第14話 ジナリアという少女【前】
一悶着が過ぎ去り、代金を支払い終えて玄関に向かうジナリアとコルナフェル。
その頃には彼女達は他の客とすっかり打ち解けており、別れが惜しまれる程仲良くなっていた。
…一部を除いて。
軽く挨拶をしてから外套を再び纏い料理店を出ると、ジナリアが男衆を誘導した方向とは真逆――向かって右側に向かって少しばかり歩く。
そこに見えた建物の狭い隙間の奥よりセンサーの反応を感知する。
暗がりに溶け込みマディスが腕を組んで待っていた。
薄暗闇の中黄色い5つの光が灯っているが通行人が気付く様子は無い。
いや、
それを指し示すように彼女ら二人は隠蔽システムの各種を発動させ、マディスとのやり取りをするにあたってその間他者には何も見えないし聞こえないようにする。
外套のフードを外して素顔を見せると、マディスも確認が取れたらしく、手を軽く挙げて応対する。
「やあ、マディス君。こんなところで会えるなんて。試し斬りは済んだのかい?」
試し斬りとはマディスが真夜中に魔物を狩る行為の事だ。
ジナリアは妹より先に彼の到着を確認し、隠蔽システムの一切を有効化し飛ばしたドローンの機能で試し斬りの一部始終を収めていた。
その映像を夢の光景と偽って、確認の取れた就寝中の帝国兵士にのみ見せたのだ。
彼女の言う通り、夢では無かったのである。
「まあボチボチってところですかね。狩人稼業に鞍替えしてもそれなりにやっていけそうです」
不躾ながら彼女達をじろじろと見ると、呆れ気味に彼は続ける。
「ピンチだと言うから急いで来てみれば、割と余裕があるんで帰ろうかと思いましたけどね。コルナフェル様をお連れして」
「ひどいじゃないか」とジナリアは膨れっ面で不貞腐れる。
一方のコルナフェルは姉以外の見知った顔に数日ぶりに会えた事で安堵を浮かべていた。
「まあ、流石にあんたが連れて行かれたと知った時は、加勢しようかとも思いましたが…」
「へぇ、君が。
「知ってる癖にわざわざ話させるんですか? オレの機能の事」
マディスが誂え向きだと判断したのには彼の戦闘能力以外の点も含まれている。
それは彼の内蔵する機能にある。
彼は石油とか天然ガスと言った一般的に用いられる燃料を必要としない。
では何を燃料とするのかと言うと、生物の死骸である。
燃料として彼に取り込まれた死骸は骨はおろか地面等に付着した血痕すら残らず消失する。
故に、『懲罰部隊』が実績の為に狩る予定だった魔物の群れに先んじて接触し、処理に雷を放つという多少目立つ行為をしてもそれを証明出来るだけの痕跡が殆ど残らないのだ。
魔物の遺体を引き摺ったとして。その根拠が消し去られる以上、馬車等の車両が通った跡だと誤魔化せる。
更に太陽光による発電機能をも備えている。
《マギア:メタリズム》の世界に於ける太陽光発電というのは『機皇国ジェネレイザ』に限らず、プレイヤーの国家でも技術的発展を遂げていた。
月の微弱な光からも曇天の日の時を遥かに超えるエネルギーを生み出せる程に。
昼は発電の為に待機し行動は最小限に抑え、夜は魔物の狩りと『懲罰部隊』の監視に励む。
現地に到着し隠蔽システムを最大限発揮する今の彼は無敵に近い存在であった。
「ジナリア姉様はそれを見越して彼を送ったと…あっ」
今は誰も聞いていないのに。
癖でつい音声言語で喋ってしまったとコルナフェルは口を覆い、顔を赤くする。
ジナリアは「今はどちらでも良いよ」と通信で告げ彼女をフォローした。
「…まあ、君に頼んで正解だったと思うよ。それで、大物について調べはついたかい?」
「あんたの分身と協力したんで、楽勝でしたよ」
マディスは紫のコンソールを開いて操作する。
すると、彼女らの前に巨大生物と思しき回転する3Dモデルを映した画面が展開された。
桔梗に似た星型の巨大な花と大量の触手のような太い蔓を持つ植物。
如何にも9つ程に裂けそうな頭部を持つ狼もどきの四足獣。
円盤と思しき黒色の機械的な怪物体。
鬼に近い大きな角を眉間の上から生やす大柄の怪物の4つのモデルが、一回転ごとのローテーションで切り替わっていく。
「一部生物とは呼び難い者が混じってるような……まあ、集会所で見た顔がちらほらあるし、十分だよ」
「これ…マディスさんだけで大丈夫でしょうか……」
