第13話 隣り合わせの美と脅威【後】

 ジナリアが目星を付けた料理店は複数ある。

 隣町のカルメドラで採れる海産物をふんだんに使ったシーフード店、野菜と含まれる栄養素を活用するヘルシーな料理店、注文時の魔法を行使した焼き加減で味わいも食感も変わる肉料理店…などなど。

 今回は様々な味付けの施された麺料理の数々が目玉となる料理店で食事を摂る事にした。


 ベルの付いた洒落た扉を開けて、二人組の外套が入店する。土足で入れる店である為、彼女達は靴を気にせず上がり込む。



「…いらっしゃい」



 カウンターでコップを磨く無愛想な髭面の大男が応対する。

 彼女達は空いていたカウンター手前の丸椅子に座り、メニュー表を開き、その中の文章の羅列の内、2つを指差す。



「そうだね、これとこれを頼むよ。こっちは彼女に」


「はいよ、と言いたいとこだがお客さん。お代は持ってますね?」



 コルナフェルが少し頬を膨らませるのに対し、ジナリアは冷静に通貨の入った小袋を取り出す。

 カウンターに載った瞬間、中身の通貨の山で小気味よい音が奏でられる。



「心配なら中身も確認するかい?」


「いや、結構。それより、お客さん。此処にはルールがありましてね」



 髭面の大男はカウンターの横、出入り口の奥側の壁に掛けられた、文字らしき記号の羅列が記載された木板を指差す。

 ジナリア達には当初それに何が書いてあるのかは読めなかったが、リアルタイムで解読が行われ、読めるようになった。

 その板の一番上には、『食事がしたいなら、外套の類いを外して素顔を見せるように』と書いてあった。



「ああ、これは失礼。これで良いかな?」



 二人は外套を慣れた手付きで取り外す。

 片や自信満々に、片や自信無さげに。


 姿を現したのは、白と灰の髪がよく似合う二人の美女。


 ジナリアはワイシャツに赤紫のジーンズを着用し、黒のソックスにワークブーツを履いている。

 一方のコルナフェルは首から肩にかけてのフリルの愛らしい、胸と腰回りの主張がやや強い黒のローブモンタントに身を包んで、裸足に黒いローヒールを履いている。


 一旦立ち上がり、慣れた動作で着ていた外套を折り畳んで椅子の下に置き、彼女達が再度座ってカウンターに向き直ると、その美貌に見惚れたらしく、目の前の店員3人はおろか背後より客のものと思しき大量の視線を感じ取った。

 ジナリアは当然とも言える反応にご満悦といった様子だが、コルナフェルは衆目の前で外套を取る事を想定していなかった為に若干顔が赤い。



「た、直ちに準備をしますので」


「ゆっくりで良いよ。私は料理が出来るまでも楽しみにしたいからね」



 両者――特にコルナフェルの方――が何処かの貴族の令嬢だと思われたか、大男は外套を着ていた事に納得し慌てて準備を始める。

 それをジナリアは余裕綽々といった様子で制した。

 明るい笑顔で肘を置く彼女の姿がそれを証明している。



「すげぇ…」


「かみさんより別嬪さんだ…」


「こんな飯屋に来て下さるとは。はぁありがたや、ありがたや」



 男達の目を奪ったらしく、背後の声が気になりジナリアがカウンターの物陰でモニターを展開し背後の様子を窺うと喉を鳴らしたり、拝み倒したりする男達の滑稽な姿が映っていた。

