第66話 コンティニュー:帝国へと続く道

 中継映像は帝国兵士達が勝鬨を上げている光景を映した10秒程後に終了する。ジナリアがウィンドウを閉じる形で。



「――それで、どうだったかな? 機皇国の有する戦術兵器、これが齎す結果は」



 得意気に話しかけるジナリアの視線の先には、今しがた現実の光景とは受け入れがたい…そんな表情をした大将軍と小隊長の姿があった。

 客人の手前取りつくろうとし、それが出来ないまま居心地の悪い静けさが数秒訪れた後、ようやくリミングが口を開いた。



「圧倒的……そう言う他あるまい。まさかここまでとは…」



 断片的な情報ではあるものの、戦力に基づきジェネレイザという国家への認識を上方修正しなければならない。リミングは脂汗を額から垂らしつつそう考えた。

 要塞と見紛う程の艦船。あれを実用圏内まで持ち込める技術力。そして何より、あれが有する災厄とも形容出来る強大な武力。

 改めて、この同盟の重大さを彼は痛感するのだった。


 するが、それで終わるなら大将軍という座には付いていない。

 動揺を露わにしていた表情佇まいが速やかに切り替わる。

 


「――可能な限り速やかに、同盟締結に対し返答をしよう。此度の軍事協力、感謝致します」


「こちらこそ。良い返事になるのを期待しているよ」



 帝国のジリ貧で終わる筈だった、魔王直轄第5遠征軍との激闘。

 それはジェネレイザの支援により、帝国軍の勝利という形で締め括られた。


 尤も、これで終わりでは無いが、1つの重要な局面を乗り越えられたと言っても過言では無い。

 

 …そんな中、歴史の転換点とも言える状況に、自身は相応しくないと思っている者が一人。

 数ある小隊の隊長に過ぎない男、ラジール・ベノメスである。

 小刻みながらも確かな身震いに悶えているからこそ、自分の矮小さに嫌気が差す。

 自責の念に駆られる彼を、その両手を包んでコルナフェルは無言で頷き励ました。


 司令部の施設内、大将軍の執務室に居た四名が解散したのは、その10分程の後の事だった。

 直ぐ様、各々は各々の行動に移る。

 リミングはジェネレイザという国家の存在の報告、並びに同盟の提案を纏めた資料の作成と首都への提出の指示を。

 ベノメスは外で控えていたアルコミック達を集めてマカハルドの防衛戦力の再編を。

 そして、ジナリアとコルナフェルは、大将軍閣下の厚意に賜り紹介された宿泊施設へと自ら足を運び始めた。


 時刻はもうすぐ日没を迎える。激動の一日だったとは思わせない程の活気を受け、彼女達は歓迎される。



「さて、コルナフェル。私達はもう一仕事しよう。付き合ってくれるね?」


「はい。ベルディにも胸を張って紹介できるお店を探しましょう」



 夜に繁華街に繰り出す前提で。まずはチェックインの手続きをすべく確かな足取りで進み、賑わいの中に溶け込んでいく。




 

