第48話 巡り合わせ【前】

 魔族達を率いて異常の発生源の調査に赴いたヴィノレゼン。

 彼は現在置かれている状況を前にして、緊張を露わにしていた。


 それもその筈、彼が今立っているのは塔を挟む二つの戦艦の内、左側の方の飛行甲板の上である。

 この甲板自体が地上に設立されていたものを装うように造られている、と言われたところで彼は信じられないだろう。


 甲板には二つの椅子と二つのテーブルが並べられている。

 ヴィノレゼンと同じ体格の者の為に作られたものと、相対する機械の天使の為に作られたものが。

 その機械の天使はというと、巨大なティーポットで自ら飲む分の紅茶を注いでいた。



「特級茶葉を採用しています。よろしければどうぞ」



 ヴィノレゼンの分は、彼が椅子に腰掛けると共に後からやってきた飛行物体が注ぎ込む。

 球体から蛇腹の腕を伸ばし、背後に力場の発生装置を四本持つその機体はヴィノレゼンでなくともそう思うくらいには奇妙だった。



「こ、これはどうも……」



 何故、こうなったのかと説明を求められても説明に困るのが今の彼だ。

 ちなみに、彼らを中心に特殊なフィールドが展開されており、高度9000mはある現在地点でも地上と同様にこうしてくつろぐ事が出来るのはそのフィールドのおかげだ。


 口と思われる部位は無いにも関わらず、目の前の白天使は椅子に腰掛けながら紅茶を上品に飲んで見せている。

 あれだけ注がれた液体が白天使の何処に流し込まれているのか気になるところだが、毒の類は盛られていないと信じて一口。


 すると、程良い酸味と甘味が口の中に広がった。



「――美味しい…」



 人間の貴族達が築く社会について明るい訳では無いが、貴族たちでも敵わないだろうと確信する程に美味であった。

 もっと味わっていたい、とヴィノレゼンは飲み干す勢いで紅茶を飲む。



「お茶請けも用意しましょうか? この茶葉と相性抜群のものを取り揃えていますよ」


「い、いえ。そこまでしてもらう訳には……」



 気に入られたのを嬉しく感じたのか、白天使はお茶請けを勧めてくる。

 思わず快諾しそうになったが、我に返って本題に移る事に決める。


 もしやこれが狙いだったのか、と思う程に白天使の行動は巧妙であった。



「……それはさておき。貴方がたにお伺いしたいことがあるのです」



 そうヴィノレゼンが切り出すと、白天使は雰囲気を改める。

 表情と思しき部分が見当たらないので、沈黙する純白の雄姿を前にして恐る恐る、彼は続ける。



「この東大陸にて、強大な魔力反応が観測されました。私、ヴィノレゼンは部下の魔族を率いてその調査に今こうして赴いています。それから独自の手段に基づき調べたところ、丁度貴方がたの姿が。…魔力反応の正体が貴方がたと仮定し、接近したのです」