 ジナリアはモニターを閉じるとわざとらしく笑うも、コルナフェルの方はどうして良いか分からず戸惑いを見せている。



「食べづらい空気だね」


「すみません、注意しておきます」


「いや、いいよ」



 髭面の大男が注文の準備を進めつつ、不躾な目線を向ける男衆を注意しようとするが、再びジナリアが制した。

 幼さの残る、悪戯な笑みを浮かべながら。



「楽しいからさ」





 その一連の流れを彼女達の背後から見ていた一人、ベノメスは立ち上がり、持っていたフォークを机の上に落とす。

 隊長の珍しい反応に近くで食事していた隊員の面々が興味を示した。



「どうしたんすか隊長。一目惚れって奴すか?」



 からかうように笑い出した一人に釣られて笑い出す隊員一同。

 しかし、肝心の隊長の表情は芳しくなく、隊員の言う一目惚れとは程遠かった。



「あいつらだ…! あの時見たのは……!」



 あいつらとは今朝に遭遇した外套の二人組の事だ。

 この店に入ってきた時点で外套の色合いが似ていた為に目を付けていたのだが、声が一致した為にはっきりと分かった。

 あのような美貌の持ち主だとは想定していなかったが。



(どうする…? 何が目的かを探るべきか…?)



 所属不明の美女二人。

『懲罰部隊』にそんな存在が居るとは報告が上がっていない。

 おそらく『懲罰部隊』の一員では無いのだろう。自分らだけで満たされているなら


 見た夢が夢では無いと語るその真意が掴めない以上、迂闊な接触は避けておきたい。

 敵か味方かもはっきりさせておきたい。


 矛盾するような2つの考えがベノメスの行動を遅らせる。

 立ち尽くしたままもたついていると、下品な怒鳴り声に似た男衆の声が外から漏れ聞こえてくる。

 この場で一番出くわしたくない者達の襲来だった。






「邪魔するぜぇ!」



 洒落たデザインの扉を乱暴に掴み開け、体毛を至るところから生やした男達が入ってくる。

 その途端、店内の空気が冷え込んだ。

 カウンター前に座り注文した麺料理二種を受け取る美女二人を除いて。


 王国の鼻つまみ者こと、『懲罰部隊』の隊員達だ。


 一方の一般客達は難癖をつけられない様に視線を反らし、帝国第56小隊の面々は壁に立て掛けていた武器が何時でも取れるよう警戒していた。

 王国に制限を設けられているとはいえ、無辜の民を非道な暴力から守るのは彼らの役目の一つである。


 品定めをするような、見渡す視線が出入り口の方から向けられてくる。

 それは、カウンターの前で呑気にしている美女二人の姿を捉えた。



「よう姉ちゃんたち。俺らと一緒に遊ばねぇか?」



 どうせ何も出来はしないと思っているからこんな舐めた真似が出来るのだろう。


 標的に定められたであろう彼女達へと、見た目の釣り合わない男衆が暴力をちらつかせながら声を掛ける。

 まだ行為に走っていない為に動けないベノメスは歯痒く感じていた。


 しかし、彼女達は自分達に声を掛けられているのだと気が付いていないらしく、『懲罰部隊』の男衆を無視している。灰髪の姫君の方はちらちらと気にしているようだが。



「これって、所謂ラーメンですよね?」


「近いものだけど、あくまで別物だ。しかし、こうして完熟卵やメンマみたいなのを盛り付けられると似ているね〜」



 今は料理を気にしている場合じゃないだろう。

 そう思いながらベノメスは男衆に顔を向けようとすらしない彼女達に視線で警告を送る。

 男衆が爆発するのは時間の問題だった。



「聞いてんのかぁ!!」



 先頭の男が怒鳴る。

 間近で吠えられた為に高貴な衣装の灰髪の姫君は怯み、ワイシャツと赤紫のズボンの白髪の姫君がため息を吐く。



「止めてくれないかな。私達は君らの唾入り料理を食べに来た訳じゃないんだけど?」



 ようやく自分達が標的にされてるのだと気付いたらしく、白髪の姫君が不快感を露わに会話に入る。男衆は下卑た笑みを浮かべた。



