第48話

私たちはじりじりしながら情報処理室で待っていた。




 しばらくすると、広川さんの迎えの車もやってきた。


 そこに広川さんのお母さんも乗ってきていた。




『夏美を迎えに行こうとしたら、家にあるすべての車が動かなくなっていたんです。


 ようやく修理屋さんやらなにやら呼んで動くようになった1台で迎えに行ってもらったんですけど・・・いくら呼び出しても端末には出ないし・・・迎えの約束の場所にもいないし・・・・。』




 どうしたのだろうと慌てていたところにおじいさんからの連絡がいったらしい。


お母さんは何度も何度もお礼を言って広川さんを連れて帰っていった。広川さんは最後までどうなったか知りたいからここにいると言い張っていたが、お父さんからも端末で説得され、仕方なく帰って行った。


 後で聞かせてね。絶対よ。そんな言葉を残して。




・・・・・




影からの連絡が入った。


 あの二人を拘束したらしい。


 おじいさんは直ちにその場所に警備の者と救援を送ると言っていた。救援?


聞けば、影はどうやら負傷したらしい。大丈夫なのだろうか。




「倫子ちゃんはもうねなさい。」


この体は正直だ。眠くてくにゃくにゃしている。


「いいえ。」


「じゃあ、そこのソファーに横になっていなさい。影が戻ってきたら起こしてあげるから。」




 そんなことを言われても・・・




ざわざわする声で目が覚めた。いつの間に寝てしまったんだろか。


 影が近くのソファーにいた。


「やあ、倫子ちゃん。」


私は慌てて起き上がり、そばに行く。


「怪我は?大丈夫なの?」


「ははは。大丈夫だよ。」


肩の辺りから妙な気配を感じる。




コレハ アブナイワ


リンコチャン テヲ




私の手が独りでに上がり、影の肩の辺りに手のひらが向く


光・・・やわらかな光だ。




「っ・・・・・」




光は消えた・・




 無言で私をじっと見た後、影は肩を回す。


「驚いた。何ともない。」


 光に気づいてこちらを見ていたおじいさんとおばあさん、見たことのない黒服の人たちも影のそばに寄ってくる。私は元のソファーに崩れるように座り込んだ。




「こ・・・これは。」


上着とシャツを脱ぎ、血のにじんだ包帯をほどき出す。


むき出しになった影の肩を見てみんな驚いた。


私ももちろん驚いたが。




「傷がない。」




モウ ダイジョウブヨ


ヘンナ ケハイハ キエタワ




私は手のひらをじっと見る。ここに来てから見慣れている、私の小さな手。何の変哲もない手だ。私はどうなっているんだろう。




影の周りのざわめきが遠くに聞こえる。




私はそのまま眠ってしまったらしい。




朝。いつものように自分の部屋で目覚めた私は、いつものように起こしに来た一恵さんと食堂を目指す。おじいさんとおばあさんの他に影がいる。


「おはようございます。」


「おはよう。」


「今日からしばらくこの家にお世話になります。茨城です。」


「あ。はい。よろしくお願いします。」




 どうなったのだろう。食事が済むのももどかしく、図書室に移動する。




 私が夕べ眠った後、細かい打ち合わせがあったそうだ。


 日曜日の今日は、普通に私は私として過ごす。影がすり替わるのは月曜日から。


 その間私は影として家で過ごすことになるらしい。


 影は、おばあさんの研究の助手という名目でこの家に滞在する。




「助手なら一緒に学園に行かなければいけないのではないですか?」


「外つ国からの研究者と言うことで、たまには学園に行くけれど、普段はここにいて昔の文献を読んでいると言うことにするのよ。」


「そうすれば、図書室にいても変に思われないしな。」


「たまには学園に行くことも出来るしね。」




 もし、この設定がないとすると、家の誰にも見られてはいけないと言うことで、かなり行動が制限されてしまいそうだ。


 神殿でしばらくお世話になる・・・だめだ。ダブって見える神官に見られる。あの神官はどうなったんだろう。あのままかしら・・・思考がそれる。




 確かにおじいさんとおばあさんの言うとおりだ。私が家にいて変に思われない・・・私でなく、影の姿でいることになりそうだが・・・この機会にまだ読み終わっていない蔵書をあさろう。何か今後の行動に結びつく記事があるかもしれない。




