第57話
・・・・影
椅子の波動がおかしい。倫子ちゃんの態度から椅子の波動を確認した俺は、慌てて倫子ちゃんを抱き上げた。大人の体だが、6才の重さしかないのですぐに抱き上げられる。さすがに子ども抱っこはおかしいのでいわゆるお姫様抱っこだが。
急いで部屋を出るべく出口に向かう俺たちの前に何人かの神官が現れた。まずい。
神官達は、まっすぐに俺たちの方に来た。
「どうかなさいましたか。」
蜜のように甘い声。・・・毒を含んだような。不愉快な声だ。
「いえ。ちょっと気分が悪くなったようで。大丈夫です。もう帰りますから。」
応えると、
「医務室で休んでいらっしゃい。」
「案内しますよ。」
手を取らんばかりに取り巻いてくる。
「いや。」
断ろうとすると、後ろに回った神官が背中に何かを突きつけた。銃。波動を探るまでもない。まだ俺に解除されていない物だ。まずい。
「さあ。一緒に。」
井部も背中に何か突きつけられているようだ。俺が一人ならなんと言うことはないのだが。今は倫子ちゃんを抱いている。俺はため息をついて一緒に歩き出した。
ここの神殿は嫌な空気であふれている。俺の闇が引きずられそうだ。
倫子ちゃんは大丈夫なのか・・・連れてこなければ良かったのか・・・
立派な部屋に通された。俺は倫子ちゃんを抱きながら薦められたソファーに腰を下ろし、こっそりポケットの中にあるボタンの一つを押した。
この部屋は嫌な感じが強い。何だ?
俺は辺りを探る。こんなところに・・鏡?
そこから感じられる波動は今まで感じたこともないものだった。
なんだこのまがまがしい気配がする鏡は?
『本当の善とは何?
おまえ、
俺らにわかるっていうのか?
本当の悪とは何だって?
俺らが本当に知っているっていうのか?
俺らみんな、簡単に善だ悪だといっているが
俺らほ本当はなんにも知っちゃいないんだぜ
本当の悪とは何なんだ?
本当の善とは何なんだ?
なあ、おまえらも
俺らと一緒に考えようじゃないか 』
なんだ?鏡のメッセージか?
鏡から響いている。五月蠅いくらいだ。
『俺たちは何だ,善だ。
おまえ達は何だ,悪だ
全部一つになり
全部二つになる
俺らと一緒に考えようじゃないか
本当の善とは何なんだ 』
あの詩には続きがあったのか・・・頭に響く・・・くそっ
俺は何とかその詩を無視するようにした。
頭が痛い。
しばらく待たされた後、神官長が俺たちに会うという。
ドアが開き、入ってきたのは
「倫太郎君。」
真っ青な顔をした倫子ちゃんが叫ぶ。
神官長はにやりと笑う。
「わしは神官長。倫太郎ではないな。」
「嘘よ。その体は倫太郎君のもの!!!
倫太郎君をどこにやったの!!!!」
真っ青でぐんにゃりしていたとは思えないほどの勢いで倫子ちゃんは俺を押しのけて立ち上がった。倫子ちゃんの擬態が解ける・・・まずい・・
「倫太郎君を返して!!」
・・・体は倫太郎。まさか乗っ取ったのか?そんなことが出来るのは・・
「闇の神官長?」
倫太郎の体をした神官長は俺を見てにやりと笑った。
「ほう。馬鹿ではないな。」
闇の神官・・・本当にいたのか・・話の中にだけいるのかと思っていたぜ。
闇には神殿はない。この天の神殿で・・・闇が?
「光の神子には闇の神殿へようこそだ。ここがこれからの君の住まいになる。」
どういうことだ。
「闇は光を欲するもの。光があれば完全になれるのだ。」
馬鹿なことを・・
「他の天の神官達はどう思っているんだ?」
倫太郎の姿は笑った。嫌な笑いだ。
「この神殿には天の神官は一人もいない。」
神官の一人が言った。
「俺たちは闇の一族。天の神官の姿を借りているだけさ。」
・・・・・
こいつらが元凶か。なるほど。ロザリア政府が知らないと言うわけだ。
「わしらは光の神子を得て、完全になれる。」
「全て世界は俺たちのもの。」
「わしらの思うがままになる。このロザリアも、おまえ達の日の本連合も。華国も他の全ての国々も。
今、争っている多くの国は、俺たちの手先がやっているのさ。血は流れ、闇は濃くなり、全き国に・・・全ての国が一つになるのだ。
我々こそが正義。我々こそが善。
まさしく
『本当の善とは何?
おまえ、
俺らにわかるっていうのか?
本当の悪とは何だって?
俺らが本当に知っているっていうのか?
俺らみんな、簡単に善だ悪だといっているが
俺ら本当はなんにも知っちゃいないんだぜ
本当の悪とは何なんだ?
本当の善とは何なんだ?
なあ、おまえらも
俺らと一緒に考えようじゃないか 』
俺たちは何だ,善だ。
全部一つになり
全部二つになる
俺と一緒に考えようじゃないか
本当の善とは何なんだ
ははははははははは・・・
わしらこそがこの世の真理なのだ。」
倫太郎の顔で恍惚と言うその姿は何とも異様なものだった。
そのまま倫太郎の体をした闇の神官は傍らの鏡を取り上げ、明かりに当てる・・・壁に角の生えた影が映る・・・
はははははは・・・鏡から笑う声がするような・・・頭が痛い。
神官の一人が、
「さて。神子を置いて君たちには消えてもらおうか。」
と言う。ゆっくり銃が上がる。
「まて。ここで血が流れると、後始末が面倒だ。」
もう一人が言う。
「いや。こいつらの体は使い道がある。殺すな。」
鏡を元通りに置きながら、倫太郎の体が言う。
倫子ちゃんはきょとんとしている。そうだ。彼女はロザリア語は話せないんだった。聞かせたくないからちょうど良かったな。
さっき押したボタンは通信機だ。この会話はすべてリアルタイムにこの国の俺の仲間のところへ伝わっている。奴らはすぐ動き始めているだろう。中都国にも伝わっているはずだ。
井部がゆっくり言う。
「俺たちを消す?それは無理だろう。」
俺も頷く。
「今回は倫太郎の時みたいな訳にはいかないぞ。」
倫太郎の体はまたにやりと笑った。
「倫太郎の時のようにおまえ達の体をいただくさ。
おまえ達は飲み食いしなければならないだろう?ふふふ・・・」
「飲み物か食べ物に何かを入れて倫太郎の体を乗っ取ったという訳か?」
「この鏡が助けてくれるのさ。
愉快だねえ。わしの体はもう事切れる寸前だったのさ。
この体は若い。何年も生きられるのさ。」
がたん・・・音がする。
なんだ?
倫太郎の気配・・・?・・
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