第2話 私は驚いている
目を開けるとそこは広い部屋の中だった。
白い壁。白いカーテン。そこに金の糸で見たこともない花が刺繍されている。
白い華奢な家具。その家具のどこかにその金の花が描かれている。いや。見たこともないというのは違う。あれは菜の花ではないだろうか。
そして私はというと・・・大きなベッドの上にいる。広い。キングサイズ?もっとありそうだ。ベッドのカバーも白く、金色の菜の花の刺繍で飾られている。
ベッドから降りようとして驚いた。高い。何でこんなに無駄に高いベッドなんだろう。
最近かけ声なしでは動けなくなった60のおばちゃんである私は、
「どっこいしょ」
ベッドからかけ声とともに降りる。
あれ?私の足こんなに小さかったっけ?
いつの間にか裸足でいる自分の足を見て考える。
はっとして手を見る。あれ・・・??
少し関節がごつごつしてきた、いつもの見慣れた手ではない。
・・・・
慌てて辺りを見回す。倫太郎君???いない。
部屋をぐるりと確認する。広い部屋。華奢な小さいテーブルとこれまた華奢ないすが2脚。いずれも白く、やはり金色の菜の花・・・。テーブルの上に乗っているのはきれいに飾られた色とりどりの花。
・・ドアが3カ所についている。一つは金色の菜の花が一面に書いてある。
もう一つは金色の菜の花が下に書いてある。
もう一つは取っ手だけが金色だ。
私は一番近くの取っ手が金色のドアをそっと開けた。小部屋。鏡がある。さらに先にまたもや金色の取っ手のついたドアと,両面開きのドアがある。両面開きのドアの方をそっと開ける。浴室だ。いつでも入れるように乳白色のお湯で満たされている。ではもう一つのドアは?トイレだ。よかった。
・・・しばしの後、私は鏡の前に立った。さっきは見間違えたのかと思って素通りしたけれど。鏡の中の少女の顔はぼんやりとしていてはっきり見えないのだが、私が動く通りに手を上げる。
私はぼんやりとしか見えない鏡の中の少女を見ながら、夕べの倫太郎君の話を思い出していた。
僕は日本の子どもじゃ無いんだ。
・・うそ。日本人の顔だよ。
僕は・・そうだね。わかりやすく言おうか。実は鏡の向こうの世界から来たんだ。
・・ありえない。
あのとき僕はちょっとした病気でね。大量の菜の花を必要としていたんだよ。毎日たくさんの菜の花を食べて・・・おばあさんが菜の花を精製してくれていた。いつ戻ってもいいようにね。
こちらの世界の菜の花にはたくさんの僕たちに必要な物質が含まれているんだ。鏡の向こうにある僕たちの世界からは想像もつかないほどたくさんね。この物質が不足すると僕たちは大人になれないんだ。他の子ども達には僕たちの世界の菜の花でも十分に摂取できるんだけれど・・僕には不足だったんだね。だからあの春、僕はあの町に行ったんだ。
・・・おじいさんが周りの人たちの記憶操作をしていたって言う方がわかりやすいかな。
でも毎日倫子ちゃんと遊んだのは本当さ。楽しかったなあ。それまで僕は同じような年頃の子どもと遊ぶことが無かったから。
・・・でもなぜ今?
それはまた明日落ち着いたらゆっくり話すよ。今は・・一緒に来て欲しいだけなんだ。
私はぼんやり鏡を見ながら昨夜のことを思い出していた・・
「倫子様」
遠くで私を呼ぶ声がする。
誰?倫子様って何?
呼び声はだんだん近くなる。トントン・・ノックの音がする。
「はい。」
ドアがガチャリと音を立てる。
「こちらにいらっしゃったのですか。
おはようございます。お初にお目もじいたします。
私は倫子様付きに命じられました、広井一恵と申します。
よろしくお願いいたします。」
え?誰?私付き?
「はい。おはようございます。
すみません。意味がよく分からないのですが」
広井一恵と名乗った背の高い女性は、私の手を取って部屋の中へと導いた。
「さあ、お召し替えをいたしましょう。お手伝いさせていただきますね。」
もう一方の、下に金色の菜の花が描かれているドアを開けると、そこは衣装室らしかった。さらに扉があり、今は開け放たれている。そこにはたくさんの衣装が掛けられており、下に靴入れとおぼしき入れ物が見える。
「待ってください。」
着ている服のボタンに手をかけようとした一恵さんを押しとどめて、尋ねた。
「お世話係って何ですか?
