第47話

・・・・・影






 倫子ちゃんの姿で行動する。


 彼女のことはよく観察していたからまねは楽だが,小さい体に変えるのはいつもより力を多く必要とする。


 疲れるので甘い物もいつもより多く体が欲している。


ラプに行く?ちょうどいい。


 おやおや。広川。何でこんなにがちがちに緊張しているんだか。


広川の手を引いてこちらに意識を向かせる。

「?」

はてな顔をしてこちらを見る。なかなかかわいい人だ。俺がもう10歳も若かったらアプローチしたいところだな。



小声で


「緊張しすぎ。ばればれよ。」

ささやいてやる。

「仕方がないわ。私は女優さんじゃない。」

彼女もささやき返す。

「何こそこそ言ってるの?」

山名が聞きとがめて言ってくるから,しめたと思った。

「今日は何個食べていいのかしらって聞いてたの。」

できるだけ無邪気そうに言ってみる。




「何個でもいいんじゃないの?」


英田が返す。


「だって、今日は広川さんのおごりなんだもの。」


言ってやった。反応を伺っていると、目を白黒させている。


「遠慮しなくていいわ。でも・・・お財布の中身と相談よ。」




 倫子ちゃんは基本あまりしゃべらないみたいに見える。擬態するには楽な存在だがかなり大きさが違うので、維持するためにはエネルギーが余計にかかる。早く補充したい。




 静かに今月のおすすめパフェを食べる。秋のパフェは栗を中心としている。甘い栗のペーストをふんだんに使い、上に秋の果物が贅沢に沢山乗っている。うまい。夢中で食べていると、広川に口の周りを拭かれてしまった。ちょっと乱暴に拭いてきたので、怒ってるのかなと愉快な気分になった。




2つめはこの店のおすすめメニュー。甘く卵やミルクで味を付けたスライスされたパンを焼き、脇にアイスクリームが添えてある。温かい甘いパンと、冷たくて甘いアイスクリーム。これもうまい。上品に食べるのはなかなか疲れるが。


・・・周りからかなり視線を感じる。倫子ちゃん。後で何かいろいろ言われそうだな。すまん。


3つめは焼き菓子セットだ。


 この店の自慢の焼き菓子が3個セットでお茶付きだ。


 う~ん。英田は何も仕掛けてこない。今日はやめておくのか。


「倫子ちゃん。お腹壊すわよ。」


英田は俺を疑っていないようだ。


「そうよ。」


山名まで・・・








・・・・・・・








なにもないまま、俺たちは別れた。


「今日は楽しかったですか?」


坂木さんが車に乗った俺に尋ねてくる。


いつもどういう会話をしていたのか分からないから、俺は用心深くなる。


「楽しかったわ。お腹もいっぱいよ。」


「それは良かったですね。」




・・・・・




不意にポケットの端末が振動する。緊急サイン。広川に何かあったか?


