第36話 密談【前】

 魔物と呼ばれる生物はこのエファルダムドに広く生息する。

 虎や狼など動物に準じた肉体を持つ動物種、エントやドライアドなど植物種、無機物の集合体もしくは一つの無機物そのものである異形種等……。


 この世界の生物種に食い込む形で生を受ける彼らは大なり小なり凶暴である。

 何の対策、武装もせずその生息地域に足を踏み入れたならば最後、無事では済まず生きて帰れる保証も出来ないという程に。

 本来の生物種を無条件で敵視する彼らには基本不干渉、とするのが本来の生物種達、その中でも知恵ある者達なりの向き合い方になる。


 それでも一定の例外はあり、その場その時による対処が必要ともなるが。

 ジナリアがバンティゴに居る大将軍と面会を果たす5日前の彼らもまた、その例外への対処に当たっていた。


 東大陸に存在する列強の一つ、マゼン・ロナ王国。

 その領内北東にあるカムスロゥの大森林に隣接するパムラタァナの平原。

 奥に大森林の一部である木々を据えるその広大な平原の中に彼らは今立っている。


 陽の光や雲の影で彩る緑黄がそこに存在し得ない赤や紫などの色に染め上げられた平原の上に。



「ベントネティ、そっちはどうだい?」



 ドラム状の大きなシリンダーを持つ片手銃を持ち上げ、カラフルな外套に身を包んだ細身の青年が背後へと問いかける。

 彼の名はグリム・カラーズ。グレードA-、Mサイズの人形メカ《ペインタードール》という名のメカの一体。



「……」



 彼の背後に居た、黄金色ながら上品な輝きを持つ分厚い装甲の巨人が振り返って無言で返事をする。

 その巨人が目を離した隙に一角を持つ大きな人型が不届きにもマス目の上を走り突進を仕掛けてくるが、それに視線を合わせようとすらしない――顔面が無いため視線があるのかどうかは不明だが――巨人の手に吸い寄せられるように頭を掴まれて止められた。

 巨人への反動の類は一切無く、角を持つ人型は動きを止めていないにも関わらず位置を固定される。


 その巨人の名はベントネティ。グレードA、Lサイズの亜人形メカ《ゴールドマシン:ビッグマスター》というメカの一体。

 《マギア:メタリズム》では資金を稼ぐことの出来るボーナスマップにのみ出現する特殊なメカ《ゴールドマシン》シリーズの親玉であった。

 ベントネティの余裕に満ちた動きに対し、グリムはその虹色の眼を向け、クスリと笑う。



「君も順調みたいだね。やっぱりこっちの世界で、通用するんだ」



 スキル:《ガード:物理系無効》を適用しているベントネティに物理系攻撃の一切は通用しない。

 故に、スキル発動の処理が優先され、物理法則を無視した状況が作り出される。

 ゲームでは相手ユニットの振り被った剣や斧が、間合いの中に居る、ましてや避けるモーションを取っていないにも関わらず当たらないという描写になる為に、グリムには驚きは無い。


 頭を掴まれたまま手足を激しく動かしてもがく人型を空中に放ると、ベントネティは空いていた右手で握り拳を作り、構える。

 巨人の表面を伝う、粘液状の黄金がその握り拳に纏わりついて覆うと、一回り大きな拳へと形を整えて固まる。


 仰天し、宙に浮いたままその赤白の目で、迫りくる拳を捉える人型の腹を、黄金の拳が貫く。

 腕の径が一番大きい為か突き刺さって止まった拳は容易く引き抜かれ、崩れ落ちた人型には大きな風穴が空いた。



「よし。此処の掃討も終わったようだし、帰ろうか」



 見ると、グリムの言う通り敵と呼べる存在は皆、物言わぬ死体へと変貌を遂げていた。

 それらから流れ出る赤黒い鮮血が平原を染める色彩に加わり、誰がどう見ても虐殺が行われたのだと確信する光景が広がっている。

 片や汚れ一つすら付いていないカラフルな外套をはためかせ、片や血の付着した拳を払って、元の粘液状の黄金へと戻していく。


 そんな奇妙なコンビが受けていた依頼は、魔物達の全滅を以て完遂となった。




 マゼン・ロナ王国領、その北に位置するラカド=アンマータ。

 人間至上主義を掲げるこの国では、個人または団体での多種多様な用途を持つ素材の採取や魔物の討伐、未探索地域またはダンジョンと呼ばれる発生原因の不明な洞窟から人工の遺跡、果ては天空にあるとされる城など様々な迷宮の探索といった事を生業とする冒険者稼業がどの国よりも強く手厚く推奨されている。


 王国の主要産業を支える工業都市であるその地域もまた例に漏れず、定職に付き四六時中職務を全うする者達とはまた別に、国籍を問わず色々な冒険者で溢れ返っていた。


 その中には他の列強よりやって来た人間以外の種族の冒険者も少なからず居るのだが、彼らがどういった目で見られているのかは、ご想像にお任せする。


 それとは別に人混みを掻き分けつつ、円を描く石畳の上を進み、奇異な目を周囲から向けられている者達が二人。

 今しがた平原より戻ってきた、グリムとベントネティのコンビである。


 本来は50m程の体格であるベントネティだが、今は訳あって4m程までに縮んでいる。

 それでも巨体で且つ黄金の重装甲である姿は非常に目立ち、人々の目を奪っている。


 そんな巨人が迷わず付いていっているのは、ベタベタと色を塗りつけたようなカラフルな外套を着た160cm程の身長を持つ青年。

 自身の姿形を隠す筈の代物を返って目立つデザインにしているそれを着た堂々とした立ち振る舞いは、外套もまたファッションの一つではないか、とすら錯覚させられる。


 一目見るだけでも何かがおかしいと思える彼らが目立っている故に、人間以外の種族に向けられる攻撃的な視線の数々は何時の間にやら薄れつつあった。


 彼らの目指す先にあるのは、高さは20m、幅は50m、奥行きは30m程はありそうな巨大な木造建築の施設。

 通称冒険者ギルドと呼ばれる箱物の一つであるその赤色の屋根の施設の正面玄関へと彼らは向かっていた。

 木の両扉を持つ玄関前には緩やかな段差の階段がある為、非常に分かりやすい。



「じゃあ、いつも通り待っててくれ。自衛はちゃんとするようにね」


「……」



 ベントネティの駆動音の付随した首肯を確認すると、彼は扉の片側に手をかける。

 辺り一面に広がるフローリングが支える空間の中には丸い机や上の階へと続く階段などが配置されている。

 内部では様々な武器防具を身に付けた老若男女が集まっていた。

 集まっていると言えど、全員が全員同じグループである訳では無い。

 少人数のグループを作って何やら話し合っていたり、単独で行動する者が次の依頼を受けるべく掲示板を眺めていたり、遠目に見える少女に何やら不敵な視線を向けていたり――と、彼らは各々の目的で動いているようだ。


 そして、扉を開けた者に彼らの注目が向けられるが、見知った顔であるからか、それとも奇抜なのは見た目だけだと判断したのか、彼らは視線を戻していく。

 グリムは大して気にも留めず、正面に設置されたカウンターへと真っ直ぐ進む。



「やあ。パムラタァナの平原の掃討、完了したよ」



 そう言って彼が提出した依頼の受注書を受け取るのはピンクを主体とした衣服に身を包む受付嬢。

 彼女の所作からは取り繕ってはいるものの若干のぎこちなさが感じ取れ、配属されて間も無いのだとグリムは確信する。



「…では、その証明となる証も併せて提出して下さい」



 彼はベントネティと協力して予め切り取っておいた細かな部位の数々を纏めた袋を取り出す。

 中身は巨大兎の耳だったり、人型の角の先端だったり、植物の蔓の一部だったりする。

 縛っていた紐を解き、数秒中身を確認した事で受付嬢はその袋も納める。



「……確かに受け取りました」


「死体は持ち帰っても良いかな? 今ここで出す訳にもいかないけど」



 流石にこの施設内で大量の魔物の死体を取り出そうものなら、軽く騒動になる。

 そんな事が想定出来ない彼では無いが、揉め事が起きないようにする為、一応彼女へと問う。

 一方の彼女はその質問自体が想定外だったらしく、戸惑いを露わにした。



「証だけで十分なのですが……」


「知り合いが研究に使いたいと言うんでね。彼らの為でもあるし、倒してそのまま放置ってのも色々まずいからというのもある。まあ、僕の勝手な方針だからあまり気にしないでくれ」


「は、はあ……」


「じゃ、用件も済んだし僕達は帰るよ」


「お、お待ち下さい!」



 やり取りを打ち切って踵を返し、歩き去ろうとする彼を受付嬢が呼び止める。

 彼は顔だけを彼女に向け、「なぁに?」と返事をした。



「お連れになった表のは一体?」


「ああ、あれ」



 グリムはさも当たり前かのように、さらりと言ってのける。

 それが、この場に於ける合理的な返答だと理解しているから。



「僕の使い魔だよ」






「ま、使い魔というのは噓なんだけどね」



 ギルドを出てから小さく呟いた開口一番がそれだった。

 彼の言う通り使い魔というのは嘘であるし、ベントネティがゴーレムだと言うのも嘘になる。

 だが、メカという種族に心当たりが無い以上、そう思うのは当然と言える。

 金属製のゴーレムというのもあり得るのだろうから。


 グリム達東大陸の調査部隊は西大陸の面々と同様に潜入調査を当初は行おうとしていたが、事前調査の結果、冒険者稼業というものが目に留まった。


 何より種族を問わない、登録さえ済ませておけば使い魔で押し通せるという点が良い。

 グリムはただ奇抜な格好をしている人間、ベントネティはそんな彼が従えている使い魔、という設定で彼らは冒険者という表の顔を獲得した。


 無論、ベントネティの物珍しさに目を付け下心ありきでグリムへと接触を図る者達も居たが、それを口八丁でのらりくらりと躱してみせるのは彼の得意分野であった。

 その上で強硬手段に出た者は……忽然と姿を消すことになる。


 あれは崩せないと早々に見切りを付け手を引く者もぽつぽつと現れ出したが、それでも全員が全員そうだとは限らない。

 今も尚、彼らへの下心が隠せない者達も何人か居る。


 そして、彼らはそんな者達が向ける不躾な視線と反応を感じ取っていた。



「さっきから付けられてるね。ギルドから出てきたのを見てたかな?」


「……」



 喋れないベントネティは身振り手振りで感情や考えを表現しなければならない。

 それ故に気付いていない素振りが求められる今のこの状況では、大柄な体格がグリムの行動を隠してくれる為非常に頼もしい存在である。



「10秒後にいつものあれ、頼むよ。20秒経ったら解除して」


「……」



 グリムが走り出すのに合わせて、ベントネティの巨体も動き出す。

 彼が被る外套のフードの中では虹色で縁取られた黄色いマップが表示されており、赤い丸で表示される複数の敵の反応が、グリム達を示す青い丸の二つを追い掛けてきている。


 ベントネティに頼んだいつものあれまで残り3秒と言ったところで右に曲がり、高い建造物の間に見つけた路地裏の中へ駆け込んでいく。


 路地裏の中を突き進む最中、ベントネティは足を止めて、振り返る。

 その両手で地面を叩くと、その腕より流動する黄金が垂れ落ちて、巨人の前方2mに隙間なく壁を生成し、それを上へ上へと伸ばしていく。


 壁の向こう側から何やら怒鳴り声が聞こえてきて、壁を叩いたり、何かを蹴ったり、空を切る音が聞こえてくるが、グリム達は気にも留めず粛々と自分たちに各種隠蔽システムを作動させる。

 それから周囲からすれば透明な姿のまま、上空に浮遊しながら周囲を見渡す者が3人程居るのを見つつ、更に進んでいく。


 20秒経ち、壁を形成していた黄金の数々は崩れ落ち、分裂した粘液状の黄金はそれぞれ別方向へと突き進んで小さくなり、消える。

 壁の消えた路地裏には、最早彼らを追っていた者達しか残っていなかった。

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