側と示す青い反応の付近に観測された敵を示す赤い反応や中立、もしくは所属不明を示す黄色い反応の数で、そのメカがどんな状況下にある事かを調べられる。


 メルケカルプの言う細工とはそのようなものだと解釈し、アペードは納得するのだった。



『会話はここいらにして、状況に集中するっすよ。そっちに《エアロガンナイツ》を向かわせてるんで、あと2分、一機で持ち堪えるっす』


「了解」



 通信を切り、アペードはフリーになった両手を軽く振って身構える。

 敵はヴィノレゼンの部下であった50体の魔族と、彼を襲った大悪魔ディミルゾン。


 《ヘクスウォール》で防いだ攻撃からして、相手は魔法系かつ広範囲高射程の攻撃を有している。

 先程は無傷で済んだが、次からはこうはいかないだろう。

 どう対処すべきか。思考を巡らせる。



「こんな戦場で呑気にお喋りとは随分余裕があるじゃないか、えぇ?」



 ヴィノレゼンを襲った状況が状況である故に、まだ策を残している可能性も考えられる。

 伏兵が居ないとも限らない。それこそ、ジェネレイザの情報網をすり抜けられるような存在が。



「――無視かよ? 良い度胸だな?」



 多勢に無勢とはまさにこの事か。しかして自身の行いに後悔は無い。

 もし、単騎で敵わずとも持ち堪えるだけの準備は整えてある―――



「おい、聞いてんのか?」



 ――思考を巡らせて、ディミルゾンの問いかけに耳を傾けてアペードは我に返る。

 急いでメモリーを辿ると先程の発言より少し前にディミルゾンの音声記録が残っているのを確認し、アペードは、



「――申し訳ありません。思考を巡らせるあまりお話を聞いていませんでした」



 素直に謝意を述べた。それと同時に魔族達全員が呆れ気味によろけた。

 体勢を立て直すと、緊張が解されたからか『バスターデーモン』達が軽口を叩き始める。



「まさかコイツ…」


「さっきまでディミルゾン様の発言を聞いていなかったのか?」


「デカブツの癖して耳が遠いのかよ…」


「いいえ、違います」



 『バスターデーモン』達の軽率な発言にアペードが割り込む。



「私は一つの事に集中しやすいよう設計されています。ますが、それはそれとして、先程までの発言を聞いていなかったのは単純に私自身のミスです。そこをお間違えなきよう」



 ディミルゾンを無視したのは単なる不注意に過ぎないと訂正を求める。

 それを聞いた『バスターデーモン』達は顔を見合わせると、嘲笑した。



「やっぱり耳が遠いんじゃねぇか!」


「こんな体たらくで一人で来たってのかよ!」


「ディミルゾン様の前によく出られたな!!」


「私自身のミスであると申した筈ですが……」



 凝り固まった解釈でアペードを嘲笑う彼らに更に訂正を求めるが、彼らは聞く耳を持たない。

 そんな彼らを「黙れよ」の一言で黙らせたのは、上司であるディミルゾンだった。



「……お前の集中力が高いのはよく分かった。だがな、そんなもんだけで勝てる程俺達は甘くねぇよ」


「承知しています。無策で飛び込んだ訳ではありませんとも」


「だったら見せてみろよ白天使。お前の力とやらを」



