第12話 隣り合わせの美と脅威【前】
「いやぁ、こうして姉妹仲睦まじく旅行に来るのも良いものだねぇ〜」
外套を纏いながら軽快に三回転する少女が一人。
名をジナリアと言う彼女の顔は今、フードに鼻から上が隠されているがその朗らかさは口元だけでもよく分かる。
そんな彼女に合わせるように歩幅を短く足を小刻みに動かすもう一つの外套、名をコルナフェルという少女が続く。
背丈こそ違うが、薄茶色の外套のデザイン、色合い共にお揃いであった。
「目的を見失っていませんよね…? それに一人足りませんけど…」
コルナフェルはフードの下から視線の動きを忙しなくしつつ、多種多様な種族で構成された町の通行人の邪魔にならないよう右へ左へ避けていく。
何分ジェネレイザ以外の地をこうして身を隠しながら動くのが初めてである為、緊張しているのだ。
潜入捜査ならジナリア一体だけでも十分なのだが、ジナリア、ベルディレッセと違いこうした事に疎いコルナフェルに経験を積ませるという名目で彼女達は組む事となったのだ。
また、コルナフェルの存在は彼女と違い瞬間火力、殲滅力に欠けるジナリアのサポートあるいは護衛も兼ねている。
「ああ、分かっているさ。いずれはあの娘も一緒に旅行に行こう」
「本当に目的を忘れていませんよね…?」
舞い上がっているジナリアのテンションに付いて行けず、コルナフェルはただただ困惑する。
此処はエルタ帝国領ラキンメルダの東側であるマカハルド。
今は、その地を覆う楕円状の外壁の内に立ち並ぶ施設群、それらに挟まれた大通りのやや右側を歩いている。
そうしている理由としては彼女達の向かう方向と同じ方向に進む人々が右側に固まっているので、それに従っているだけに過ぎないが。
メカとして生を受けた彼女らにとって鉄と鋼の生産地という場所は、同胞の原材料になりうる物を取り扱うというだけでも落ち着ける場所である。
「目的を忘れた訳では無いさ。此処は結構過ごしやすい気候だからね。もう少し満喫しようかと思うんだ」
ジナリアが気に入った理由はそれだけでは無い。
このマカハルドは現ジェネレイザより南西側ではあるものの、北の地である為か四六時中涼しい気候にある。
朝と夜は少し寒さが厳しくなるが彼女達にとっては些細な問題に過ぎない。
それと、ジナリアが気に入った理由はもう一つ。
「それに、あの子も此処に来た時に色々美味しい店を紹介出来るようにしなきゃね。たまにはお姉さんらしい所を見せなくちゃ」
単純に出される料理の数々が美味であるからだ。
地球のものを参考にした《マギア:メタリズム》のものとは調理法、使用する素材共に異なっているが、それでも美味であることに変わりはない。
実際に堪能し、どのような物かを確かめた上で評価する。
料理と名のつくものに対するジナリアなりの流儀なのだが、その流儀に沿った結果100点満点中90点台は堅いものばかりとかなりの高評価だった。
コルナフェルも味わっている為に、姉が付けた評価点に不満は殆ど無いのだが。
そして、そんな美味の数々をベルディレッセにも味わってもらいたいというのは、姉として当然とも言える心理だった。
自身はともかく、遠く離れた地で活動している妹にも気にかけている為に、コルナフェルはあまり厳しい事は言わないことにしていた。
「そうですね。向こうも元気にしていると良いのですが」
この地、西大陸の真逆に存在する東大陸に居る妹に思いを馳せる。
コンセプトがそれぞれ異なるが故に彼女達は二手に分かれたのだが、寂しい思いをしていないだろうか、とコルナフェルは内心案じていた。
ジナリアとコルナフェルの両者が人々の往来の中を掻き分け、露天の並ぶ区域を通り抜けて、マカハルドの中央、その施設群の誰も居ない路地裏の暗がりへと進んでいく。