 それから2日が経過した。

 帝都アパディアの中心となる高台、そこに建つ巨大な城バ・モランタン。

 この城の一階層に存在する円卓会議場では、正午を間もなくとする頃合いにも関わらず伯爵位以上の位を持つ帝国貴族が集っていた。


 議題の大部分は勿論、リミングの提出した機皇国ジェネレイザについて。



「――以上が、リミング閣下が自ら見聞きなされた機皇国の情報の全てです」



 集まった貴族の一人、パレーズ侯爵が各々に配られた資料を元に――時折資料の補足を混じえつつ――ジェネレイザに関して、現時点で得られた情報の全てを伝え終える。


 ジェネレイザの所在地。国民の種族。ジナリアとコルナフェルの口伝を元にした国家の特徴。現時点で判明している保有戦力。レベルとは異なる概念の存在。


 情報量の多寡を問わない未知の情報の数々に、多種多様な種族で構成された帝国貴族達は深い興味を示しながら小さく唸る。

 文明水準の観点からしても、軍事力の観点からしても極めて突出した国家と判断せざるを得なかったからだ。

 それこそ――彼らの認識が正しければ、この世界の覇権をほしいままに出来るような。


 そんな国家が、帝国と対等な関係を結ぼうと提案している。

 帝国としては断る理由が無いのだが、それでも怪しまない訳にはいかなかった。



「――この資料で提示された国力を遥かに上回っていると見て間違いは無いだろうな。その気になればこの国を隷属させられた筈。…だが、向こうが要求するのはあくまで対等な同盟関係なのだな?」


「相違ありません。普遍的且つ対等な、友好同盟を構築したいとの事です」


「こちらがルーン鋼の輸出を行うのは分かるが…向こうの輸出品目がとても多い。これで釣り合いは取れるのだろうか…」


「可能であればこちらの輸出品目を適宜追加、変更しても良いとの事です。今はあくまで仮案の段階なので、そこは機皇国の交渉役と取り決めをして頂ければ」



 梟の獣人や渦のような紋様の描かれた外殻を有する人型の問いに対し、人間のパレーズが冷静に応答する。

 そうする彼も、懐疑的な目で資料の内容を確認していた。

 ジェネレイザの使者を名乗る者達と対面しているのは大将軍リミングと、ベノメス率いる第56小隊、並びにアルコミック達第6中隊の一部のみ。

 現時点ではまだ使者が首都に直接赴いている訳では無く、本気とは理解しつつもその真意が分かりかねていた。

 

 次に、ジナリアなる使者の一人が提示した機皇国の輸出入品目の内訳。

 大まかに分けて3つ。食料品・飲料と材質に富んだ資材各種、それから衣類で。その上で食料品・飲料が大半を占めている。

 対する帝国は現時点ではルーン鋼のみで良く、経済状況に応じて適宜追加や変更を掛けても構わないとの事。

 価格設定に関しても相場に応じた適正値であり、機皇国よりも帝国の方が得をし易い条件だった。


 慢性的に続く国力の弱体化、並びに魔王軍の襲来による損害からの復興援助の名目と言えば全部とは行かずとも納得がいく。

 問題はそれが解消された後、どうなるかだが。

 


「不気味とさえ感じる。対等どころか我々が有利なくらいだ。…機皇国は何を企んでいる?」


「これまでは尻尾さえ掴ませなかった、文字通りの霧中の国。だが、これを跳ね除けていられる余裕は帝国には無いのも事実……」


「マゼン・ロナ王国の例があります。慎重な判断を下すべきかと」


「だが、マカハルド方面の脅威を取り除いてくれたのもまた事実。第5遠征軍討伐にも協力し、カルメドラの難民を受け入れてくれたのだろう? 彼らの善意を無下には出来んぞ」



 この議会に出席する数多の種族の討論が加速する。

 議題の中心にある機皇国はともかくとして、同盟の申し入れをこの国の皇帝に伝達する…謂わば帝国の進退に大きく関わっているからだ。

 皇帝自身が情報の精査を行わない訳では無いが、この国の最高権力者の手をあまり煩わせない為に議会はある。

 根底に皇帝に、この国に忠誠心があるからこそ、事態は混迷を極めていた。


 そんな中、老齢の鷹の獣人が一言、されどこの場に居る全員の耳に届く声で発した。


 

「…我々の悲願を代わって、果たしてくれた恩義がある。まずは、そこからだろう」



 まさに鶴の一声。議会に響き渡っていた喧騒が急速に静まっていく。

 その中には熱中のあまり振り上げた拳を力なく下ろし、それから握ったままの拳を震わせながら目に大粒も涙を浮かべる者も居た。



「……その通りだ。『呪われた島』――今の機皇国領地に、命の賑わいを取り戻せ…それが私の祖父の代より掲げた我らの悲願だった……」


「私の両親もだ。魔力による土壌汚染の除去は列強に押し付けられるまでも無く成し遂げるつもりだった。…が、結果は振るわず私の親族にも酷い言葉を浴びせられた……。失意に暮れた両親の顔を今も忘れられない」