 アペードの翼が先程よりも広く展開されていく。

 純白の骨組みから生じる赤い翼はその先から粒子を撒く。彼の異質さをより際立たせていた。



「はい。お見せしましょう、私の力を」



 彼の静かな一言と共に、まっすぐと構えられた彼の両の無手から赤く輝く光の流体が生成され伸びていく。

 それは剣の姿を形成すると、彼の右手に収まりその手の握りに追随した。


 彼のその動きと同時に、青いターゲットマークが残像を描きながら移動し、最も近い『バスターデーモン』に向かって伸びていき、姿を捉えた。



「我が剣よ、必殺の意思に応えたまえ」



 使用武装:光体技巧・赤月影

 スキル:《なぎたちことわり



 赤の剣を構え、粒子を振りまく赤き翼より追加の推力を得たアペードの体は前へと加速する。

 狙われた悪魔はそれを自覚するも、為す術無く胴体と下半身とが斬り離される光景を最期に見る事となった。



「どうか、苦しむ事無きよう」



 そして、アペードは元居たマスへと速やかに戻る。

 一度出した剣をしまう所作を見せる彼の姿は無防備に見えるものの、ディミルゾンをはじめ魔族達に付け入れる隙では無かった。


 それが、ターン制の仕様だとは思う事無く。



「まさかとは思うが、それっぽっちじゃねぇよな?」


「その質問に関しては『いいえ』と答えさせて頂きます」



 アペードの言う通り、光体技巧と専用スキルはこれだけでは無い。

 プレイヤーのメカも入手、習得可能な光学系の最上位武装、スキル群であり、そのいずれもが費やした労力に見合った性能を誇る。


 特に高倍率の威力を有する攻撃スキル群は、攻撃成功時の付与効果含め注目を受けていた。

 先程使った《薙断之理》にも次のターン終了時まで回避率を上げる効果がある。


 アペードの使うそれにはゲーム時代、自身の高ステータスが上乗せされるのに加え、使用頻度が高い事もあり警戒すべき武装、スキルの一つとして攻略サイト等に特筆されていた。


 無論、それだけでは無いのが彼が隠しボスたる所以であり。



「だったら、俺を楽しませてみせろよ、なぁ?」



 再度の挑発には最早、アペードは興味を持たなかった。

 今は真剣な勝負の最中。こちらの油断を招こうとする安易な真似に逐一反応を返すなど言語道断だ。


 その心構えを察したのか、ディミルゾンは聞こえるように舌打ちする。



「その前に、は何だ?」



『ENEMY PHASE』と表記され、それが一瞬にして消える。

 すかさず見逃さなかったディミルゾンが問いかけると、アペードの返答はすぐさま返ってきた。



「失礼ながらこちらを『PLAYER味方』、貴方がたを『ENEMY』と表記させていただいております。何と言われようと仕様ですのでご容赦を」


「はん、それが聞ければ十分だ」



 海賊船団との戦闘時も、懲罰部隊との戦闘時も、この表記自体は当時より表示されていた。

 しかし、時刻が夜の内の戦闘である事、それを気にする者がジェネレイザ以外には居なかった事、そしてジェネレイザからすれば至極当たり前の事であった為に、今まで誰も何も言わなかった。



