第32話 私たちは迷っている
長いふわふわとした茶色の髪を一恵さんが上手に結い上げてくれた。三つ編みにした髪のお団子が耳の上の方に1個ずつ2つ。そこにふわっとしたかざりを付けてくれる。
わぁこの髪型。小さい頃あこがれていた髪型だ。髪の毛が短くて出来ないからがんばって伸ばしたんだけど、なかなかうまく出来なくて。結局ツインテールにしか結えなかったっけ。
濃い茶色の制服に白いブラウス、臙脂のリボン。上着と同色のプリーツスカート。
夕べのうちにできあがってきた制服を着、臙脂のリボンを持って食堂へ行く。
「おはようございます。」
夏休みの終わりから一緒に住むようになったおじいさんとおばあさんがすでに席に着いていた。
「あら。倫子ちゃん。その髪型かわいいわ。」
おばあさんがニコニコしながらおっしゃった。
「ありがとうございます。」
うんうんと頷きながら、
「夏休み中ちょっと成長したって感じだから、そんなに違和感がないわよ。
髪の色もそんなに目立たないし。染めたのって言っとけば。」
と続けてくれた。そんなに違和感がないのか。それはよかった。
・・・この年で染めてるってのはちょっと・・・小学生が髪を染めるのは職業柄賛成できない・・・あ。私はもう教師じゃないんだった・・・
少し遅れて倫太郎君もやってきた。
「おはようございます。」
穏やかな朝の風景・・・
「倫太郎、倫子ちゃん。」
急におじいさんが改まった口調で話を切り出した。
「実は、昨日おまえ達のクラスに二人の転入生がきた。」
「二人もですか?」
スープをすくうために持っていたスプーンを下ろして倫太郎君が聞き返す。
「うむ。」
・・・・・なんとも言えない空気が流れた。
「で?すみません。話がよく見えないのですが。」
・・・
「一人は多分、政府から派遣されてきた護衛。
もう一人は分からん。」
・・・
「護衛の名前は?」
「聞かされておらん。一人だから分かると思っていたんだが。まさか二人とは。」
苦い顔をしているおじいさん・・
「転入の書類は?」
「二人とも普通。」
サラダをつつきながら倫太郎君とおじいさんの話を聞く。
おばあさんも黙って聞いている。
「とにかく・・十分注意するように。」
「おじいさんにしては曖昧な言い方ですね。」
「・・・政府に問い合わせてみたんだが、依頼しているだけなので詳しくはそっちの部署に問い合わせてみるとのことだったのだが・・・」
「はっきりしたことは教えてもらえなかったと言うことですね。」
「何か考えがあるのだと言われてな。」
「安全に『何か』なんて!!!」
・・・・
「・・・ごちそうさまでした。」
「行こうか。」
「うん。」
私達は立ち上がった。あれ?おじいさん、一緒に行かないのかな?
「先に行っていておくれ。これからもう一度政府に連絡をしてから行くよ。」
なるほど。
車に乗ってから、臙脂のりボンを結ぶ。うまく結べないので、いつも倫太郎君が最後の仕上げをしてくれる。・・・倫太郎君がいないときは大体広川さんが気が付いて直してくれる。一人で出来ないってちょっと悲しいこと。
久しぶりの学園。
車から降りたら、なんだか視線が痛かった。
「リンちゃん?リンちゃんなの?」
弾んだ声が近づいてくる。広川さんだ。
「おはようございます。」
「おはよう。リンちゃん、倫太郎君。
なんだか大きくなったわねぇ。気のせいかしらね。」
・・・
「髪型も変わったわね。ちょっと茶色っぽく見えるけど・・・染めたの?」
かわいいわ・・・ つぶやいて私の髪に触りたそうにしているけれど、複雑そうな髪型なので諦めたみたいだ。
「いいえ。夏休み、日に当たりすぎたら焼けちゃったみたいです。」
こんな言い訳あるかなぁ・・・・
広川さんと一緒に歩く。倫太郎君は私の後ろだ。転んだり、歩くのがつらくなりそうだったら過ぎ抱き上げられるようにらしい。
すれ違う人や、立ち止まってしゃべっている人達が私を見て
「おはよう」
と声を掛けてくれる。
「もう大丈夫なの?」
って聞いてくれる人もいる。
「はい。すっかり良くなりました。」
そう返しながら、教室に向かう。
久しぶりの学園の空気。学校とは名前が違うけど、やっぱり学校はいい。
教室に入ると、いつものお姉様方がわっと寄ってくる。
「大丈夫?」
「昨日はどうしたの?」
「あら、髪を染めたの?」
「かわいいわ。」
口々に言ってくるから困惑してしまう。
・・・
先生が教室に入ってきた。
みんなさ~っと席に着く。
視線?!
感じた方向に目をやると、見慣れない顔だ。焦げ茶色の髪に、茶色の目・・・のように見える。朝の話に出てきた転入生の一人?
倫太郎君の方を見ると険しい顔をしてその顔をにらんでいた。
もう一つ視線を感じた。同じような鋭い視線だ。
私の後方から感じられるため、振り返ることが出来ない。すでにホームルームが始まっているから。
先生が出て行った後で後ろを振り返って顔を確認する。黒髪に黒い目が私を見つめ返す。
この人が護衛の人?それともさっきの人が護衛の人?
どちらからも黒いもやは感じられない。分からない。
・・・・・
夏休みの後は教科が若干変わっていた。
数学は変わらない。化学が物理学になったようだ。苦手分野だ。薬学はそのまま変わらず。外国語もそのままだが、文法が入るということだ。
体育もあるそうで、今季は陸上だという。これは無理。まだ足は当分無理できないし、今季の体育は見学になる。今季は体育祭も予定されているとかで、今週中に出場種目決めもするらしい。私はこれも多分見学になるだろうな。残念。
お昼を食べながら、昨日のことなどいろいろ聞いた。デートのこととか、楽しそうだな。
「リンちゃんの夏休みは?」
聞かれたから、
「前半はベッド。後半は車いす」
って簡単に説明した。みんな顔を見合わせて、しまったって顔したから,
「ははは。ちゃんと避暑にも行ったよ。人の神殿に行って美味しい物たくさん食べたし。」
と続けたら、みんな安心していた。ごめんなさい。心配掛けて。
教室に戻ったら、倫太郎君が待ち構えていて私に話しかけてきた。
「ちょっといいかな。」
二人で教室を出て学園長室に向かった。
学園長室ではおじいさんが待っていた。
私たちが座ると,ゆっくりお茶を入れてくれながら,
「困ったことになった。」
と言い始めた。
「なんですか?」
「転入生だが,、中央の方から来た護衛で、元々だれだか分からないような活動をしてきた人物らしい。従って、情報がほぼないのだそうだ。」
「?そんなことってあるんですか?」
信じられない。どんな人物か、全く把握できない人物を政府が使うなんて。
「コードネームはあるらしい。」
「は?」
「コードネームだよ。倫子ちゃん。」
・・・
「まさか・・・セブンとか・・・・」
私は昔見た映画を思い出してつぶやいた。
「いや。『影』だそうだ。」
二人とも影という雰囲気でなかった。
私がそう言うと、おじいさんはううむとうなって考えていた。
「私も学園内巡視という名目でクラスをのぞいてみようと思うよ。」
おじいさんがそう言っているうちに昼休みは終わってしまった。
コードネーム影という護衛さん。誰?どっち?
もう一人についてこそ情報が全くない。二人の転入生。どっちが味方か・・・両方味方か・・・それとも・・・
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