「この国が列強の座から退かされた要因故な、禁忌とさえする者も居る。口にすれば何処からともなく怒号が飛び、ふざけて語ろうものなら指の1、2本は覚悟しなければならない…あの島1つに大勢の国民が狂わされた」


「決して彼らが悪いという訳ではありません。ですが、当事者を傷付ける事が果たして正しかったのでしょうか……。私の夫も当初と、復興に失敗した後の落差に絶望し、それで……」


「しかし、その犠牲も何時しか触れられなくなった。悲惨極まるからこそ、忘れてしまいたかったのだろうな。……根本的解決では無いが」


「島送りを受け入れたのも、当時は島を復興出来なかった罪滅ぼしの為と考える者が多数派で、かく言う私もその一人。…今になって思えば何故あんな事を……」


「結局、この国から確かな力を削ぐだけで。国としては衰えていくばかりだ。魔王軍にそこを付け込まれたのだな」

 


 口々に当時を振り返る声が議会の中から出てくる。

 哀れみ。怒り。嘆き。悔やみ。負の感情を凝縮した重い空気に一同は包まれる。

 が、不思議と体が軽くなるような感覚がした。吐露された負の感情では無く、別の要因によって。



「だからこそ。…だからこそではないか。我々は変わるべきだと」



 空気を変えたのは、またしても鷹の獣人だった。

 彼に『呪われた島』への悔恨が無い訳ではない。が、敢えて吐露はしなかった。

 ぶつけるべき相手を履き違えるな。彼は壮年の頃よりそれを断固として貫き通しているからこそ、これを帝国の方針を変える好機と捉えた。



「島の自然を取り戻せなかったのは我らが無力だったが故。衰退を招いたのも他でも無い我らだ。…だが、その大元を作ったのは誰だ? あんな悪法を、島の復興を押し付けたのは誰だ!?」


「……東の列強、並びに魔族…か」


「我々がしくじったからとて。『懲罰部隊』のような蛮行が許される訳でも無い」


「ええ。彼らが受けた屈辱は、私も聞き及んでいます。彼らが逆らえないのをいい事に随分と横暴を働いたとか」


「…前例を作ってしまった事を悔やんでばかりもいられん。再発しない環境作りは勿論の事、国民一人一人が毅然とした態度を取れる、取っても我々貴族が身の安全と生活の保障を確約する社会にせねばな」


「ああ。此度の同盟をその足掛かりにすべきだろう。機皇国の国力はどうあれ、そう簡単に潰えはしまい」


「寧ろ、この同盟を提案する事で腹を括った、かと。海の向こうの彼らも望むのなら一蓮托生となりませんか」


「あれだけの戦艦を扱いこなせるのだ。味方に付けて頼りない訳が無いわ」


「古代アーティファクトに明るいと尚良い。この国の魔導師と馬が合う事を期待するかのう」



 鷹の獣人が発破を掛けた事で、同盟の提案は賛成多数で纏まりつつある。

 それを目の当たりにしたパレーズも、理由不明ながらも事態が好転しようとしている確信が持て、思わず笑みが溢れた。


 

「では、同盟の提案を受け入れる。…それでよろしいですね?」


『異議なし』



 話が纏まった頃合いで、屈強な黒い虎の獣人がはっ、ととある国の実情について思い出した。

 普段は間抜けそうな姿を見せないが故に、彼の異変に周囲が直ぐ様注目する。



「そういえば…商国。ハルツ=パウが最近大人しい。…いや、友好国だから大人しくて当然なんだが……不気味なくらい穏やかだ。もしやこの同盟の話にも感付いているやも知れん」