3Dモデルの次は4体のそれぞれが得意な技と思しきモーションが映し出される。
明らかに一対一を想定していない派手な動きの数々にコルナフェルが息を呑む。
結局会話方式を気にしても仕方が無いと思い、彼女も音声言語で話すことにした。
「まあ、真っ向から挑むだけが戦いとも限らないんで。仕込みは十分してますよ。どうぞお気になさらず」
戦術、戦法において一家言のあるコルナフェルではあるが、その戦闘スタイルはマディスの真逆となる。
これ以上は彼には意味の無い助言になると思い、彼女は黙っておく事にした。
「ノーマークに近しい状況だったなんて…そんなに『懲罰部隊』は腐っているのかい?」
「それはあんたらの方が詳しいでしょう。飯屋でのやり取りの当事者たる、あんたらなら」
マディスの返答に、ああ、とジナリアは先程の事を思い出す素振りを見せる。
一方のコルナフェルにとっては思い出したくもない悪夢のような光景であったが。
杞憂で済んだだけまだマシだと思うくらいに。
「まさか言葉巧みに騙して罠にかけるとは。オレとしてはあの演技力に感服しましたよ」
「「えっ」」
ジナリアとコルナフェルはマディスの何気ない一言に同じ言葉を口に出す。
しかし、その意味合いはそれぞれ異なる。
ジナリアは演技だと思われていたの、という衝撃。
コルナフェルは演技だったのですか、という驚愕。
「えっ?」
一方のマディスは困惑した。
演技じゃないのか、という意味で。
コルナフェルは本気の心配そのものが無意味だったと知り、段々と彼女の中の鬼が目覚め始めていく。
歪みだす空気が揺らし、大きくなっていく重圧を前にジナリアの額は一瞬にして滝のような汗を流し始めた。
珍しく焦り出した上司の姿をマディスが面白がるのは言うまでもない。
「あっ、いや、違うんだコルナフェル。まったくもう、マディス君は何言ってるのかな、あははー…」
「わざわざ人気のないところに連中を誘導して、コルナフェル様を危険から遠ざけたんでしょう? 催眠術まで使う辺り闇討ちの基本をよく実践出来ているなと思いましたよ。――敵を騙すならまず味方から。いやぁお見事です」
マディスの更なる追撃に、最早隠蔽の数々が意味を成さないのでは無いのかと言わんばかりの強大な鬼が姿を現した。
流石のジナリアも、これには青褪めるばかりである。
「私を弄んだのですねジナリア姉様…」
「ち、違う違う! 落ち着いて聞いてコルナフェル。私はただ目立たずに障害を排除出来る方法を思いついて、それを実践しただけなんだよ! 良いかい、コルナフェル。あれは演技じゃなかったんだ。あの時だけは演技じゃなかった。私は確かに敵を欺くために何度か仮面を被った事があるけど、あの時は違う。シアペル様に誓っても良い。足りないならユニリィ様やメルケカルプ様にも誓おう。あの連中には演技すら必要なかったんだ。何せオツムが足りなさそうだったからね。君もお尻を触られそうになって嫌な気持ちになっただろう? だから、姉として怒ったんだ。あの時は姉として、ね。確かに心配をかけた。私としてはそんな必要すらないと思ったけれど、君が深く傷付くほど心配をかけさせてしまった。君を深く悲しませた。悪いと思っている。でもっ、演技じゃないんだ。マディス君の言う通り催眠術を使って奴らを寝かせたけど決して演技じゃない。奴らにはこの通り指一本触れさせちゃいないし、それだけは演技であろうともゴメンだね。だいたいあんな連中如きが私達に釣り合う訳無いだろう? 人目を気にしなくて良いならその場で惨殺することすら容易だった訳だ。それで良いなら君に役を譲ったりもした。何なら眠らせた後にトドメを譲っても良かったんだ。その方が君も清々するだろう? だから、その……」
「……」
早口でまくし立てたとしても鬼の気が済む訳もなく。
結局、正座し落ち込んだジナリアの「ごめんなさい」の一言が出るまで場が収まる事はなかった。
「それで? あの連中はどうするんです?」
ようやくコルナフェルの怒りが鎮まり、ジナリアが力無く座り込みながら涙目になる一方でマディスはコンソールを閉じつつ問う。
彼の黒液晶は少しだけ輝きが増していた。
「ぐすっ、意地悪なマディス君は嫌いだ……くすん」
