第53話

早朝。


影・・・今はまた別の姿。栗色の髪の30歳くらいに見える男性の姿になっている。


「この姿の時は、近藤 有紀と呼んでくれ。」


空港に行く車を運転しながら影は言った。


「近藤?」


「ああ。こんどう ゆうき


君は近藤 優子だよ。」


え?


「夫婦設定さ。そうしないと、別々の部屋では君を守れないからね。」




・・・・




もう一人助手席に乗っている。井部先輩だ。なぜか井部先輩が一緒に来ているのだ。


「俺は君の弟設定だよ。そうしないと一緒の部屋ではおかしいだろう?」


いや。十分おかしい。2部屋とって欲しい。




「まあ。同じ部屋云々はともかく、一緒に行動していてもおかしく思われないように姉弟、夫婦というわけだ。」


 井部先輩は、私と似たような黒髪の20代に見える青年の姿だ。


 夕べおじいさんにロザリアに潜入するからと言って姿替えの呪術を仕掛けてもらったそうだ。そのまま夕べは城山宅に泊まっていたようだ。




 姿替えに必要な栄養をおばあさんが作った錠剤で沢山もらってきたという。


井部先輩の能力は、情報収集に秀でている。彼も政府で働いている学生の一人だという。それで倫太郎君やおじいさん達とも親しいのだそうだ。


「毎日結構ハードなんだよ。親父も人をこき使うのが得意でな。」


・・・それであのとき・・学園で寝ていたのか。




・・・おじいさんのところには、飛行機に乗る直前に連絡をした。 




「これから飛行機に乗ります。」


と言うと、意外に静かに受け止めてくれた。


「・・・・・十分注意するように。影に変わっておくれ。」




影とおじいさんは何事かいろいろ話していたようだ。




 飛行機の中は快適だった。2度の食事。何回か回ってくる飲み物のワゴン。日本にいた頃の海外旅行と何ら変わりがないように思える。


 窓の外には雲・・・山・・・海・・・




何時間かのフライトの後、降り立ったロザリアの首都は、もう秋も深まり、寒ささえ感じられる気候だった。


 影の用意したトランクにはコートも用意されており、服装など考えもしていなかった自分のうかつさにちょっと驚いた。そうだ。今着ているこの服も、影が用意してくれた物。 もちろん偽装でそのまま何とかなるのだけれど・・・もしもの時の用心だよ。と服を手渡されたのだ。何かの時に、服が現場に残らないのはおかしいと言う・・・確かに。




倫太郎君達が泊まっていたというホテルの近くに宿を取ってあった。まだチェックインには少し早い時間だが事前の連絡のおかげですんなり入れた。


 私たちの部屋は真ん中にドアがある2部屋タイプの部屋だった。


「後で呼びに行くまで,ゆっくりしていてくれ。」


そう言われて・・・一人で部屋に入り、静かに座る・・・・ヒカリ、ヒカリ?


 気配を探る・・・。




沈黙・・・かなり時間が過ぎた頃・・・




部屋の間のドアからノックの音がする。


「はい?」


カチャリとドアが開き、影が姿を見せる。




「夕食に行こう。」


「あまりお腹が空いていないんだけど。」


「それでも行くんだよ。ここにいたって何も分からないだろう?」


影も、井部先輩も、2回の機内食であまりお腹は空いていないが・・・情報収集のために行くのだという・・・なるほど。




 ホテルを出て街を歩く。


 異国の街並。左右は街灯がぽつんぽつんと道を照らし、北の国の早い秋の終わりを感じさせている。行き交う人々の話すロザリア語。少しだけ分かる。井部先輩も、影も言葉には不自由していないようだ。・・・もっと真剣に学んでおくべきだった。




向こうに明るく見える一角がある。


「神殿だ。」


井部先輩が誰ともなくつぶやく・・・


「天の神殿さ。こちらの神殿は・・・」


何か言っているが・・・神殿。気配を探る・・・ヒカリ?




ダイジョウブ ワタシハ ソバニイル




デモ・・デモ・・・




また気配が消えた。


でも、そばにいると言ってくれたことに安心する。




簡素な食事の後、またゆっくりとホテルに戻る。


「おっと・・・ 」


影が誰かとぶつかりそうになって言う。


何?何か影が受け取ったように見える。


井部先輩も気づいたようだ。




 急ぐと変に思われるので、今までの歩調を崩さずにゆっくり帰る。


心の中は早く早くと焦っているが・・・

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