第3話 倫太郎

・・・倫太郎・・・




 庭にある噴水のところまで二人で歩く。


 6才の倫子ちゃんの歩幅に合わせて・・ゆっくりと。ぼくはこんな気遣いもできるんだ・・・ちょっと楽しくなってしまう。

 噴水の周りにはたくさんの低い木々に薄紫色の花がたくさん咲いている。倫子ちゃんは気に入ってくれるだろうか。




「座ろうか。」


 噴水の向こうの白いベンチに二人して腰を下ろす。今日はぽかぽかと暖かい。

二人して無言で・・・ベンチの向こうに目をやる。薄紫のきれいな花が咲き乱れているのを見て・・春だなあ・・・そんなことを思った。




 僕は何から話したらいいんだろう。


 鏡を通して時々倫子ちゃんの様子を見ることが出来たこと?


 倫子ちゃんが僕のこと忘れてしまったように見えて悲しかったこと?


 倫子ちゃんがだんだん大人になって行くのを見て焦ったこと?

最近はなんだか疲れているように見えて、早くこっちに呼ばなくてはって焦っていたこと?

ぼくのこと?いや・・・急にいなくなったときのことからか・・・


・・・何を言ったら・・・でも・・




 倫子ちゃんは結婚しないでいてくれた。


 僕のこと覚えていなくても、菜の花を見ると笑ってくれた。


 夢の中でもう一度会ったときも僕のこと大事にしてくれた。


 だから・・・


 一緒に・・・


 一緒にいられる・・・きっと。


一緒にいたいんだ・・・




「これって夢よねえ・・・」


 倫子ちゃんがつぶやいた。 


 夢。そうか。倫子ちゃんは夢だって思っているんだ。




「すてきな夢・・・」





 そうだね。すてきな夢だよ。こうして会えた。こうして触れることも出来る。


 でもこの夢は覚めない夢だ。倫子ちゃん、これは僕の・・君の現実となったんだよ。




 それから僕たちはたくさんの話をした。


 僕が倒れてからのこと・・・

「心配したんだから。」

「ごめん。すぐにこっちに戻ってきたから・・」


 あの後、死にかかっていた僕はようやく完成したばかりの菜の花の薬を飲ませてもらって一命を取り留めた。それからすぐにここに帰ってきたこと。




 おばあさんが精製した菜の花の薬を毎日飲むことですっかり健康になったこと。




 持ち込んだ菜の花がなぜかこちらではなぜか金色になり、あっという間に広がって美しく咲き誇ったこと。




 その上・・持ち込んだ金色の菜の花は、なぜか1年中咲いているようになったこと




 ここに根付いた金色の菜の花は、この世界の他のところに育っている菜の花の何十倍。さらには向こうの世界の2倍もの効能が見込まれたこと。




 だから倫子ちゃんの世界にもう行く必要がなくなったこと。


・・・・





「今・・倫太郎君は何をしている人なの?」


 あどけない顔で君は僕に聞いてくる。昨日の60歳の君も凜として美しかったけれど。今の君は僕より年下のかわいい少女だ。精一杯大人ぶって話しているような気さえする。

 


「僕は学生だよ。来月から高学園に進むんだ。」


「ふうん。」


 倫子ちゃんは立ち上がって噴水の脇にある薄紫の花をそっと摘んだ。


「ツツジに似ているね。でも香りが違う。すごくさわやかな香りがする。」




「倫太郎様、倫子様。昼食の用意が調いました。」


「ああ。もうそんな時間なの?ありがとう。すぐ行くよ。」


 振り返ると坂木が立っていた。




「まだまだ話したいことはたくさんあるんだけれど。とりあえずお昼にしようか。」




 僕は倫子ちゃんに手を伸ばす。倫子ちゃんは黙ってその手をつないできた。




 昼食は僕の部屋に用意されていた。




 薄い水色の部屋。僕の部屋は春の空をイメージしている。少しかすんで見えるような、そんな空だ。春は僕の一番好きな季節。倫子ちゃんと菜の花畑で見上げた空の色だ。

「春の空ね。」

ああ。倫子ちゃんもちゃんと分かっているんだ。あの日の空の色だって。

お昼を食べながら、倫子ちゃんがあれからどうしていたのか聞いた。時々のぞいていたってことには・・びっくりしていたけれど。

「なんで姿を見せてくれなかったの?」

そう言われても、渡る手段がなかったんだ。

そう言ったら頷いてくれたけれど。


・・・見ることができていても、こっちに連れてこられなかった理由があるんだ。そのことはおじいさんから説明してもらおうか。いや。後で話さなければ・・










この話は「小説家になろう」で、6~7年ほど前に完結していたお話です。少し書き直して、まえより読みやすくしてあるつもりです。読んでくだ去る方が、少しでもいていただけるとうれしいです。

また、感想等もいただけるとうれしいです。


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