・・家はすぐそこだ。ここで行動を起こしては不審に思われる。




俺は出来るだけ落ち着いて見えるようゆっくり歩く。


「どちらへ?」


「図書室よ。」


「そう言えばまだ大旦那様と大奥様も図書室におられましたね。


 夕飯もまたそちらで召し上がるようですし。」


一恵さん?だろう。そう言いながらついてくる。いささか邪魔だ。




図書室の前で一恵さんと別れ、急いで図書室に入る。






「ただいま戻りました。何がありましたか。」


城山氏はすでに部屋にはいなかった。


すぐ事情を説明してもらう。


「東か。城山さんは?」


「情報処理室にいるわ」


「では我々もそちらに。」


俺は一瞬で水戸に姿を変えた。


「ああ・・見られても倫子ちゃんが二人いると思われることはありませんね。」


おばあさんがのんきに言う。優しげな外見と違ってなかなか肝の据わった人だな。




三人で情報処理室と言われた部屋に行った。


城山氏は警備関係の人たちと連絡を取り合っていた。


俺は城山氏のそばに行って車の特徴など気が付いていたことを教え始めた。




その間にも、倫子ちゃんを監視するのを怠らない。どうも様子が変だ。


「どうかした?」


「ヒカリが私を広川さんのところへ連れて行ってくれるって。」




城山氏はかなり強く反対する。もちろん俺もだ。


「俺はよい。慣れているからな。」


「だが倫子ちゃん。君は違う。」


「でも、早くしないと別のところに連れていかれるって。」




何か言う前に倫子ちゃんが俺に近づいてきた。


と思ったら光だ。




一瞬で俺はその部屋にいた。


驚きだ。神子はこんなことも出来るのか。




「倫子ちゃん。」

広川が叫ぶ。


「ほう。水戸か。」


「この方は?」


それぞれがびっくりして叫ぶ。


倫子ちゃんは広川さんに駆け寄って手を握りしめた。




瞬時の判断


「行って。俺のことはかまわずに。」


俺は倫子ちゃんに言う。


俺一人なら何とでもなる。まずこの二人を無事に戻さなければ。


「え?」


「早く!!」


何か言いたそうにい二人ともこちらを見るが、俺は目を合わせない。東達をじっと見たままだ。




光とともに二人は消えた。




・・・・・部屋の中に沈黙が満ちる・・・




「あの方こそ。」


「あの方だ。」


・・・・・


二人とも恍惚とした表情でその場に座り込む。拍子抜けだ。


俺は油断なく辺りを探る。


ここは・・地の神殿の近くか。周りは畑。若干の家・・4階・・・屋上に小型飛行機・・・音のしない垂直発着用の最新型。操縦士が一人・・それと・・もう一人。銃を持っている。


こいつらも・・・一人は銃を持っている。と言うことは神官ではない。


床から嫌な気配がする。




「欲しい。光の神子」


俺は東をじろりと見た。


東も見返す。


「おまえも欲しくないか?あの光を。」


「いらないな。


 それより,誰のためにこんなことをしたんだ?」




もう一人がゆっくり立ち上がる。


 「おまえに話す必要はないだろう。」


 そいつが突然足下の床を踏んだ。かたん


 予想していたとおりだ。俺は奴らのいる方へ素早く飛んだ。床はぱっくり開いている。


「ほう。よけたか。」


来る・・・俺は東を盾に立つ。銃口がこちらを向いている。


「盾にしたか。ふん。俺はそいつごと撃ってもかまわんのだがな。」


「何を言い出すんだ。」


東が焦っている。


面白くなさそうにそいつは銃をしまった。その手はまだ銃を握っているのだろう。ポケットに入ったままだ。俺も同時にポケットに手を入れている。俺のポケットに入っているのは銃ばかりではない・・・


 無言の時間が過ぎる・・・


「もう一度聞く。誰のために。何のために?」


ふふんという感じで、東でない奴が笑う。


「あの方のために。」


「あの方?」


「おまえなぞ会えもしない素晴らしい方だ。」


東もにやりと笑う。


「そうだ。全てはあの方のために。」


・・・・・そろそろ屋上の奴もじれてきたようだ。




「残念だよ。せっかくクラスメイトになれたのに。」


俺はポケットから素早く出した手をそのまま下に落とす。手の中から落ちた物からしゅうしゅうと音がし始める。


東が崩れ落ちると同時に俺はもう一人に飛びかかる。2発の銃声。一瞬の後。そいつも倒れていた。薬が効いたか?弾が当たったか?血も流れている。殺してしまったか?


 そばに行く。大丈夫だ。息をしている。撃ったところは右腕だ。左の訓練もしているのでなければ、銃は持てまい。


 ちっ。俺は左肩を押さえる。弾がかすってしまった。




 屋上に行かなければ。当たりを付けていた階段を駆け上がる。


だが・・・小型飛行機はすでに頭上高く昇っていくところだった。


 おそらく室内の様子を伺っていたに違いない。・・・と言うことは、倫子ちゃんの存在も力もすべて汎国に情報が渡ったと思わなければ。いや。汎国だと断言は出来ない。あの方とは誰のことだ?




 それにしてもあの二人は簡単にとらえることが出来た。


 こんなに簡単でいいのだろうか。何か仕掛けがありそうな気もするが・・・




 その後、端末で城山氏に連絡を取りながら二人を逃げられないようにきっちり拘束した。


 東の腕には姿変えが出来ないように俺の祈りを込めた腕輪をきっちりはめさせてもらった。こいつの姿替えは、闇の力のはず。・・・案の定、腕輪をはめた後、東の姿替えは解け、薄い茶髪で30代くらいの小柄な細身の男が現れた。




 城山氏の家から1時間半ほど離れたここに他の警備の者が来るまで少し時間がかかるだろう。逃げた小型飛行機の行方も気になるしな。レーダーに引っかかればいいのだが。おそらく無理だろう。城山氏は広川氏と連絡を取り合い、すぐにでも政府関係者がこちらに来るだろうと言っていたが。


 目を覚ますのが先か。来るのが先か。


 肩がうずく。




広川氏の寄越した組織の者が着いた。慌ただしく検証をする中、奴らはようやく目を覚ました。これから護送され,様々な尋問なんかが始まるんだろう。そこには俺の出番はない。


 肩の手当が終わった俺は、東の腕輪は外さないようにとくれぐれも念を押してから、城山氏が寄越した迎えの車に乗った。腕輪は外そうとすると警告音が出る。無理にとろうとすると・・・結構大変なことになるだろうよ。


迎えは・・・坂木さんだ。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫です。」


「また遠くまでお出かけだったんですね。」


 この人はどこまで知っているのだろう。嫌な気配は感じられないんだが、少し気になる人だ。

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