第27話 私は夏休みを楽しんでいる2
爽やかな涼風が頬をなでる。
「わぁ。」
オールは思ったより大きい。
漕ごうにも重くて動かせない。
両手なんて無理無理。片手だと回ってしまうから倫太郎君だけが漕ぐ。
「うわっ。結構きついね。」
「ごめん。私って重い?」
「まさか。」
みんな楽しそうに笑っていた。1位はなんと、一恵さんと坂木さんのペアだった。
もちろん、こぎ手が一人しかいない倫太郎君と私の船はビリだった。もちろん競争していた護衛の人達はとっくに上陸している。
遅い私たちのすぐそばを私たちの護衛の人達を乗せた船が伴走していた。遅すぎてかえって大変そうだなって思った。みんな護衛の人が来ているのかなと思ったけれど、何かあったときの対応をするために、別荘にも2人残っているんだそうだ。
上陸すると、実は・・・って坂木さんが申し訳なさそうに言った。
坂木さんは大学園の頃、ボート部だったそうだ。
意外な特技だね。とみんなで笑いながら島の中心にある神殿を目指していた。
護衛の人が先導してくれる。その後に私と倫太郎君は先頭を歩く。私の歩調に合わせてみんなもゆっくりゆっくり歩いてくれる。
木々がうっそうと茂り、時折鳥の鳴き声もする。暑さを忘れるくらい・・陽の光もあまり届かない。時々木の葉の陰から日が差している様子は美しい。
土の香り。腐葉土の香り。時々獣臭もする。何かいるのかな・・・うさぎ?たぬき?この世界にもいるのかな・・・とりとめもないことを考えていると・・何か急に空気が重く感じられる・・あの3人を思わせるような重苦しい黒い・・・
・・何?不意に先頭を歩く護衛の人達と倫太郎君が立ち止まる。
ガサガサガサ・・・急に藪が割れ、迷彩の服を着た男が数人出てきた。
「城山教授とそのご家族とお見受けする。」
素早く護衛の人たちが私たちを囲むように立つ。
「私に何か用かね。」
ゆっくりおじいさんが前に出る。私は倫太郎君の後ろに押しやられた。私の後ろには一恵さんが立つ。それを確認してから,倫太郎君はゆっくり腕を前に伸ばす・・・
「おっと,私たちはただここにいるだけですよ。何もしていません。不穏な動きはやめていただきたいですな。」
迷彩服の一人が言う。
「ただいるだけならば、なぜ我々を脅すように急に出てくるんだ?」
おじいさんがとがめるように言う。
「ただのご挨拶ですよ。」
迷彩服の一人が言う。
「その割に、名乗らないのはけしからん。」
我慢できなくなったのか、お父さんが口を出す。
「これは失礼しました。」
迷彩服が言う。
「いや。後ろの人には見覚えがあるよ。」
倫太郎君が応えたところで、
「ほう。立木を覚えていましたか。」
さっきから話している迷彩服が答える。
「で、あなたは?」
おじいさんは穏やかに尋ねる。
「もう,・・・気がついていらっしゃるのではありませんか?」
ゆっくりとした口調で迷彩服が言う。なんとなくこの国の人ではないなと思わせる話し方だ。
「それでも。あなたの口からお聞きしたいですな。」
おじいさんが言う・・・
その間、誰一人動かない。・・・思い出したように鳥の鳴き声がする。草の匂いがする・・・
「わたしは、金田 修平といいます。」
「やはり。」
おじいさんが頷く。
「っ・・まさか・・・ご本人とは・・・」
お父さんがうめく。
「ですから、このように護衛を連れていますのでね。」
・・・華国の首相はにっこり笑った。
「お会いしたかったのですよ。
隠されてしまいましたけれど。そちらのお嬢さんとね。」
「見せるほどではありませんよ。」
素っ気なく倫太郎君が言う。
ちょっと私に対して失礼な言い方だけど、この場合当然の反応か。
時々、木漏れ日が揺れて、みんなの顔を照らす。
遠くから人の声がしてきた。
お互いそれに気づいて、少し顔をゆがめる。
「誰か来たようですな。」
おじいさんがしらっと言う。
華国の首相は苦々しい顔で
「是非場所を変えてお話ししたいのですがね。」
と、私をのぞき込むようなそぶりで話しかけてくる・・
「お断りします。」
と、倫太郎君。
「・・・せめて国家を通してからにしてください。」
と、おじいさん。
「それが出来れば、こんなことを企てませんよ。」
ため息とともに金田と名乗った男はつぶやくように言う。
「首相。」
立木と呼ばれた人が声をかける。
声がますます近づいてきているのだ。
「仕方ありませんね。ではまた。」
男達はまたガサガサと藪の中に消えていった。
不意に空気の重さがなくなる。呼吸が楽になる。
遠くから聞こえていた声はどんどん近づいてくる。
「我々もいきましょうよ。」
静かに動向を見ていたおばあさんが言う。
「そうですね。」
お母さんも頷く。
無言で残りの道のりを歩く。
倫太郎君は黙って私を抱き上げてくれた。少し疲れていたのが分かったんだ。倫太郎君はしっかり私を抱き上げて迷いのない足取りで進んでいる。重くないのかな・・・
・・・・・
なぜ華国の人たちは私たちがここに、今日来ることを知っていたんだろう。私でさえ今朝知ったのに・・まさか・・・誰か私たちの動きを漏らしている者が??
