第47話 空の海【後】

『刻十蛮頭』傘下の組織、その取り引きの摘発から始まり、違法営業をしていた奴隷娼館の摘発、他の貴族への賄賂の贈呈とその貴族の収賄の暴露などがレミネスの指揮の下に行われた。


 冒険者であるグリムとその使い魔ベントネティ、協力者として名乗り出た『エッジブラザーズ』と『ブルームーン』の姿もあったが、主に動いていたのはレミネスの配下の者達である。


 罠となる魔法の類いが掛けられていない事を確認した上で捕らえた構成員に自白させる魔法を用い、『刻十蛮頭』の動向を探った上での摘発の数々は抵抗、隠蔽を許さない鮮やかなものだった。



 本拠地となる場所も判明し、残るはそこへと突入して『刻十蛮頭』の親分を含めた全員を捕らえるのみ。

 決行を晩に定めた彼らはそれに備えるべく各々は英気を養っていた。


 当然ながら、一方の『刻十蛮頭』も焦燥を抱かずにはいられなくなった。



 ララダル子爵の不正が明るみに晒されたその2日後。

 早朝、『刻十蛮頭』の本拠地である大きな屋敷。

 貴族の所有する豪勢なそれを模倣した施設は、出入り口を隠匿した巨大な地下空間が広がっている。


 しかし、そこに集う、身なりの良い男達の表情は芳しくなかった。

 他でもない彼らは、刻一刻と追い詰められているからだ。


 あまりにもレミネス達の手際が良すぎる為に、内通者が居るのでは無いかと疑心暗鬼になる始末。

 だが、何かの偶然という可能性も十分にあり得る。

 取り敢えずは逸る気持ちを落ち着かせて、今の状況を整理する事にした。



「しかし、何故こうも奴らは俺達を邪魔してくるんだ…!?」



 男の一人がそう仲間に問い掛けるが、明確な答えは返ってこない。

 何か言おうものなら、向こうの内通者であると疑われる為に、迂闊な発言が出来ないのだ。

 レミネス達が乗り込んでくるよりも先に内輪揉めに次ぐ内輪揉めで疲弊してしまっており、結果的に彼らは彼ら自身の首を絞める事になっている。


 そんな様子で手をこまねいていると、不意に聞こえてきた足音に一人が気付く。

 更にその足音が向かってきていると知ると、緊張感が一同を包んだ。



「何者だっ!?」



 最初に気付いた黒服が怒鳴ると、その足音の正体は一同の前に姿を現した。

 黒い外套に身を包んだ青年は被っていたフードを取り払い、その端正な顔を見せる。


 青年の正体は『ブルームーン』のリーダー、マット・フィブルスであった。



「レミネス達は今晩にも乗り込んでくる」



 彼の顔を見て、黒服達は少し安堵する。

 何故ならば、彼こそがレミネス達の中に潜り込ませた『刻十蛮頭』の内通者だからだ。

 弱みを握られて、という理由ではあるものの、マットは喜々としてこれを受け入れている。


 成功した暁には若年騎士にして最高位にたどり着いたレミネスを好きにして良いという、外道極まり無い交換条件を提示されたからである。


 そんな汚泥のような欲望で成り立っている協力関係だが、彼の発言を聞いて再び緊張に顔を強張らせる。



「…逃げる準備をしろってのか?」


「そうじゃない、その逆だ。奥深くへ追い込む事で、奴らを袋叩きにする」


「……出来るのか?」


「無論だ。お前たちには切り札があるだろう。それと俺の力を併用する事で、奴らを圧倒出来る」


「…二言は無いな?」


「無いとも。これから伝える手筈通りにやれば、何もかもが上手くいく」



「ああ、それと」とマットは付け加えた。

 その端正な顔を下品に歪ませつつ。



「グリムとベントネティを分断させる手筈も整っている。後はお前たちの好きにしていいぞ」





 王国の地下にて怪しげな密談が行われたその2時間後。


 王国の遥か上の空に、とある編隊がやってきた。



 彼らは人を模した胴体を持ちながらも、極度に刺々しく、肥大化した両腕と硬質化した両足、それから太い尾を持ち、禍々しい赤黒の2対の翼をその背に持つ。


 頭から角を生やし、鋭い眼を持つ彼らは魔族の航空部隊に属する種族、『バスターデーモン』である。


 そんなバスターデーモン達を先導するのは、背中から水晶のような黒い翼を浮き出させて展開する『ドラゴニュート・エクリプス』の一体、ヴィノレゼン。



 彼は3日前より検知された東大陸の不穏な動き、通常値を遥かに超える魔力反応の正体の調査を命じられ、こうして部下たちと共にやってきた。


 来たのは良いのだが、反応ばかりがあるのみで、目視をしてもそれらしきものは見当たらない。


 魔王の直属たる上司の魔族より借り受けた魔導具、『月食眼』と呼ばれる夜空のような輝きを持つ丸い水晶をかざしてみても、望ましい反応は返ってこない。



「ほんとにいるんでしょうかね、ヴィノレゼン?」



 部下の一人がそうヴィノレゼンに問う。

 特に問題の無いように尋ねてはいるが、その言い方に含んだ棘がある。


 何故なのか、と言われるとそれは彼の血筋にある。

 ヴィノレゼン、彼は純粋な魔族では無い。


 父はヴェイル竜王国出身のドラゴニュート、母は純粋な魔族である最高位の悪魔『エタニティムーン』。