「これ以上無視するならいくらでも吐いてやるぞ?」


「よさないか、気持ち悪い。店の方に迷惑じゃないか」



 彼女は二倍近い体格差の男衆相手でも動じてはいない。

 それどころか道理的な怒り方をしている。

 真っ当な集団ならば、彼女の言動に理解を示し、潔く身を引くだろう。


 だが、目の前の連中はそれが通じる相手では無いのだ。



「なら、俺らと付き合え。幾らでも可愛がってやる」


「あ〜、そういう感じ? なら私達からは何も言う事は無いかな。さあ、帰った帰った」



 勝ち気な態度で白髪の姫君は男衆達を追い返そうとすらし始める。

 しかし、事態は何も好転していない。


 文句を言いかけた仲間を制すると、先頭の男が口角を上げながら手を伸ばし始める。

 ベノメスの位置でも分かるように、男は怯える灰髪の姫君の尻を掴もうとしていた。

 それを白髪の姫君が手で割り込んで止める。

 男衆が疑問に思うと、白髪の姫君は笑顔で応対する。



「妹に手を出すのは止めて欲しいな。私が相手になるからさ」



 彼女の無謀にも似た発言に、ようやく素直になったか、と下卑た笑みを強める。



「そうこなくっちゃなァ〜…」



 ベノメスは一連のやり取りを見ていて、こいつらは気付いていないのか、と思った。

 手を割り込ませる時に、一瞬だけ見せた殺意にも似た怒気を。

 彼女の浮かべる笑顔に恐れの一切が無い事を。


 だが、無辜の人が事態の収拾を願って自ら犠牲になる事を選び、連れて行かれるのは事実。

 一足先に出て行った白髪の姫君に爛れた欲望の一切をぶつけようと、股間を膨らませながら『懲罰部隊』の面々は出て行った。灰髪の姫君は悪夢のような光景に、震えて祈る。


 扉の外に付けられたベルが乾いて聞こえてきた。

 恐らく此処に居る全員もそう思ったことだろう。

 彼女に済まないと思いつつも、せめて灰髪の姫君だけでも守らねばとベノメスは固く誓うのだった。




 嵐のような集団が去り、店に静寂が訪れる。

 麗しき美姫が何故あんな連中に、と重苦しい沈黙が場を包む。

 30秒程経過した後に、またしても扉が開け放たれ、店員達が悲鳴を上げる。

 早くも誓いを果たさなければならなくなったか、とベノメス達が身構えると、目の前の光景に唖然とする。


 何と、扉を開けたのは白髪の姫君だった。

 先程の怒気を見せた少女とは同一人物と思えない程に明るい表情をしている。

『懲罰部隊』が逃げてきた彼女を追って来る様子が無ければ、特に乱暴された痕跡も無く、彼女の衣服も肌も清潔さを保っている。



「ただいま〜…っと!?」



 そんな彼女へ直ぐ様飛び込む人影が一つ。

 他でもない灰髪の姫君だった。

 目には涙を浮かべて、白髪の姫君の胸で啜り泣く。



「心配したんですからね…! もう二度とあんな無茶はしないでください……ぐすっ」


「ゴメンよ。ああでもしないと追い返せないと思ったからさ」



 構えを解き、ベノメスは己の身分を気にせず彼女らの元へ駆け寄る。



「一体、何が起きたんだ…?」



 欲望に忠実な連中が彼女らを見逃すとは思えない。

 すると、彼女も何が何だか、と言った様子で驚きを露わにする。



「いやぁ、多忙の身って大変だね。突然眠りこけちゃうからびっくりしたよ」



 あり得るのだろうか、とベノメスは疑問に感じるが、第一目撃者の彼女が言うのだからそうなってしまったのだろうと、疑問は残るものの一先ずは納得する。



「そんな事よりご飯食べようか。何時までも泣いてないで、ほら」



 ベノメスも店内の客も、危機が去った事に安堵して皆注文した料理に再び手を付ける。

 その後、彼女の証言通り、路地裏にて眠りこけた男衆の姿が目撃され、暫くの間町民達の笑いの種になった。

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