姉が小さく啜り泣きながら小声で呟くので、コルナフェルが苦笑しつつ代わりに応対する事となる。
「料理店に居たあの帝国兵士達の事ですね?」
「はい。必要以上に干渉なされるので、何かしらを考えているのでしょう?」
コルナフェルとしても、ジナリアの行動の真意が知りたい。
自身が答えなければ話が進まなくなったので、ジナリアもようやく立ち直る。
「……ああ、マディス君も気になっているのだね。…私としては、同盟を結ぶなら候補として。貿易する関係になるなら第一に、エルタ帝国を選ぶべきだと思っている」
「理由は何です?」
「今日がジェネレイザが漂着してから8日目だね。私達の方はこっちに来て3日目だ。意外と早いもんじゃないか。…まあ、それはさておき。私達はこの地に潜伏して早々から、帝国軍と『懲罰部隊』について詳しく調べていた」
赤のコンソールを表示させ、今度はジナリアがマディスとコルナフェルの前に画面を表示させる。
空中カメラの数々が捉えた映像には先程の帝国軍とその仲間がマカハルドの地にて、少数ながらも軍としての責務を全うすべく下心なく忙しなくしている一方。
『懲罰部隊』の面々は人員の数は申し分無いが、外壁手前で貪るように食料を食らい、酒を呑んだくれていたり、路地裏等、人目に付かない場所へ嫌がる異種族の女性を無理矢理連れ込んだりしていた。
あまりにも極端な対比の光景にコルナフェルは手で顔を覆う。
マディスもまた、顔の無い頭部から怒りの感情を露わにした。
「プロパガンダを疑うだろう?」とジナリアが軽々しく問い掛けるが、その表情に軽い雰囲気は無い。
「分身のドローンに撮らせて、分身自体も確認してるから全部本物の光景だ。魔法による偽装の類も無い。…三機神様に誓っても良い」
「これが軍の有り様ですか…?」
妹の問いにジナリアは目を閉じて沈黙する。
この場合のそれは肯定を意味していた。
「ひどい…」とコルナフェルはその綺麗な顔を歪ませて悲哀を浮かべる。
「末端がこれなら、上層部も期待出来ないね。こんなのを見せられて尚王国と組むと言い出すのは正気とは思えないよ」
「王国は何を考えているのやら…」
力無く座り込んで泣き出すコルナフェルを慰めつつ、マディスは当然のような疑問を口にした。
これを口実に帝国側から争いごとの一つや二つが起きてもおかしくない筈だが、それが起きる気配すら無いのは何故なのか。
「帝国は弱体化した国家だ。鉄と鋼を精力的に生産しているのは立派だと思うけど、ただでさえ魔王軍の対処で忙しいのに王国に反旗を翻す余裕があるとは思えないよ。それに、そうしたとして敵が王国だけとも思えないしね」
帝国と王国。
どちらの発言力が強いかというと間違いなく王国だ。
王国が帝国を悪者扱いしようものなら、帝国は為す術なく袋叩きに合うだろう。
その際に王国にとって不都合な事実の一切を揉み消したところで帝国以外の誰も気付きはしない。仮に気付いていたとして、損を被るだけなので誰も指摘しないし、帝国には味方しないのだ。
「東大陸はおろか、西大陸の国家まで敵に回す可能性があると?」
ジナリアは淡々と首肯する。
一同はこの世界の不条理さを思い知った。
かつて他国、敵対勢力にとっての不条理に似た国家の出身である為にあまり他人事とは思えないのだ。
「かつての盟友と似てますね…」
マディスがつい口にしたかつての盟友とは、《マギア:メタリズム》のプレイヤーの国家の事だ。
彼らは当初ジェネレイザにより支えられ、自分達の信じる道を貫き通し、最後には自国家のみでジェネレイザを打倒するまでに至っている。
そんな彼らと帝国の立場は非常に似ていた。
生き写しだと言われても信じる程に。
「親心と言われても帝国には分からないだろう。だから親切心で彼らを助ける事にしよう。帝国を救う為に加勢する」
コルナフェルもようやく泣き止み、マディスに続いて賛成の意を示す。
目標は決まった以上、後は行動に移すのみ。
「コルナフェルはお父様に連絡を。マディス君にはこれから『懲罰部隊』を監視してもらいつつ、隙を見て大物を狩ってもらう。ここからが正念場だ。長くなるけど気を引き締めていこうか」
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