「この同盟に食い付いてくる、と?」


「可能性が高い。あいつらは金の匂いに敏感だからな」


「それが中規模ながら国力を維持出来ている理由ですからね。彼らの好きなようにさせてあげればよろしいのでは?」


「むぅ…そうか」


 

 帝国の数少ない友好国の1つを疑っている訳では無いが、目に見えている不確定要素を増やして良いものなのか。黒虎の獣人は難儀な顔を浮かべつつも商国の動向を伺う方針で固めた。

 



 ◇◆◇




「――以上が、マゼン・ロナ王国の調査、並びに西大陸方面におけるムル・サプタスの武力介入までの顛末です」


「ありがとう。引き続き業務に励んでくれ」



 同時刻、機皇国ジェネレイザの謁見の間にて。

 訪れた深緑の亜人形メカによる、時系列を追った事後報告を聞き、ジェネルはそのメカを下がらせ、一定間隔を保つ足取りで離れていくメカの背中を見送る。


 王国の所有する巨大戦艦――《マギア:メタリズム》に於けるおよそLLサイズ相当――の格納庫への破壊工作及び一部武装の鹵獲。

 γ-ベルディレッセ並びに彼女の配下である《ダークスチール:プランダラー》達が発見した裏社会勢力の拠点施設の破壊と違法薬物の回収。

 α-ジナリアとβ-コルナフェルによる帝国への同盟の申請とムル・サプタスの派遣による魔王直轄第5遠征軍の撃滅完了。


 特に3つ目がジェネレイザにとって重要な要素であり。この国の現在地である『呪われた島』の全権を握る国家と同盟を結ぶ方向に向かっていたのは正に渡りに船だった。

 この同盟が実現すれば、帝国以外からの反応はどうあれ、『呪われた島』を機皇国の領域と定める事の大義名分は得られる。



(ジナリア達の接触が、向こうにとっても良い刺激になれば良いが)

 


 度重なる《エリア・チェンジャー》の使用と海上・空中プラントの設立によって資源の生産量が少しずつ回復しており、資源にも余裕が生まれつつある。

 この世界に於いて魔物と呼称される独立した分類を持つ生物達も資源としての価値がある事の判明、加えてルーン鋼を始めとした流通している資源の存在と、ジナリア達諸外国の調査をしているメカ達やハーミット・クリフの研究者達の活躍によって、以前は存在すらしなかった新たな資源にも着目されている。


 継続的な供給手段として貿易相手、狩場の確保などが挙げられ、その一助としての側面も持つエルタ帝国との同盟締結は最優先事項となった。

 ジナリア経由でのコンタクトはほぼ終わり、後は帝国の返答次第だが……それでも円滑な関係構築が出来るよう下準備を整えておく必要はあった。


 安全な貿易ルートの確保、魔族等仮想敵への対処手順の構築、交渉役となるメカの選定等、ジェネルが他のメカ達へ幾らか役割分担を振り分けると心掛けてはいるものの、それでもやる事は多い。

 寧ろ、その業務を新鮮な刺激と受け取ってさえいた。

 今まではストーリー上そうしていたという描写があっただけで、実態が伴っていた訳では無いから。


 コンソールの各種ボタンを淀みなく操作していると、ふとある事に気付いて手を止める。



 (うん?)



 蛇腹状の指を持つその手を裏返し、何度か開いては閉じてみる。

 日誌のように普段からの視界に映る光景を記録として保存しているが、それを見返すまでも無くジェネルは確信を持った。


 帝国を助けた事で、存在が薄れていく事態が止まり、回復してさえいる。

 これは即ち、帝国を助けるという基本的方針が間違ってはいなかった事を裏付ける。


 誰かが正解を示してくれる訳では無いからこそ、手探りで得たこうした事象は値千金の価値がある。

 その意味の重さを、ジェネルは握り締めた。

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