第26話 私は夏休みを楽しんでいる1
次の日は、井部先輩が来てくれた。
井部先輩が部屋にいるときは、なぜか倫太郎君もずっと一緒に部屋にいた。
昨日、3人のお姉様方が来た時は寄りつきもしなかった癖に。
井部先輩にこっそりそう言ったら、ものすごく笑っていた。
「先輩。助けてくださってありがとうございました。」
「いやいや。もう少し早く目が覚めていたら、けがなんぞさせなかったさ。悪かったね。
誰かが来ると嫌だったから、隠れて寝ていた上に耳栓までしていたし。ちょっと寝不足だったものだから。」
「いいえ。ちょうどいてくださったおかげで、あれ以上のけがをしなくて済んだんですもの。ありがたかったです。」
・・・あの3人の人払いにも引っかからずに寝ていたと言う先輩。不思議な人だ。
先輩も、ラプ・ブルーメのお菓子を持ってきてくださっていた。
先輩は主に私が気を失っていた間のことをわかりやすく説明してくださった。
すぐに,端末で山之内先生に連絡し・・・
ずっと目を覚まさなかったので、頭を打っているのではないかと心配し・・・
最後は救急車に乗るところまで見届けたのだそうだ。
「ご心配をおかけしました。」
倫太郎君も、先輩の動きを改めて確認し、感謝の言葉を述べていた。
「いいんだよ。こんなにかわいいお嬢さんのためだからね。」
・・・なんて恥ずかしいことを平気で言えるんだろう。この人は。
先輩が帰った後で、倫太郎君と一緒に先輩が持ってきてくださったお菓子をつまんだ。
そう言えば・・・と、最初に案内してくれたときのお菓子屋さんの話をしたら、倫太郎君は「しまった」って顔をしていた。忘れていたんだね。
明後日から夏休み。この世界の夏休みはどんな風なんだろう。久しぶりに学生として過ごす夏休み。足のことさえなければもっと楽しい気分で迎えられるのに。
そんなこんなで、トイレとお風呂と移動には一恵さんの世話にならなければいけなくて、ちょっと大変だったけど。このときばかりは小さな体で良かったと思った。大人の体なら、お風呂の世話も一恵さん一人では大変だろうから。
ようやくギブスも少しずつとれ、歩く練習を始めた頃は、夏休みも半分以上過ぎていた。何もしないようでいて、たくさん勉強した夏休みの前半だった。
この世界の夏休みは7月半ばから9月までの2ヶ月半だ。月の呼び名も正式には別の名称があるけれど、日本と同じで簡単に1~12月という呼び方をする場合が多い。春夏秋冬の季節も呼び方も一緒だ。わかりやすくていい。
夏休みの最中に、倫太郎君のお父さんとお母さんが帰ってきた。
初めて会ったお二人は、倫太郎君とおんなじ濃い紫色の瞳をしたすてきな人たちだった。
お父さんはもう髪はごま塩・・・ロマンスグレー?。口ひげをたくわえていらっしゃる。
お母さんはかわいい感じの人だった。
そういえば、おじいさんもおばあさんもすてきな人だ。すてきと言っても、イケメンだとか美人だとかと言うつもりはない。
確かに倫太郎君の顔は整っていて、美形の部類だとは思うけれど。
おじいさんは、倫太郎君が年を経たらこんなになるんだろうな、と思わせるかっこよさ。おばあさんは優しそうなふんわりした感じの人だ。
その4人と、倫太郎君と私のあわせて6人、3週間の予定で中都国の真ん中にある湖のある県へ避暑に行った。
車で4時間くらいかかって行くと言うことで、ギブスが少し残る私のことをみんなが気遣ってくれた。
途中の休息場所では、ちゃんと歩けると言っても人混みだと転んで危ないだろうと歩くことをみんなが反対したため、車いすで移動させられた。遠慮したら、
「抱っこの方がいいの?」
って真顔で聞かれたので、
「いえいえ。車椅子、ありがとうございます。」
慌てて答えた。
そうそう。花の指輪は相変わらず私の胸元にあるけれど、指にもう一つ。いつもはめておくようにとシンプルな指輪をはめてもらったのも旅行に出かける前の夜だった。
何かあったら声に出しても、心の中でもいいから、倫太郎君の名前を呼びながら手を握るだけでいいという。
「握るとどうなるの?」
「倫子ちゃんを守るよ。」
・・・守るって・・・????
休憩するために立ち寄ったのは、緑の木々が木陰を作り、近くに小さな人工の小川も流れているすてきな休憩所だった。
そこで近くにある牧場から毎朝届くミルクで作られたというアイスクリームを食べたが、甘くてなつかしい味がして・・・美味しかった。
ようやく到着した別荘は、大きな湖の畔ほとりに建っており、遠く湖の真ん中には島も見えた。あの島の真ん中には、神殿が建っているのだそうだ。
辺りには木々が茂り、涼しい風が別荘を吹き抜けていた。
私たちは湖で泳いだり、バーベキューをしたり、久しぶりに遊びを堪能することが出来た。ただ、最初の2~3日はまだ車いす移動が多くて、つまらなかったけど・・歩く練習も徐々に距離を伸ばしていく・・・転びそうになると近くで見守ってくれている大抵は倫太郎君が抱き上げてくれた。
護衛の人達も大勢いた。
「こんなに護衛の人っていたんだね。」
「夏休みだからって危険がないわけじゃないんだ。一人に二人ずつついているんだよ。」
「多くない?」
「何かあったとき、一人がそばを離れない。もう一人が対応する。だから2人
なんだ。」
おじいさんの説明で、なるほどと思った。
夜はみんなといろいろな話をした。
倫太郎君が政府でしている仕事。
お父さんお母さんがしている仕事。
おじいさんやおばあさんがしている仕事。
みんなみんな地球上のすべての人を救うためにしているんだってこと、初めて知った。
でも、相変わらず私の力は具現せず、みんなは肝心なところは話してくれない・・・
私がしなければならないこと・・・特にないんだって。
でもそれって・・嘘だと思う。
何もしなくていいならば、世界の違う私を連れてこなくても良かったと思うから。
私がふさいでいたら、みんなで遊ぼうってことになった。
「ボート遊びをしよう。」
お父さんがそう提案したので、どうせなら、 湖の真ん中にある神殿の建っている島までみんなで競争していこうということになった。
おじいさんとおばあさん
お父さんとお母さん
倫太郎君と私
一恵さんと坂木さん
4艘のボートだ。
さらに、一緒に来ていた護衛の人たちのうち若い二人が加わって、1大イベントになってしまった。
先に湖を渡って上陸するところに警戒のために二人護衛の人達がでた後、競争する5艘のボートが一斉に湖にこぎ出す。誰もがはしゃいで楽しんでいた夏の日。
私はとても幸せだった。
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