影がもっと完全に擬態したいと言うので、二人でいろいろなことを話すことになった。


歩き方や話し方、交友関係や昼食時の会話、影はほとんどすべてを掌握しているようだったが・・・。


「観察していたからな。」


 私は観察されていたのか。


「東は監視していたぜ。英田もな。広川さんも監視対象だったみたいだがな。」






 月曜日の朝、目が覚めると、もう日は高く昇っており、私は私の部屋でなく影の部屋に寝かされていた。


 そうだ。今日から影が私。




・・・・今日からしばらく1日中この家から出られない。情報処理室にいるか・・・図書室か。私はおじいさんから茨城の姿にしてもらう。

「少し訓練すれば、自分でも姿替えはできる。」

と、おじいさんが教えてくれた。おじいさんは私が起きるのを待っていたようで、すぐ学園に向かっていった。寝坊しちゃって申し訳なかった。

それから朝食をとりに移動する。


食堂には一恵さんがいて、


「茨城さん、ぐっすり眠れたみたいですね。


朝食はどうしますか?というか・・・もう昼食ですけれど。」


とにっこりする。


この人なかなか言う人なんだわ。改めて思う。


私には小さな子どもの姿だから優しいのかしら。


・・・この人は本当に信用出来るのかしら・・・




ダイジョウブヨ コノヒトハ ダイジョウブ


イツモ リンコチャント リンタロウクンノコト


ダイジニオモッテル




ダカラ イマ 


コノ イバラキサンヲ 


アヤシイヤツト オモッテイルノヨ




疑問に答えるように光が言う。


私は安心してにこにこしながら、


「ジュースだけください。」


と、いつも私が好んで飲んでいるオレンジジュースを指した。




おや・・・と言う顔をした一恵さんがジュースを手渡してくれる。


「倫子ちゃんもそのジュースが大好きなんですよ。」


「俺も好きだな。この味。」


「ありがとうございます。それ、私のレシピなんですよ。」


「へえ。今度教えてくださいよ。国に帰っても飲みたいな。」


あまりしゃべるとぼろが出る・・・。でも、初めて知った。このオレンジジュースが一恵さんのレシピだって。いつも私のことを考えてくれているってこと分かった。


一恵さんは聞かせると言うことなしに、


「今日は倫子ちゃんはこのジュースを飲まないで行ったんですよねぇ。いつもなら2杯は飲んでいくのに。ちょっと心配してるんですよ。」


とつぶやきながら厨房の方へ去って行った。


影・・・私の飲み物の好みを忘れていたのか。影にしては・・・・




ジュースを飲んだ後、厨房にコップを返した私は図書室に移動した。




しばらくしたらおばあさんがお昼を持ってきてくれた。確かにお昼の方が近い時間だった。寝過ぎたことをしばし反省する。


 おばあさんはこれから大学園に行くと言うが、私にはここにいるようにと言う。少し考えてから図書室にずっといると言ったら、


「『大事な書類を広げていくので掃除はしなくてよい。気が散ると行けないから入らないでくれ』と使用人の皆さんに伝えておいたので、図書室では擬態せずに自分のままでいられるわよ。」


という。ありがたい。自分で姿を変えられるように練習もできる。練習中は人に見られたくないけれど、中から鍵もかかるので大丈夫だろう。




 図書室で時計とにらめっこする。


 時間はゆっくりすぎていく。


 広川さんは学園に行ったのだろうか・・・


 お休みしているんだろうか・・・




 ・・行っているとしたら、昼休みの時間まで連絡出来ない。


 ようやく昼休み。私は端末を握りしめる。まだまだ。多分今は移動中。そろそろいつもの場所に座る頃・・・・もう食べ終わったかしら・・・




 突然端末が音を立てる。


びくん・・・ 心臓が飛び跳ねる。だれ?




『私よ。倫子。』


 影?


「何かあったの?」


『おばあさん、今日はね。広川さんがお休みなの。でね。英田さんの家に誘われたの。』


「・・・・・・」


言葉を失った。


仕掛けてきた。英田さん。何が目的?


『行ってもいいかしら?』


「危ないわ。」


こっちの心配など気にした様子もなく、会話でない会話は進む。


『ありがとうおばあさん。』


「一人で大丈夫なの?」


『一人でも大丈夫よ。送り迎えも英田さんがしてくれるって言ってるわ。そうよね?英田さん。』


 端末の向こうで英田さんが話す声が聞こえる。


「山名さんは?一緒なの?」


『山名さん?・・・山名さんは一緒に行くの?』


 誰かに話しかけている声がする。


『山名さんは用事があって行けないんですって。』


「十分注意してね。」


『おじいさんにも伝えておいてね。』


当たり障りがないような答えで返す影。不安がこみ上げる。


 もう通信は切れている。どうしたらいいんだろう。とにかくおじいさんに連絡だ。


















すべてが終わったのはそれから3日後だった。



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