第15話 ジナリアという少女【後】
「あの姫君は俺より遥かに強い」
昼間の食事中に会った美姫二人の事で隊員達が歩き話に盛り上がっていると、突然水を差すように隊長ラジール・ベノメスが先頭を歩いたまま言い放つ。
あまりにも突拍子の無い発言に隊員達は思わず数秒立ち止まり、それから歩みを再開して場を賑やかす冗談だと判断した。
「冗談は止めてくださいよ隊長。あんなに美しいのに?」
「冗談では無い。俺は本気で言っている」
しかし、暴漢相手に物怖じせず、一瞬だけの殺気を多くには悟らせない彼女の姿を目の当たりにした彼は至って真剣である。
その様はすぐに隊員に伝播し、表情を引き締めた。
「恐らく姉君を案じていた姫もな」
何らかの事情があって伏せているのだ。
他の客を案じての事かも知れないし、単純にその方が楽だったからかも知れない。
圧倒的な強さを持つからこそ、手段を選んだのだろう。
今一度、今度こそは彼女達を詳しく知らねばならない。
味方に加え入れられるなら、と思うのは浅はかかも知れない。
だが、敵に回すという最悪の場合だけは避けておきたかった。
祖国と自分達の未来の為に。
「お前達、死地に赴く覚悟はあるか?」
無謀でも、奈落の底へ踏み込み、深淵を覗き込まねばならない。
例え己と仲間の命を想像を絶する危険に晒そうとも。
覚悟の決まった隊長の命令を拒む者はおらず、決死の作戦は決行される事となった。
作戦はその日の内に他の班の仲間や分隊にも通達された。
二人の美姫を上空から目で追う監視役を町の東西南北へ配置すべく分隊から交代制で二人が抜擢され、また地上にて彼女達を護衛するべく4人一組の別動班が新たに立ち上げられた。
彼女達を見習って人数を絞れば気付かれにくくなる上に、単独行動を避ける事で彼女達の行動ルートの確実な絞り込みを出来ると考えたからだ。
もし、監視役の一人がやられたとしても、もう一人が逃げて合流予定地に向かえば必ず小隊の仲間に合流出来る。
後は、ターゲットは無理でもせめて王国の者達に探られないようにするだけだった。
やはりと言うべきか、作戦を決行して早々、隠蔽魔法の数々を使っているにも関わらず、距離に関係なく護衛目的の尾行は彼女達に気付かれやすいようだ。
決まって行き止まりに誘導出来たかと思えばターゲットの姿を見失ってしまう事が多数報告された。
しかし、多数報告が上がるという事は誰も欠けていないという事。
彼らは疑問に感じていた。
何故、我々に何もしてこないのか、と。
尾行されるのが嫌なら隊長の顔が割れている以上脅すのは容易ではないのか、と。
そんな答えの見えてこない自問自答を重ねつつ作戦開始より早2日も経っていた。
交代交代で、彼女達に見つかる前提という、破綻したような監視を続けていくと行動ルートの絞り込みは一応出来た。
紙の地図の上に太く記された、特定のルートを機械的に往復しているその様に、察しの悪い兵士であっても気付くことが出来た。
間違いなく、誘われていると。
この誘いに乗るべきか、否か。
罠の可能性を踏まえて、四人は慎重に尾行を続ける。
だが、同じルートを延々進むという事は不幸な接触も起こり得るという事。
くどいようだが、察しの悪い兵士であっても気付くことが出来る。
騒ぎを聞き付け、彼らは物陰からその騒ぎの発生源を目視で突き止めた。
見ると、そこには鎧姿の屈強な男達が外套のフードだけを脱いだ白髪の美姫を取り囲んでいる。
だが、彼女の連れである灰髪の姫君は何処かに隠れているのか、姿が見えなかった。
遠方の彼女達のやり取りに魔法による聴力強化を行使して耳を傾ける。
「――いやぁ、私は催眠術の虜になっちゃったんじゃないかと心配だったんだよ?」
「やっぱりてめぇの仕業か!」
「まぁ落ち着け。ウチの連中が迷惑を掛けたな。すまない。詫びと言っては何だが、俺の奢りでいい。俺らと一杯やらないか?」
このようなリーダー格の紳士的な態度と甘い言葉の数々は奴らの常套手段だ。
一度逃げられた相手に一先ず謝罪をし、詫びという名目で酒を奢る。
嫌悪感から拒否しようとしてもリーダー格の男はしつこい程紳士的な態度を崩さず詫びを入れてくるし、そもそもこの状況に持ち込んだ時点で逃がしてはくれないので結局諦め混じりに押しに負けてしまうのだ。
のこのことついて行った結果、泥酔する程の酒を飲まされ、前後不覚に陥っている間に貴重品を盗まれたり、女性の場合はそれに加えて慰み物にされたりしてしまう。
不味い状況に陥ったと判断し、護衛役四人は気付いているならこちらに逃げ込んでくれと視線で合図を送る。
だが、自分達の知っている状況下だった為に忘れていた。彼女は自分達の常識の範疇を超えた存在であると。
「
悪戯に舌を出しながら言い放った、『懲罰部隊』の男衆の本性を見抜いた衝撃的な発言に一同は、護衛役の四人すらも絶句する。
まるで目の前の男衆が脅威ですら無いと言わんばかりに。
慌てたのは、一定の良心を持ち合わせている物陰の四人だ。
(止めろ、挑発するな!)
