第55話


・・・影




 俺は今、とても困っている。護衛対象がロザリアに行きたいと言い出したためだ。


 確かに心配でいても立ってもいられないのは分かる。分かるが、何の手立てもなく、ただ行きたいというだけじゃあ駄目だ。




困っている俺を見透かしたように井部元首の息子がひそひそと倫子ちゃんに向かって


「本当に行きたいなら手配は出来る。」


と言う。俺はそばで聞きとがめてじろり息子を見た。




「行きたい。行きましょう。私も姿を変えることは出来るから。ねえ。」


倫子ちゃんが興奮して言うから、俺たち二人は顔を見合わせてしばらく目で話し合った。大丈夫なのか?そうか・・・つてがあるんだな?・・うん。いいだろう。




「旅券の手配をしよう。まずどんな姿で行くのか・・どっちにしろ写真が必要だ。」


息子はささやくと部屋の外に行き、端末で外部の者に旅券を申請し始めた。


「後は写真だ。」


 俺は言い、三人で図書室に移動することにした。いつまでここにいても情報が入ってくるわけじゃない。焦ったりいらいらしたりするばかりだ。




図書室で写真を撮ったり、明日の朝のことを打ち合わせたりした後、倫子ちゃんは情報処理室に戻っていった。


 俺は元首の息子と俺にあてがわれている部屋に行った。より細かい打ち合わせをするためだ。さすがに6歳の子どもには難しい話は聞かせられまい。




細かい打ち合わせの後、城山教授に栄養剤をもらいに行くことになった。ロザリアの食糧事情は良くない。おそらく擬態に必要なエネルギーを食事だけで取ることは不可能だろう。


 情報処理室にいた教授をそっと呼び出し、頼みを言う。


 城山教授は俺たちの頼みに不思議そうな顔をしたが、倫太郎を探しに行く人のためだというとすんなり人数分の薬の瓶を出してきてくれた。1ヶ月は滞在出来そうなほどだ。




そして今・・・俺はロザリアの天の神殿に潜入している。


 天の神殿は、擬態をしづらくする。中都国の神殿にも2人の密偵が擬態していたが・・・結構つらそうだった。 だが,俺には倫子ちゃんに祈ってもらった指輪がある。この指輪の波動は強い。清らかな・・・光というのか・・・空気というのか・・・それがこの指輪から感じられる。この指輪をしている限り、俺の擬態は解かれないだろう。




・・・彼女のしている指輪からも強い守りの波動が感じられているが、倫子ちゃんの祈りの入った指輪からの波動と違って・・・そう・・柔らかくない。彼女は首からもこの波動を感じさせる指輪をぶら下げている。いずれも強固な守りの力だ。


 こんな守りを付けることができるほどの力を持つ倫太郎を誘拐するなんてことは本当に出来るのか?




俺は壁に溶け込んだ。そうだ。俺は周囲の物の波動に合わせて擬態することも出来るのだ。俺にとっては壁やドアなんてないと同じ。これは局長しか知らない俺の特技だ。今まで同じ技を使っている者を見たことがない。守り言霊である波動のおかげというわけだが・・




 俺は壁を移動する。あちこちに取り付けられている警報器。すべて解除していく。代わりにこちらで用意した物に付け変えることも忘れない。自分と持ち物全てが溶け込むことができる俺のチカラ・・・。このおかげで、様々な危険な任務をこなしてきた。


 あちこちの壁やドアにも小指の頭くらいの器具を埋め込みながら俺は進む。


1つの部屋に盗聴器やら武器やらなにやら沢山収納してある戸棚があった。こちらも機器類は使えなくなるように解除した。そんなことに時間を取られていたらもうすぐ夜明けだ。まだ倫太郎は見つからない。この神殿の中は嫌な感じであふれている。あまり長居もしたくない。




 そろそろ体が飢餓状態になってきた。・・・俺は城山教授のくれた錠剤を口に入れた。この錠剤は凄い。たちまち回復してくる。『注射の方がより効果的なのよ。』教授の言葉を思い出す。まさか潜入先で注射は出来まいよ。




夜がすっかり明ける頃、ようやく俺は神殿の中心部にたどり着いた。大きなベッドに寝ている者・・・そっとのぞき込む。何とも言えない不快な空気・・・


??倫太郎??いや違う。似ているが・・・違う?




目を覚ます気配がする。俺はそっと壁に溶け込む。




「誰かいるのか?」


その声は氷のようだ。


違う。倫太郎じゃない。


俺は素早く退出した。やばい。引き込まれそうだ。・・・波動が俺をせかす。


安全な方へ安全な方へ・・・・






待ち合わせた広場でようやく一息つく。


周囲に波動を送り、何事もないことを確認し、物陰で待つ。


来た。車が駐車場に止まる。俺は素早く車の中に・・・




「うわっ」


「え??」


二人の真ん中で擬態を解く。


二人には悪いが一緒に来たようにしないと・・・。




車の中で運転をしてくれていた仲間と話す。局長からの話も通っていたようで、俺が突然現れても驚いたように見えない。


「影・・・・。お目にかかれて光栄です。」


「挨拶はいいから。例のことはどうなっていた?」


・・・・・


「神官長が先日代わりました。」


「代わった?」


「今までは老人だったのですが・・・ちょうど倫太郎君と同じような年頃に見える少年と・・・」




倫子ちゃんの表情がきつくなる。


 井部の息子の表情も。




まさか・・・倫太郎が・・・そう思っているに違いない。


 だが・・・あの人物は、倫太郎とは思えない。声も姿も似ていた。だが,・・・波動が違った。


 あいつからは悪の匂いがした。俺の持つ闇が思わず反応したがるほどに・・・闇だった。




『本当の善とは何?


 おまえ、


 俺らにわかるっていうのか?


 本当の悪とは何だって?


 俺らが本当に知っているっていうのか?




 俺らみんな、簡単に善だ悪だといっているが


 俺らほ本当はなんにも知っちゃいないんだぜ


 本当の悪とは何なんだ?


 本当の善とは何なんだ?


 なあ、おまえらも


 俺らと一緒に考えようじゃないか 』





 俺も一瞬・・やつが善なのかと思いそうになった。これはいったいどういうことなんだ・・・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る