「…その強大な魔力反応が観測されたのは何時の事でしたか?」


「3日前。魔力反応以外に確たる情報が得られていない為、手探りで調査を進めていました」



 白天使は腕を組み、沈黙する。

 気まずい空気だが、ヴィノレゼンは冷や汗をかきながらも静観する。



「…メルケカルプ様。こちらにて驚異になり得る魔力反応は観測されましたか?」


『半径10km圏内までは調べてあるんすけど、それらしきものは今の今まで無かったっすね~』


「…っで、では!」


『かといって、こっちがそうだという証拠も無いっす』



 勢いよく立ち上がったは良いものの、こう言われてはどうしようも無い。

 ヴィノレゼンは魔族側の情報不足を嘆くようにおもむろに座り込んだ。



『こっちの隠蔽は完璧だったんすよね~。さっきまでうちらの事をまるで認識出来てなかったんでしょ? じゃあうちらは無関係という可能性もあり得るっすね』


「確かに……」



 何故認識出来なかったのかは、メルケカルプと呼ばれた無機質な女の声から既に語られている。

 艦隊を隠していた隠蔽システムがヴィノレゼンの持つ『月食眼』はおろか、魔族の技術を大いに上回ると思われる程に高度なものだったからだ。


 接近してくるヴィノレゼンの部隊を把握し、こちらに誘導出来るように一部を解除する事で仕向けたとも彼女は語っていた。



 話を戻し、彼女の発言から魔族側の観測方法に何か問題があったという可能性も浮上してくるが、直接は関わっていない以上、ヴィノレゼンには確かめようが無い。


 手をこまねく他無いのか、と思われた矢先、メルケカルプから意外な提案を持ち掛けられる。



『――でも、こっちで手伝ってあげなくも無いっすよ?』


「…えっ?」


『アペードくんの誘いにこうして乗ってくれたんすから、そのお礼くらいはさせて頂くっす』



 何故なのか、を問うより先に理由を答えられる。



『元々こっちも調査目的だったんで、その魔力反応の正体とやらに俄然興味が湧いてきたっす。まだこっちで観測出来ていないだけなのかもしれないし、あるいはこっちの情報網をすり抜ける何かがあるのかもしれない。いずれにせよ調べるに越したことは無いし、こっちは大隊規模を動かせるんでね。心強いっしょ?』



 ヴィノレゼンとしては断る理由も無い、渡りに船。

 巡り合わせに感謝しつつ、彼は提案を受け入れる事に決める。



「感謝いたします。では――」


『ただし、交換条件があるっす。…聞き逃さないようにするっすよ。うちらで勝手に協力させて頂くっすけど、ヴィノレゼンくん。君にはうちらの存在を黙っていて欲しいっす』


「な、何故」


『うちらもうちらで内密で動いてるんでね。あんまり存在を広められて欲しく無いんすよ。君が誘いに乗ってくれる程律儀であるからこそ、こうしてお願いしてるんす』



 軽い口調で言われてはいるが、ヴィノレゼンには確かなプレッシャーがのしかかっていた。


 提案を呑むことで心強い援助を得られる。

 が、その代わり、仮に魔力反応の正体が判明しその情報を持ち帰った場合、報告時にどうやったのかを巧妙に偽らなくてはならなくなるのだ。


 魔族の中には嘘を見分ける能力を持つ者も少なからず居る。

 報告の場にてそんな者達が居合わせようものなら確実に指摘される。されてしまう。


 その時になったなら。忠誠と信頼、どちらを取るべきか。

 どちらも大事だが、築き上げたどちらかを裏切らねばならない。


 提案を跳ね除ければそもそもそんな未来にはならない為、気を楽に出来るだろう。

 しかし、魔力反応を調べるには彼女らの助力が必要不可欠である。

 突っぱねようものなら、ヴィノレゼン達は途方に暮れる事になるのが目に見えている。


 それに、断ったとしてここから無事に戻れる保証が無い。

 この艦隊が反転して敵に回ったなら。どうなるかなど想像に難くない。


 即断即決だった筈が交換条件を提示された事で、散々悩んだ末にヴィノレゼンは自分の意思を示す。

 催促されていた訳では無いものの、その表情には憔悴が浮かんでいた。



「わ、分かりました。交換条件を含めて、貴方がたの提案を受け入れます」


『そう言うと思ったっす。じゃ、よろしく頼むっすよ』





 メルケカルプ本体、《ネスト:プロミネンス》タワー内では様々な施設が一纏めにされている。


 メルケカルプを動かす司令部、LLサイズ以下の様々なメカを収める格納庫、主にメカのエネルギー源を製造している食堂など。

 その中に破損したメカや他種族の修理・治療を行う医務室を始めとする医療機関のスペースも含まれていた。

 同時にそれこそが、メカのみで成り立っていたジェネレイザという国家に医療系メカが存在する理由となる。



「魔族。魔族かぁ」



 純白で構成された清潔な診察室の中から、幼い少女の声が聞こえてくる。

 静かなその場所では、彼女の声はそれ程大声で無くともよく響き渡る。



「お姉ちゃん、まぞくってなぁに?」



 机の上に表示されたウィンドウを見る、桃髪の少女の独り言が聞こえていたらしく、緑のメッシュが混じる檸檬色の髪をした幼女が、薄い光の灯る橙の双眸を持つ顔を下から覗かせ問いかける。


