第7話 私は試験を受けている

車を降りると学園の玄関口だった。


 茶色いその建物は学園には見えない。


 まるでどこかの研究所みたいだ。




 建物の中を倫太郎君は迷いも無く進んでいく。 


 私は少し小走りに続いていく。


すぐ気がついたらしく、倫太郎君は立ち止まって私に手をさしのべる。これってまた手をつなごうってことだよね。淡い空色のワンピースの胸元で指輪がきらきらと光っている。


 私の胸元を見て倫太郎君が微笑んだ。


 手をつないで二人で進む。


一つの大きなドアの前で倫太郎君は立ち止まる。


 コンコン


「どうぞ」




 ドアを開けて二人で入る。




中には手前にソファー、奥にはついたてがあった。


「よく来たね。」


「おじいさん?!」


 そこにいたのは倫太郎君のおじいさんだった。


「おじいさんと呼んでくれるんだね。」


「お久しぶりです。」


 私がおじいさんと挨拶をしている間、倫太郎君はまじめな顔でおじいさんと私を見ていた。


「ようやく呼べました。ご協力ありがとうございました。」


 倫太郎君がおじいさんに頭を下げた。


「いや。理論通り、ちゃんとこちらの世界の理に従ったようで何よりだ。」


「中身は60歳ですけれど」


 私が言うと、おじいさんは大きな声で笑った。


「いや。かわいらしい60歳だ。」




 ソファーに座わると、おじいさんの手ずからコーヒーを煎れてくれる。


「倫子ちゃんにはお気の毒だが、コーヒーはその体には毒だからね。」


 そんなことを言って、コーヒーメーカーがぽこぽこ音を立てている間に冷蔵庫からオレンジジュースを出してくれる。


「私の体はこの先どうなっていくんですか?」


 これを機に聞きたいことを聞いてみよう。




 おじいさんは少し考えてから頷いた。




「倫子ちゃん、分かっているとは思うが、この世界はいわゆる重なった世界、多次元世界の一つなんだ。


倫子ちゃんの世界とうっすら重なり合って・・・でも違う世界。


 こちらの1年はそちらの10年。こちらの1日はそちらの10日。


 だから、こちらでは5年前のことが、倫子ちゃんには50年前のこと・・・と言うことだよ。」


「倫太郎君は、鏡の中の国だって言ってました。」


「うん。わかりやすいかもしれないね。隣にあって、でも隣では無い国。鏡のように反対には写っていないけれどね。」


おじいさんの話はまだまだ続く。




「・・・で、なんで私が低学園に通わなければならないんですか?」


「城山家に住む6歳のお嬢さんが家で遊んでいるわけにいかないって言うのが本音かな。」


「・・・・でも、私、大学院まで終わっているんですけれど。」




「う~ん。こちらの学習内容とそちらの物では・・ちょっと違うと思うんだよ。低学年ではどうかというなら、まず試験を受けてくれないか?!」


「こちらには飛び級の制度もあるし。」


倫太郎君も言う。


「まず、編入試験を先に受けてくれ。その結果で学年を決めようじゃないか。」


 ・・・私、学力試されるの?昔の勉強内容なんて忘れているかも・・・




 早速と言うことで学長室の隣に案内される。


「会議室だよ。」


 秘書の方が問題用紙と筆記用具を運んできた。


 え?こんなにたくさん?何冊あるの?




 とりあえず、簡単な方から1つずつやり始める。




1冊目 小学校低・中学年くらいの内容・・・楽勝


2冊目 小学校高学年くらいの内容・・・楽勝


 3冊目 中学校くらいの内容・・・楽?あれ?これって何?薬学?こんなのをしているの?でも意外でしょうけど私、薬学もやっているのよね。生物と化学の教員免状も持っていたりするし。


 教員採用試験を受けるとき、何で研究職に入らないで、今までの知識を無駄にするみたいに小学校教諭なんだ?と、親とか周りの友達にまでさんざん言われたっけ。


 ・・・だから小学校なんじゃないの。小学校で小さいうちに大事なこと教えたかったんだ。




 解いていく端から、採点に回されていく。最後の科目を書き終わると、また隣の学長室に案内された。


 心配そうに倫太郎君が待っていた。


 もしかして、ずっといたのかな。


 もう夕方なのに。




「どうだった?」


「う~ん。」


 自分のことは分からないけれど、そんなに難しくなかったよ。そう言うと倫太郎君はほっとしたようだった。




 お茶とジュースとクッキーを前に二人でまったりしていると,おじいさんが入ってきた。


「倫子ちゃん、おめでとう。春から高学園の学生だよ。」


「すごいや。2学園飛ばしちゃったんだね。」


「ありがとう?ございます。でも・・・分からない問題もあったんですが。」


「いや。あそこまでしっかり書けていれば、後は家で少し予習さえしていけば十分ついていける。倫太郎と一緒に明日から勉強するといい。」




分からないこととは、歴史・天文・・・これは分からなかった。それから呪術・・何これ。後で聞いてみよう。




 おじいさんはおばあさんと一緒にこの学園内の職員用の居住地区に住んでいるそうだ。何かあったとき、対応しやすいからと言うことだ。春休みは新年度準備でいろいろ忙しいので帰らないが、夏休みには家に帰るからと言われた。




 建物を出ると、車が待っていた。もうすっかり暗い。神殿にはまた後で行くことにして家に向かう。


 少し疲れてうとうとしてしまったらしい。


 気がつくと家に着いていた。




 夕食の後、ゆっくり入浴して寝る支度をする。髪を乾かしているとき倫太郎君がやってきた。




「明日から一緒に勉強しよう。朝食の後、先生が来てくれるからね。」


「どんなことを勉強するの?」


「倫子ちゃんの世界になかった教科だね。


 多分、まずは歴史・天文・呪術・言霊かな。中学園卒園ではここまで分かっていれば大丈夫だから。」


呪術?言霊?


「倫子ちゃんなら1週間もあれば大丈夫さ。


 で。これ。」


渡されたのは猫の模様がついた袋だった。中にはやはり猫の模様のついたノートだの筆記用具だのが入っていた。


「?!」


「見ていたでしょう?」


 いつの間に買ったんだろう。


 昔飼っていて、引っ越しの時いなくなった三毛猫。猫の絵を見ると時々思い出す。


 なんかうれしい。


「それから。指輪をちょっと貸して。祈りをつけるから。」


 祈りを付けるって。




指輪を受け取った倫太郎君が部屋を出て行く。


「祈りを付けるって何ですか?」


 一恵さんに聞くと


「守りを付けるってことですよ。倫太郎様の言霊は強力ですからきっと素晴らしい守りになることでしょう。高学園でいつも一緒というわけにはいかないでしょうから。」

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