止めに入ろうにもこの数では多勢に無勢である。
真正面からはまず無理だ。
今は王国をなるべく刺激せずに彼女らとの交渉に移りたい彼らは、彼女を逃がす隙を作る為に暗器を構えつつ黙って見ている事しか出来なかった。
彼女の発言を聞き、リーダー格の男の顔が、隠していた下心を剝き出しにするように下品に歪む。
その屈強な手が白髪の美姫の細い体へと徐々に近付いてきていた。
「…ぁああ、そうさ。身の程知らずのお前の体に徹底的に刻み込んでやる! そしてお前の妹も、慰みものにしてや――」
「身の程知らずは」
リーダー格の男の動きが突然止まる。
見ると男の視線の先――彼女の手には、銃らしき小型の物体が握られていた。
「いっ…」
「どっちかな?」
彼女が目元を黒で覆い隠すと同時に、帝国兵士達は慌てて視界を壁の方に追いやる。
バツン、という音が鳴り響き、視界の外が激しく光ったらしく、一瞬壁の先が明るくなったような気がした。
光が消え失せ、少し待ってからもう一度ジナリアの方を向くと、男衆から下品な情欲を向ける目の色は消え失せていた。
「君達は何も見なかったし、聞かなかった。このまま帰ってぐっすり眠るんだ。いいね?」
「…は、ふぁい」
腑抜けた顔の男衆が素直に彼女の指示に従って歩き去って行く。
先程まではあり得なかった光景が、確かにそこにあった。
一瞬の間に何が起きたようだが、もし光を見ていたなら男衆と同じ目に会っていただろう。
(何をしたんだ、一体…?)
何かをしたのは間違いないが、真相は謎のまま。
どう報告すれば良いのか物陰の中で困っていた矢先、同じく監視していた一人の頭に何かが当たった。
「…ッ」
白髪の美姫に聞こえぬよう彼が小さく呻く。
さっきのにやられたか、と一瞬思うも閃光も音も無ければ、怪我も認識を操作された様子も無い。
どうやら違うもののようだ。
先程までは無かった、地面に転がり落ちた白い物体を拾い上げる。
それはくしゃくしゃに丸められた、羊皮紙とはまた違う材質の紙だった。
状況を考えて、当たったものの正体はこれという結論に達する。
白髪の美姫の方に向き直ると、命中した事に喜ぶように無邪気に美しい白髪を揺らして軽くガッツポーズをしている。
彼女が投げて当てたのは間違いないだろう。
情報の乏しい以上、せめて、紙屑を投げた理由を探らねばと丸まった紙を広げて見せると、その正体に気付く。
一見ゴミに見えるそれは文書であり、彼女が書き連ねたと思しき黒いインクの文章が記載されていた。
一通り読み上げた上で彼女の様子を見ると、彼女は朗らかな身振り手振りでよろしく、と伝え立ち去っていく。
「…ベノメス様に報告を」
光明の見えた彼らの顔に、微かに明かりが灯っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます