第35話 将軍【後】

 ラキンメルダに於ける東側であるマカハルドを郊外と言うならば、西側であるバンティゴは都市と言えるだろう。


 帝都アパディアと隣接する地域の一つである為に、比較的国内からのアクセスが多く、帝都に勝る訳では無いが発展を遂げるのは必然であった。


 現列強国の座を賜る国々と比べるのもおこがましい程ではあるが、それでも都市部と証明出来るだけの賑わいを見せている。

 マカハルドが荒野の上に施設群が立ち並ぶような場所だった為に、整備された道路に馬車等生き物を動力として行き交う車両の数々、そしてジェネレイザのそれに近付きつつある程に建築方法の洗練された施設群はジナリア達にとって新鮮に見えた。


 先行していたジナリアまで何故、と思われるだろうが彼女は激戦区となるバンティゴの外側辺りしか見た事が無く、内側の様子まで見る時間を確保出来なかったからである。

 ただ、外側からでも少しだけ見れる営みの様子から彼女はある程度察していたが。



「で、大将軍閣下は今何処に?」


「このバンティゴにある基地にいらっしゃる。こっちだ、ついて来てくれ」



 帝都にある魔導具のおかげで連絡用の魔法、転移魔法は外壁内の範囲に限り阻害を受けずに済んでいる。

 その為ベノメスとこれから会う予定の帝国の大将軍とのやり取りは円滑に進み、今日にこうして面会の約束を取り付けていた。


 正装や作業着などを身に付けた人々の歩く白昼で外套などを着ていては返って目立つ。

 特に都合が悪いという事も無く、彼らはベノメスの案内の元、着ている衣服のまま街頭が規則的に並んだ歩道を進み、早歩きで目的地へと向かっていた。


 正規の軍人に見慣れない美女二人という組み合わせも少なからず目立っているが。




 バンティゴ内に存在する帝国軍の駐屯地。

 その中央には一際目立つ建造物が配置されている。

 バンティゴ駐屯軍の司令部たるその場所は今現在、西側より攻め入ろうとしている魔王軍の対応に追われている。


 アルコミック達を基地の敷地内で待機させベノメスとジナリア、コルナフェルだけが中に入ってすぐ先にある階段を上り、司令部の三階の青い絨毯の敷き詰められた廊下を進み、角を曲がって扉を4つ通り過ぎた先にある5番目の扉。

 漆塗りの扉をノックし、ベノメスは待つ。すると、「入りたまえ」と部屋の中から男の声が聞こえてくる。

「失礼します」と返事と共に彼らは入室した。


 執務机の先に赤い軍服を着た、服越しでも分かるほどに屈強な肉体をした金髪の男が一人。

 彼は振り向き、整えた髭の彫りの深い顔を一同に見せる。

 見ると彼の胸辺りには標章の数々が付けられている。執務机から離れて歩み寄る彼の動きに合わせてそれらは少しだけ揺れ動いた。



「私は大将軍の名を賜る、リミング・スタングラムだ。よろしく頼む」


「お初にお目にかかるよ。私は機皇国ジェネレイザより来たジナリア。以後お見知りおきを」



 既に話は付けてある為にファーストコンタクトは淀み無く進む。

 リミングと名乗った彼が手を差し出すのを見て、彼女もまた手を差し出してその手を取った。

 要するに握手である。彼女の手を触れた中年の男は小さく訝しんだ。



「おかしな話だな。こうして手を握るとはっきりと分かる」



 握った手を少しだけ緩めて撫でるように小さく動かす。

 くすぐったいとは感じつつも、ジナリアは表情一つ動かさず静止を続ける。



「この手には傷一つ付いていないし、戦士のように使い込まれて、形が硬く整っている訳でもない。だというのに、洗練された確かな強さを感じる」



 それから少しして手を離し、手を触りすぎたとリミングは無礼を詫びる。

 白髪の少女の快諾の後、彼は続けた。



「メカという種族であったか。無機物と生物の要素を併せ持つ不思議な種族だ」


「こちらの世界ではあまり馴染みが無いのかな?」


「そうだな。ホムンクルスの類似種と呼ぶには人間に近すぎず、ゴーレムの類似種と呼ぶにはあまりにも感情、意思疎通の術が豊かだ。高度な技術の集合体であるのは確かだが我々の理解の範疇を優に超えている」


「へぇ」



 手一つに触れただけでそこまで分かるとは。ジナリアは実力者の慧眼を前にして人の奥深さの片鱗に触れたと感じる。



「そう言えばベノメス君が転移者がどうとか言っていたのだけど」


「確かに異界へと魔法によって働きかけ、こちらの世界へ召喚したという記録はこの国にも残っている。この国が貴方がたを呼び寄せたのもまた事実。まさか国ごと転移してくるとはな…」


「おや、前例は無いのかい?」


「今までは個人、または複数人規模での転移しかあり得なかった。だからこそ、こうなる可能性を踏まえるべきだったのだろうな……」


「列強、王国などの国や魔族に狙われる可能性は?」


「十分にあるだろうな。『呪われた島』を蘇らせた神のような所業。それが出来る者達を無視するとは思えん」



 現在『呪われた島』はジェネレイザがカモフラージュとして発生させている濃霧に覆われており、現状を探るのは非常に困難となっている。

 それでもそれを看破出来るだけの技術がこの世界に無いとは限らない。



「ふぅむ、ベルディ達にも気を付けるよう伝えておくか……」



 東大陸にも調査という名目で送り込まれたメカも少なからず居る。

 しかも東大陸には列強国が集中しているという始末。

 骨が折れるというレベルを遥かに超えており、東大陸に居るベルディ達に一応伝えてはいるが、その内容を改めるべきだとジナリアは聞いた内容から判断する。


 色々と尋ねたその返礼として、今度はリミングへと質問を促した。



「貴方がたは『懲罰部隊』を排除したそうだな。今更手段を聞くつもりも無いが…王国が動く可能性はあるのだろうか?」



 彼の疑念は尤もである。

『懲罰部隊』の失踪を皮切りに王国が報復行為に走らないとも限らない。

 だが、彼女は笑みを作り、それを危惧するような色を見せなかった。



「ああ、それは安心していいよ。向こうは向こうでそれどころじゃ無いだろうからね」



 赤いコンソールを展開し、彼女は「鑑賞」の項目にあるリプレイの一つをタップし、それをリミングへと見せる。

 その光景を見た途端、彼は目を剥いた。



「何と、これは……!!」



 リプレイには想像もつかないような光景が映っていた。

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