 学生のそれを思わせる制服の上から白衣を羽織る彼女達は《ヒーラー・テンタクル》という種類のメカである。

 サイズMの亜人形メカであり、主に背中から展開する大量の触手を操り、その触手から適した薬剤を投与する事で患者の治療に貢献する。


 同じメカでも戦うことはあまり得意としておらず、それ故グレードBと低めに設定されている彼女達。


 お姉ちゃんと呼ばれた桃のカジュアルボブ少女、スーリアはその青い瞳を向けて、自身の妹にあたる檸檬色のウルフカットの幼女、パッセラモルの問いに答えた。



「今、アペード様がお話してる相手の種族の事。前の世界には居なかったから恐らく珍しい種族」



 ウィンドウに現在表示されているのは、アペードとヴィノレゼンの茶会の生中継である。


 ジナリア達から提供された情報から、《マギア:メタリズム》と同様に人間や人間と異なる異種族が居る事は既に判明していた。


 それとは別に魔族を名乗る種族の情報も上げられていたが、強大な魔族が大軍を率いている、異種族とはまた別の身体的特徴を備えている程度と情報に乏しかった。



 それが今、こうしてアペードと接触しカメラ越しとはいえ間近で観察できるようになっている。

 一部ドラゴニュートと同じ特徴を備えてはいるが、大部分が異なっている彼の姿に、姉妹の興味は釘付けだ。



「どんなこーぞーしてるんだろ。サンプルほしいなぁ」


「ダメだよ、大事なお客さんなんだからっ。メルケカルプ様に叱られちゃう」



 言葉では諌めているが、スーリアは内心で妹に同意していた。

 メカの修理と他種族への医療行為を専門とする彼女達は、メカの内部や生物の肉体の構造を全て把握しなければならない。


 速やかに、何処が悪く、どう対処すべきかを判断できるように。


 その為、パッセラモルの発言は職業柄と言えるものだった。

 帝国から追い出されてしまった難民達を保護したのもあり、他種族と接触する機会は増えてきている。

 魔族の体構造を調べる事は、彼らの今後の治療に役立てるかもしれない。

 医師として、その可能性は見落とすべきでは無いのだ。



「…それより、気になる事があるんだよねー……」


「気になる、こと?」


「うん。ほら」



 妹の問いに、スーリアはウィンドウに映る中継映像のある箇所を指差す。

 アペードやヴィノレゼンの居る位置とは程遠い、枠の端を。



「お客さんの部下、だったよね。遠ざかってるのはなんでだろ?」






 一方、メルケカルプ達の助力を得られるようになったヴィノレゼンだが、浮かない顔をしていた。

 隠し通せるだろうか、と不安を抱いていたからである。



「あまり不安に思わないで下さい。私達も出来る限り助力致します故」



 そんな彼を励ますのが、目の前の巨大な天使であった。

 身振り手振りから優しさを感じ取れるが、やはりというべきかヴィノレゼンの何倍もある体格には気圧されてしまう。

 冷や汗を浮かべながらの愛想笑いが、今のヴィノレゼンに出来る精一杯だった。



「…お気遣い、感謝します。……そういえば自己紹介がまだでしたね。私の名はヴィノレゼンです」


「アペード・ラジーと申します。先程会話に混ざった方はこの艦隊の総指揮にして機皇国ジェネレイザの軍部総帥メルケカルプ・クローバー様です。以後お見知りおきを」


「軍部という事は他派閥もあると…」


「そうなりますね。紹介は後の機会に」


「ええ、機会があれば…」



 この艦隊が機皇国と呼ばれる国家の、一部に過ぎないと暗に示されている。


 それに対してヴィノレゼンは受けた衝撃を隠せなかった。

 こんな強大な存在を相手にしようものなら間違いなく魔族は滅びの一途を辿る事になる。

 敵に回すという事がどれだけ愚かしいかを噛み締め、彼は艦隊を去ることにした。



「では、これにて失礼致します」


「分かりました。ヴィノレゼン様、貴方に祝福があらんことを」



 天使のような姿をしたアペードにそう言われれば、心強いものだ。

 そう思いつつ、少しだけ元気を取り戻したヴィノレゼンは再び水晶のような翼を広げ、甲板から離れていく。


 どんどん小さくなる純白の雄姿の見送りを背に受けつつ、ヴィノレゼンは飛び去った。

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