第4話 私は話を聞いている


倫太郎君とお昼を食べながら話の続きをした。


「こちらの1年はね。」

・・・

「私の世界の10年?」


「そうだよ。」




「だからね。倫子ちゃんは60年向こうで過ごしただろう?」


「私は6歳なの?」


「うん。こちらの世界の理(ことわり)につられたんだね。」


私は自分の手をもう一度まじまじと見た。傷一つない、ぷっくりした小さな手。




「もしかしたらとも思ったけど。ちゃんと倫子ちゃんは6歳になったよ。」


 私は思わず額に手を当てた。


「賭だったの?」




 倫太郎君は慌てて首を振った。


「昔、やっぱり向こうの世界からきた人がいたらしいけど、ちゃんとこっちの理につられて20歳の人が2歳になったんだ。」


「だから・・・あのとき赤ちゃんって?」


 倫太郎君はにっこり笑った。


「うん。あのときだと1歳になっちゃってたね。」


「あのときだったら、父も母も健在だったから、勝手に来るわけにはいかなかったわ・・・」

「お父さんとお母さん・・・なくなられたんだね。」

私は頷いた。静かに箸を置く。

「もう何年にもなるわ。」


・・・・


倫太郎君が悲しそうな顔をするから、にっこり笑って見せて、また箸を取った。



 話しながら美味しい昼食をいただく。一恵さんと坂木さんがやっぱりお給仕してくれる。クリームで煮たジャガイモが美味しい。分厚い魚の切り身に醤油とも違う緑色のたれがかかっている。何だろう。お豆腐みたいな白い四角のもの。上に醤油?やっぱりお豆腐かなぁ。サラダの上には魚介も散らされていて、目にも鮮やかだ。こっちにあるのは何かなぁ見慣れない丸い物が入っている。ちゃんとご飯はお茶碗に入っていて、お味噌汁やお新香まであった。




 これが夢だとしたら私はずいぶん現実的だ。自分の知っている食べ物ばかり。どうせ夢ならもっと物語の中みたいであってもいいのに。色とりどりの宝石のような食べ物とか・・・想像力が貧困なせいかあまり浮かばないけれど。




 そんなことを思っていると倫太郎君が、あのね・・と話し始める。




「美味しかった?」


「ええ。おなかいっぱい。」


 コトンとデザートの皿が置かれる。苺だ。




 倫太郎君の話には驚くことばかりだった。


 どうも夢ではないらしい。


 60歳から6歳になったらしい。


 これからここに住んで欲しいらしい。


 でも・・でも・・。




「倫太郎君、おうちの方達は?」


 倫太郎君はにっこり笑った。


「ここは基本的に僕一人の家なんだ。」


「え?」




「倫太郎君のお父さんやお母さんは?」


「落ち論父や母、祖父母の部屋もこの家にはあるんだけどね。今、父も母も隣の国に住んでいるんだ。」


 こともなげに言うので驚いた。


「隣って・・・韓国とか中国?」


「違うよ。この国は倫子ちゃんの住んでいた日本と違って、北国(ほっこく)、東国(とうごく)、中都国(なかつこく)、西国(さいごく)、南国(なんごく)という小さな国が5つ集まっているんだ。日本とほぼ同じ形だけれどね。」


 冗談を言っているようには見えない。


「そ・・そうなんだ。」


「うん。因みにここは中都国だよ。今、両親が行っているのは東国だ。」




「ご両親様は、外交官であらせられますから。」


 と坂木さんがフォローする。


「一人でお留守番なの?偉いね。」


 私が言ったら坂木さんも一恵さんも思わずといったように笑い出し、すぐ失礼しました。と謝ってきた。




「・・・倫子ちゃん、今、君は6歳なんだよ。」


「・・・ああ6歳の子に言われる言葉じゃないんだね。でも中身は60歳だからね。」




 そう言ったら倫太郎君まで笑い出した。本当のことなのに。




「まだ春休みだから、たくさん倫子ちゃんと遊べるよ。」


「私はもうこれからずっと休みだよ。退職したからね。」




 すると、倫太郎君が真剣な目で言った。


「たぶん、この休み中に倫子ちゃんは外見だけで無く、まだ変わるかもしれないんだ。」 


「どういうこと?」




 前に来た20歳の人は2日くらいで中身も2歳に引きずられてしまったらしい。これは大変だ。この記憶をなくしたくない。


 そう言う、倫太郎君はポケットから金色の瓶を出してきた。


「これはおばあさんが作った金色の菜の花エキスだよ。これを飲んでくれるかい?」


「飲むとどうなるの?」


「たぶん、記憶は残るはずだよ。」



・・・

 菜の花のエキスはとても苦かった。そう言うと、


「もう味覚が年齢に引きずられ始めているね。」


「これが苦く感じられるのってお子ちゃまなの?」


「そうとも言うね。」 


午後はどうも子どもの体に引きずられているせいかとても眠い。


「春だからだよ。」


 倫太郎君がこともなげに言う。


「お昼寝をするといいですよ。」


 一恵さんが気を利かせて、朝目覚めた部屋に連れて行ってくれた。




「お休みなさい。」


 言ったか言わないうちに眠り込んでしまったらしい。


目を覚ますと3時頃だった。起き上がろうとしたところに一恵さんがやってきて


「ちょうどおやつの時間ですよ。」


 と言う。

「食っちゃ寝になっている。」

と、ちょっと体重を考えたが、今は6歳の体。あの頃は太っていなかったから多分・・・多分大丈夫。




 隣の部屋には美味しそうな苺ののったショートケーキと牛乳が用意されていた。




 牛乳・・牛乳ですか。紅茶かコーヒーがいいな。緑茶でもいいな。いやいや・・わがまま言っちゃいけない。


 食べていると倫太郎君がやってきた。




「ごめんなさい。寝てしまって。」


「いいんだよ。」


「倫太郎くんはおやちゅ食べたの?」


 あ。かんだ。


 くすっと倫太郎君は笑った。


「食べたよ。」




 私が食べ終わるのを待って、今度は家を案内すると言って立ち上がった。




 まず、私がいる部屋を出て左へ行くと倫太郎君の部屋だった。



ぐるっと中庭をまくようにこの家は建っている。中庭に面したところはすべて回廊になっている。図書室の前に仕切りがあり,向こうに行けないようになっていた。


「向こうは客室なんだよ。こちらの居住区に入れないように壁になっているんだ。」


 仕切りのこちら側は、壁がある。仕切りをよけて脇から侵入できないようになっているようだ。その脇にドアがあった。


「ここは図書室だよ。図書室はこの鍵で出入りできる。


 図書室は客室側からも入れるから,出入りには必ず鍵がいる。そこだけは面倒くさいかなぁ。


 もちろん客室側のドアにも常に鍵はかけられているんだよ。」 


 こうして屋敷中を見て回った私は、この家は覚えやすいと思った。 




でも2~3日したら私は帰る。そう何日もお世話になっていられない。


 覚えたところで・・・




「え?帰れないよ。っていうか、帰っちゃだめだし。」


「帰れないって?」


 倫太郎君と夕食を食べながら帰りの話をしたら、そんなことを言われた。


「帰って欲しくないんだ。」 


「でもね・・・」


「その話はまた後で。」


 倫太郎君は私の言葉を遮るようにかぶせてきた。




「今日は遅くなっちゃったから、この街の案内は明日するよ。」


 ごまかしているんだね。何を本当は言いたいの?


・・・・・


 明日。どんな街なんだろう。倫太郎君の住むこの街は。


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