「お前ら、数ならこっちが優勢だ。あいつに目にもの見せてやれ」


「「「「了解!!」」」」



 一斉に、ディミルゾンの指示に威勢の良い返事をすると、マス目の上を流れるように進んでいく。

 余談ながら、今回は空中戦となる為、地上と空中といった普段はある地形区分が存在しない。

 それ故にこうした移動となるのだが、それを気に留める者は魔族の中には居なかった。



「食らいやがれェ!」



 技能:怪腕・《ボールボムスロー》



 握り拳の中で凝縮し形成された魔力の塊たる球体を、アペードを射程に収めた《バスターデーモン》の一体が勢いよく投げつける。

 それは赤い宝玉のような上品な輝きを放ちつつ、脈動する。


 しかして、迫り来るそれを見逃すアペードでは無い。



「貴方がたの技能は素晴らしい。ですが、私には届きません」



 使用武装:光体技巧・赤月影

 スキル:《ガード:切り払い》



 称賛と断定を述べつつ、再度生成した赤い剣身が赤い球体を容易く真っ二つにする。

 軌道を変えられ、アペードを通り過ぎたそれらは虚しく爆散するのだった。



「なら、増やせばどうだ!!?」



 技能:怪腕・《合体攻撃・ボムシュートシャワー》



 二体、三体、四体、と横並びになった『バスターデーモン』達が次々と、先程と同じ威力の球体爆弾を大量に投げ飛ばす。

 それらは必然的に弾幕と化して、アペードの周囲を爆破し包囲網を形成しようとする。


 だが―――



「同じ事です。…申し訳ありませんが」



 スキル:《ガード:切り払い》



 動けば当たらないものを右へ左へ回避し、直撃コースのもののみを切り裂いてこれも無傷で掻い潜る。

 悔しさを滲ませつつ、攻撃を終えた『バスターデーモン』達はそれを眺める他無かった。


 隠しボスたる所以の一つとして、この《切り払い》の発動確率が上げられる。


 ジェネレイザの他のメカの発動確率は最大が45%であるのに対し、アペードは唯一、驚異の80%を誇る。

 しかもそれは回避判定とは別に判定される為、命中率が100%になったところで油断出来ないのが彼との戦いだ。


 ゲーム上では丁寧に構築されたプログラムの下、自動的に発動していたスキルは、それを解釈され別の形として落とし込まれた今では、彼の意思とは別に彼を守るべく機能している。


 彼にはそれに特段疑問は無い。ただ、そうあるのだからそれを受け入れるのみである。



「この野郎、余裕ぶりやがって!!」



 飛ばした球体爆弾の数々を無力化され、『バスターデーモン』達は憤りを見せる。

 しかし、再度 《ボムシュートシャワー》を見舞ったところで目に見えている。

 なればこそ、とばかりに『バスターデーモン』達は彼らに伝わる特殊な技能を先に用いた。



 技能:《クラッシュディスチャージ》



 瞬間、彼らの肉体は赤く鮮やかに赤熱し始める。目視で分かる程に変化を遂げた彼らの姿を見て、アペードは更に仕掛けてくると踏んで身構える。



「後悔しても、もう遅いぜ?」



 技能:怪腕・《合体攻撃・ボムシュートシャワー》



 短い台詞と共に繰り出されたのは、またしても『バスターデーモン』の合体攻撃。

 再度、アペードは右へ左へ回避するも、今度は《切り払い》が発動しなかった。



 …しなかったところで彼に何も出来ない訳では無いが。



 スキル:《ガード:ヘクスウォール》



 彼の目の前に展開された防御の上位互換たる《ヘクスウォール》によって、またしてもアペードは爆弾の雨の中を無傷でやり過ごす。

 先程と違う挙動を『バスターデーモン』達は何とも思わなかったが、その時点で身構えておくべきだった。


 こちらの射程圏内は、アペードの射程圏内でもあるのだと。



 使用武装:光体技巧・赫雷球

 スキル:《しゅくばくことわり



 《ヘクスウォール》の解除と共に次に繰り出すは彼の両手に蓄積凝縮されていく赤い光を放つエネルギー。

 それを弾として撃ち出そうとしているのだ。『バスターデーモン』達は遠目から何かしているのは分かっていても、気づいたところで何も出来なかった。


 そして、最後に合体攻撃を指示した個体目掛けて、投げ飛ばされる赤い光の球体。

 その球体は投じられた後に、放たれたもう一つを変化させた光の槍に貫かれ、息をつく間もなく悪魔の懐へ到達する。


 瞬間、アペードの投じた2つの赤い光は悪魔を呑み込み大爆発を巻き起こした。

 爆煙が消え去ったところで『バスターデーモン』に耐えられる威力である筈も無く、その場所に何も残りはしなかった。



「…ちっ。おい、お前ら! そいつにそれ以上下手に近づくな!!」



 《薙断之理》時点では近接特化に見えていたが、先程のような例を見せられては距離を取った行動もままならない。

 このまま攻撃を続けたところで反撃で確実に部下を失う事になると判断してか、『バスターデーモン』達を待機させつつディミルゾンが動いた。


 尤も、動いたところで今のターンではお互いに攻撃出来る距離では無いが。

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