 祖国を裏切り国外逃亡をした父と、その彼から情報提供を受けヴェイル竜王国に今も残る爪痕を刻み付けた母。

 そんな彼らが結ばれて産まれたのがヴィノレゼンである。


 父母からは真っ当な愛を受け育てられた彼だが、所詮は魔族とドラゴニュートのハーフ。

 身内は優しくとも、彼の生まれ故郷である魔界は優しく無かった。


 幼い頃から種族差別や偏見を受け、自分は他の魔族とは違うという事を徹底的に刻み付けられた彼だが、救いが無かった訳では無い。


 身内は彼の味方であった上、そんな彼に手を差し伸べる者も少なからず居た。


 その一人が、ユーレティアである。


 経緯こそ違えど同じく『ドラゴニュート・エクリプス』である彼女はヴィノレゼンの良き理解者となり、彼らは魔族の中で確固たる地位を築き上げ、そして結ばれた。


 魔王と、ヴィノレゼンの上司である直属の配下が許可したのもあり、魔界とは別の孤島に居を構える事を許され、魔界を離れた閑散を楽しむ事も是とされた彼ら。


 しかし、表に出す事を極力避けても、差別意識を彼らに向ける者は未だ少なからず居る。


 久方ぶりだな、とは思いつつも。

 何時もの事だ、と割り切る。



「必ず居る。魔王様達が間違える筈が無いだろう」



 淡々と事実を伝え、疑心を向ける者達を諫める。

 これ以上何かを言うなら魔王様達を疑う事になるぞ、と。


 舌打ちが聞こえたような気がするが、彼は気にも留めない。


 しかし、『月食眼』に未だ反応が無く、このままでは埒が明かない。



 そう思って探る方法を切り替えてみるか、と振り向いた矢先、上空に奇妙な物体を捉えた。

 それはひと目見ただけでは雷雲に見えるだろう。



(おかしい……)



 しかし、ヴィノレゼンは違和感を覚えた。

 見落としてはいけない、決定的なものがその物体にあるから。



(雲にしては動きが早すぎる!)



 それに、形状もあからさまだ。

 長方形と円の雲など、自然に発生しうるものなのか。


 わなわなと口を震わせながらも、彼は意を決して断言する。



「……おそらくあれだ。魔力反応の正体は」



 念の為、『月食眼』をもう一度翳す。

 今度は長方形と円に向かって。


 すると、箍を外したように『月食眼』は反応を示した。



「僕に付いてきてくれ。あれが何なのかを確かめに行く」



『バスターデーモン』達は渋々ながらも上司命令という事で、上昇するヴィノレゼンに続く。

 人為的に作られたものである筈なのだが、長方形と円は不気味な程に沈黙を貫いている。


 長方形と円の高度を超えたところで、ヴィノレゼン達は上昇を止め、上から長方形と円の正体を確認する。


 それらは飛行場をまるごと戦艦にしたと思しき一対の、線対称の機体と、その二機に挟まれた螺旋の塔だった。


 彼らはまず、それらの大きさを見て驚いた。


 王国には空中戦艦というものがあり、それは貴重な航空戦力の母艦と主力を担っている。

 ところが、目の前に見える物体達はそれらを優に超える大きさを備えている。

 真ん中の物体は塔の色合いからして遺跡のように見えるが、そのような報告は一切上がっていない。


 それに、配置を見るに真ん中の塔こそが両隣の戦艦を指揮する機体という可能性も十分考慮出来る。


 王国所属で無いのは間違いない。

 他の列強国でもこれを建造するのは不可能だろう。

 と、なれば誰がこんなものを造ったのか。



「動いているのは間違い無かった。……何故沈黙を貫いている?」



 疑問は尽きない。

 先の、上昇中に何一つとして妨害されなかったのも引っ掛かる。


 これだけの大きさがあれば魔族を殲滅しうるだけの戦闘能力はあるだろう。

 だが、この戦艦三隻は何もしてこなかった。



 警戒を強めつつも、このまま睨んだところで始まりはしない、とヴィノレゼンは意を決して接近命令を下す。

 すると、その矢先――



『はーい、ストップ。ストップっすよそこの二枚目さん』



 素っ頓狂にも女の声らしき、無機質な音声が若干の反響を混じえ聞こえてきた。



「喋るのか…!?」


『そりゃそうっすよ。アタシはアタシなんすから』



 何処に居るのかを探るも、発言からして塔の中に居るのだろう、と推測を立てる。

 目の前にある塔自身が喋っている、とは考えもせず。



『目撃者は漏れなく排除…と言いたいところっすけど、ここはアペード君に委ねるっす』



 物騒な発言が聞こえてきた為に身構えていると、塔の中から姿を表す存在が居る事に気づく。

 足が見えただけでは何とも無かったが、その存在が全身を表した事で一同に緊張が走る。


 あまりにも大きすぎたからだ。スケールの違いにヴィノレゼンは動揺を露わにする。


 それは、純白の天使。悪を滅する為に産まれたと形容出来る程の存在。

 ここに居る魔族達が比べ物にならない程巨大で、雄々しい存在は魔族達に告げる。



「此処で会ったのも何かの縁です。お茶でもしませんか?」

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