疑問が心を横切る・・あの重苦しさは何?
「ここは『人』の神殿なんだ。」
神殿は薄茶色の煉瓦のようなもので作られていた。
中は薄いグリーンで統一されていた。
「ご神体は?」
「ごしんたい?」
おじいさんが反応する。
「祈りの対象にするものです。こういう場なら、ご神体は湖か・・この島・・」
「そういうものはこちらにはありませんね。」
おばあさんが言う。
「何に祈るんですか?」
「何にではなく、何をですね。」
お母さんも言う。
「何に。でなく、何を・・・?」
つまり、祈りの対象はものではなく,・・・思い?
「私のいたところでは、祈りは神や仏などに対する願いです。そして感謝でもあります。」
おじいさんが頷く。
「なるほど。」
お父さんが言う。
「こちらでは、祈ることは・・世界に光を注ぐことです。」
「・・・祈りは光を注ぐこと?」
おもしろい考え方だ。何かを願うのでなく、何かに感謝するわけでもなく、ただ光を注ぐこと・・・それがこの世界の祈り・・・
「では・・天の力って何なんですか?」
「それについてはここではちょっと。」
・・・・「人」の神殿の中は観光客が行き交っていた。
確かに此処でする話題ではなかろう。
私たちが上ってきた道は、神殿の裏側に当たるそうだ。
「表側に出てみましょう。」
おばあさんが提案する。おじいさんも頷いて、何か坂木さんにささやいた。
坂木さんはさっと先に出ていった。警備の確認かしら・・・
神殿の表側に行ってみると、開けていて、日本の有名な寺や神社の前のように賑わっていた。
「わぁ。」
両側には美味しそうな匂いをただよわせているお店がずらっと並んでいる。少し行ったところには、噴水と広場があり、その周りにはいろいろなものを売る屋台も出ていた。
倫太郎君は、抱いていた私を下ろしてくれた。
「難しいことから離れて楽しもうよ。」
大人達が集まって話を始めたから、倫太郎君は私の手を取って屋台に近づいていく。
少し遠ざかってからさりげなく話しかける。
「倫太郎君。私たちの動きを誰かが探っているってことなの?」
「・・・そうだね・・まあ、警備のこととか、大人に任せておけばいいよ。」
嘘だ。倫太郎君は後で呼ばれて何かするに違いない。
「私、中身は大人なんだよ。私を仲間はずれにしないで。」
倫太郎君はさみしそうに笑った・・・
「今はただの子どもと子どもだよ。楽しもう。」
・・・そう言われれば何も返せない。
美味しそうな串焼きとか、クレープみたいなものとか、アイスクリームだとか・・
最近はあまり食べられなくなっていた脂っこそうなものも今の体は受け付ける。
でも、胃袋が小さいのでたくさんは入らない。
倫太郎君はどれも1つずつ買っていく。串焼きを最初にかじらせてくれた。順番にかじって1つのものを食べる。クレープも、カップに入った見慣れないきれいな果物も・・・2人で分け合って食べると、そのものの味よりさらに美味しいみたいだ。
「お兄ちゃん、妹さんと半分こかい?偉いな。ほらお兄ちゃんのために1個おまけしてやるよ。」
なんて言ってくれる人もいる。
しばらく堪能していると、護衛の人やおじいさん達がやってきた。
「帰ろう。」
帰りはボートでなく、表側の船着き場から白い鳥の形をした大きな船に乗った。どこかの湖にある観光用白鳥号みたいだ。
涼しい風が吹く。二人で甲板に並んで立って、後にしてきた島やこれから着く船着き場を見る。
こんな小さな体じゃなくて、ちゃんと倫太郎君と同じような年頃の子だったら良かったのに・・・なんて考えてしまう。
この世界になじんで・・この世界のことを何でも知っていて・・・そして・・・
60歳のおばちゃんと、15歳の倫太郎君が並んでいる姿は・・・思いたくもない。実際は、倫太郎君は私の世界で言えば150歳なのだけれど。しわしわのおじいさんの倫太郎君を想像・・・できない。
その夜はさすがに夕飯が入らなかった。
美味しそうな山鳥の料理だったのに。少し残念。
それにしても・・華国の首相が私?に会いに来るなんて。
倫太郎君やおじいさんは、どうして話し合いをする気はなかったんだろう。
どうして私に会いたかったんだろう。
・・・
そして何よりあの重苦しさは何?
・・・
あの3人に通じるようなあの重苦しさ・・・
・・・どうもまだよく飲み込めない天の力。早く覚醒出来るといいんだけれど。
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