・・・それより倫太郎君はどこにいるのですか?」
一恵さんはにっこり笑って
「とりあえず、お着替えをお願いいたします。
お寝間着のままでは倫太郎様をお呼びできませんから。」
と言う。確かに今着ている物は寝間着のようだ。
え?
ワタシ イツ ネマキニ キガエタノ???
一恵さんが私の 寝間着のボタンを外そうとするので慌てて断り、自分でボタンを外す。
焦っているのだろうか。なかなかうまく外れない。ようやく脱ぎ捨てると、
「お風呂はいかがなさいますか?」
と聞いてきた。
そういえばお風呂にお湯が入っていたっけ。夕べはお風呂に入った記憶が無いから、入りたいかもしれない。でもさっさと着替えて倫太郎君に会いたい。
「今はさっさと着替えたいです。」
せっかくお湯を入れてくださったのに申し訳ないけれど断る。
一恵さんは、手に持ってきた淡いクリーム色のワンピースを私に着せようとする。
私は慌てて
「自分で着ます! 」
と叫んでワンピースを渡してもらおうとする。
「このワンピースは後ろで止めなければなりませんから、お一人ではお召しになることは難しいですよ。」
気がつけば,ワンピースを着せられて後ろを止めてもらっている自分がいた。
この年になって恥ずかしい。一人で着られるのに。
「ご朝食の準備が出来ております。」
一恵さんはそう言って、金色の菜の花が一面に散っているドアを開けた。
そこにはソファーやいすが置いてあり、カートの上には湯気の上がった朝食が置かれていた。
「どうぞ。」
いすを引いてもらい、テーブルに着くと、その向こうの上の方に金色の菜の花が散っている扉がカチャリと開いた。
誰?15歳くらいの少年だ。倫太郎君に似ている。
「よく眠れたみたいだね。
ちゃんと同調出来ているし。
そのワンピースきっと似合うと思っていたんだ。
うん。よく似合っているよ。」
ぽかんとして見ていると、少年は苦笑いした。
「倫太郎だよ。」
???
「信じられないみたいだね。
とりあえず朝ご飯を食べようか。食べながら話すよ。」
倫太郎と名乗る少年は私の向かい側に座った。それと同時にカートに置いてあったスープ入れからスープが供される。
一恵さんともう一人(こちらは男の人だ。)が2人にパンや卵やベーコン、果物などを置いてくれる。
「倫子様。こちらは坂木と言いまして、このお屋敷の使用人頭をつとめております。普段は倫太郎様に付き従っております。」
私は坂木さんに頭を下げた。
「倫子です。お世話になっております。」
坂木さんはにっこり笑って私のパン皿に丸いパンを置いた。
「美味しい。」
そういえば夕べは何も食べていないんだった。道具を持ってきて。家を閉めて、手をつないだと思ったら・・・朝だったんだ。
しばらく食事を堪能していたが、不意に思い出した。
「倫太郎君??」
本当に?
「うん。これが今の僕なんだ。」
コレガ イマノ ボク?
野菜を優雅に食べて、口元を上品に押さえた後、倫太郎君?は話し始めた。
「そうだね。昨日の姿はおじいさんに変えてもらっていたんだよ。」
そうだ。おじいさんは偽装の名人だったっけ。
「倫子ちゃんの姿も変わっているんだけど。・・・分かっているの?
全然取り乱していないからびっくりしているんだけど。」
やはり鏡や、自分の手元は真実を表しているらしい。
私は夢見る夢子さんではないのだけれど。
「姿は変わっているらしいとは思っている。
顔がぼやけて見えないから、鏡が変なのかなとも思ったけれど。」
・・・・・
私が黙り込んだので、倫太郎君は首をかしげながら私の顔をのぞき込む。
「僕には倫子ちゃんの顔がはっきり見えるけど。」
ねぇ?と言う風に給仕をしてくれる一恵さんを見る。
「私にもはっきり見えますわ。」
一恵さんもうなずく。
「私は今どうなっているの?」
心細そうに響く自分の声。自分じゃないみたいだ。
「こっちの世界に合わせて、ちょうど6歳。」
「えっ???」
びっくりして立ち上がると、ガチャン。目の前のミルクの入ったコップが倒れる。
素早く一恵さんと坂木さんが片付けてくれる。
「僕は15歳だよ。」
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