すると、突然ジナリアが暗がりを数歩歩いた所で踵を返してコルナフェルへと向き直り、コルナフェルは緊張を露わにする。
外套越しに見えた僅かな視線に、先程までの雰囲気を感じなかった為に。
「我が妹よ、此処はジェネレイザじゃないんだ。あんまり目的だ何だのと言わない方が良い」
「…理由をお聞きしても?」
「君はこういうのに慣れていないから知らないんだろうけどね。何時誰が聞いているのかも分からないんだ、怪しい奴ですと自己紹介するような事は避けるべきだ」
既に場数を踏んできているジナリアの言葉は説得力を持つ。
両者共に元の姿のままでは不用意に注目を集めてしまう為、住民の服装の平均的な色合いを調べて、目立ちにくい見た目にしようとこうして薄茶色の外套に姿を隠している。
それでも、コルナフェルには疑問が残った。
ジナリアが少し前に、兵士らしき集団にわざと声を掛けたのも含めて。
(そもそもこうして口に出さず通信が出来るのに何故活用しないのでしょうか…)
町に入ってからのルールとして、プライベート――半径6m圏内にジェネレイザ製のメカしか居ない、もしくは隠蔽システムを使用している状況以外での通信の原則禁止、基本的に口からの発声言語でのコミュニケーションを取るようにとジナリアから命じられている。
先程までの、やり取りもそれを実践しただけに過ぎない。
一応、無関係の他者に見えた状態で無言を貫いたままメカ同士での通話をしようものなら返って怪しまれる、という理由があるのだが、利便性を捨ててまで徹する事なのかと彼女は疑問に感じていた。
(ほら、私達にも声があるんだ。折角備えられているんだし、意欲的に使わなきゃ損だろう?)
姉の回答は単純に、備えられた機能を活用しなければもったいない、との事。
今はプライベートの条件を満たしている為に使用している、メカ同士の通信機能にも言える事だがそれはさておき。
コルナフェルとしてはまあまあ、微妙の範疇であるが納得の行く回答でもあった。
戦闘に於いて、自身の能力を活用する立場としては分からなくも無いと思ったからだ。
(まあ、確かに…)
(それに、付けられていないとも限らないしね)
その言葉を聞いた瞬間、コルナフェルは外套を捲くり上げて自身の専用武器を転送し、その銃口を反応があった路地裏の外へ向けようとする――。
(ああ、待って待って。ほんの冗談だってば。だから安心しなよ、ね?)
コルナフェルの危険性と判断能力をよく知っているジナリアは彼女を止めに入る。
ぎりぎり彼女の銃口は捲れた外套に隠れたままであり、危険は無くなったと判断した上で武器を再度転送する。
判断が早すぎる分ジナリアを慌てさせてしまった、とコルナフェルは少し反省する。
悪い冗談を言うのもどうか、とも思ってはいるが。
(…次からは分かりやすい冗談をお願いします)
(分かった分かった。次からは、ね)
コルナフェルが不満を露わに膨れっ面になると、ジナリアは外套の下の衣服から小袋を取り出す。そこには、ジェナンティと呼ばれる金銀銅様々な帝国専用の通貨が大量に入っていた。
潜入前にどういった商売、やり取りが町で行われているかを調べており、近辺の魔物の素材が品質が高いほど高値で売れるとの事で予め金銭との交換を行い資金を調達していたのだ。
「…お腹空いただろう? 私のおごりで良いからさ、行こうか」
「今朝から何も食べていないので…申し訳ありません、姉様。ありがとうございます」
コルナフェルの了承を得て、彼女達はわざとらしさを誤魔化しつつ口実を付けて路地裏から出ようとする。
その態度とは裏腹に、出た瞬間を見計らって不用意に近付こうとしていた複数の敵の反応を彼女達は認識し警戒しながら。
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