第30話 私は髪を切りたい
神殿は真っ白い建物だった。
ここは天の神殿。
周りはやはり木々で囲まれ、神殿への道だけが白く輝いていた。大理石か?
この神殿の周りには「人の神殿」のような賑わいがない。
ただ・・・そこにあるだけの神殿。
その神殿への白い道をおじいさんとおばあさんに連れられてゆっくり歩く。
遠くで警笛の音が聞こえる。あっちの方向に街の喧騒があるんだろうな。
白い道の両側も白い木だ。白樺とも違う。木の肌も、葉の裏すらも白く見える木だ。
シラカミノキ・・・胸の奥でヒカリがささやく。
神殿に入ると、神官とでも言うのだろうか、白い服の人が何人か待っていた。
私の姿を見てその人達は頭を垂れた。
「?」
囲まれるように一つの部屋に案内される。
その間・・誰も声を発しない。
おじいさんとおばあさんの姿がいつの間にか見えなくなっていた。
心細い・・・
後で知ったその部屋は、祈りの部屋だった。
その部屋には何もない。ただの広い部屋・・・いや。真ん中に柱が4本建っており、その真ん中に丸く区切られたところがあった。
・・・相撲?土俵?そんな印象さえ受ける不思議な空間だ。
・・・衣擦れの音しか聞こえない。ますます不安になる
その真ん中に案内され、座るよう身振りで示された。
戸惑っていると、脇で座るポーズをしてみせてくれる。
その通りに座る。蹲踞とでも言う座り方だ。少し浮かせた片膝が震える。
そのまま頭を垂れ、祈るようにと仕草で伝えられる。
私は静かに頭を垂れた。それと一緒に人の気配が消えた。
???
・・・祈りだ。何に?
ナニニ デナク ナニヲ。
ナニヲ デナク ナニニ・・・
アナタガ イノルノハ ワタシニ・・・
ワタシガ イノルノハ アナタニ・・・
アナタノ イノリハ ワタシノ イノリ・・・
ワタシノ イノリハ アナタノ イノリ・・・
ヒカリガ ミチル
ミチルノハ アナタ ソシテ ワタシ・・・
何のこと?
突然、眩しいくらいの金色の光が四角で囲まれた空間を満たした。
おおっ
押し殺したどよめきが聞こえる。私が祈っているこの丸い場所ではないけれど、何人か同じ部屋にいるらしい。
光が収まった・・。足が痛い・・・まだ完全に治ったとは言えない足が痛み出す・・
また近くに人の気配がし、静かに立ち上がることを求められた。
足が・・・立ち上がれない・・・
白い服の人が一人私を抱き上げてくれた。その周りを囲むように何人かがそばに来てた。そのまま移動して・・・応接室のような部屋に通された。そこにはおじいさんとおばあさん。それから倫太郎君が待っていた。
いつ来たんだろう。
神官達が深く頭を下げ・・・
白地に裾や袖が金色の糸で刺繍された衣を着ている人が、私たちに話し始めた。
「間違いありません。この方は、光の神子です。
・・・この方が祈りの間で祈りを捧げましたら、光が辺りに満ち・・・すがすがしい空気が広がりました。・・・私たちが祈る何倍もの光・・・何倍もの清浄さ・・でした。
このままこの神殿で・・・そうです。神殿でいろいろな勉強も出来ますし、是非、このまま神殿で神子として暮らしていって欲しいのです。」
このまま神殿に留め置いて神子として活動して欲しいようだ。
私は倫太郎君の方を見る。
「いいえ。この子は家で勉強します。」
倫太郎君がきっぱり言う。
「しかし」
声を発した方を倫太郎君がにらむように見つめる。声を出した人がびくついているのが分かった。
「この子は私の許嫁です。神殿にはやりません。」
おじいさんとおばあさんが困った顔をする。
・・・
二人はどう思っているんだろう。
・・・
しばし考えた後、おじいさんが
「こうしたらどうかね。」
と静かに言い出した途端、
「何ですか、おじいさんまで神殿にやれというのですか?」
おじいさんのことまでにらんでいる。
けんか腰?!こんな倫太郎君、初めて見た。
「いや。そうだが・・違う。」
「?」
おじいさんは提案してきた。
「週に何度か学園帰りに神殿に通う。そこで始原の光について学び、また家に帰ると言うことだよ。」
倫太郎君はそれすら嫌なようだったけれど、最後には承知した。私の意見なんてどこ?
でも、おじいさんの提案が一番私にも良い。
なにがなんだかよく分からない私に、教えてくれるところがあるならどこでもいい。神殿だろうが、おじいさんだろうが、誰であろうがありがたい。
学園帰り・・・か。学園と言えば・・・・・・学園に行くのに、身長は成長したとごまかせるかもしれないけれど、髪はどうしたらいいんだろう。染める?切る?
その場を辞して家に帰ってから、もう一度みんなで今後のことを相談することになった。
部屋の中、おじいさんとおばあさんを前に倫太郎君と並んで座る。
気が付けば、もうお昼だとかでお昼を食べながら話をするという。食欲がなくなりそうだ。
美味しいはずのスープもサラダもなんだか味気ない。早々に食べるのをやめた私に、倫太郎君が心配そうな視線を送ってくる。
「学園に行くなら,・・・髪の毛ですけれど・・切って染めてしまった方がいいですよね。」
私は切り出す。
「いいえ。切らない方がいいわ。」
おばあさんがすぐに応えてきた。
「なぜですか?」
切った方が変に思われないと思うのに。
「倫子ちゃん。もう君も気が付いているはずだよ。」
・・・・
床まで届きそうに伸びた髪はきらきらと光って生きているかのようだ。
辺りの空気がいつもと違う。いつも倫太郎君近くで感じるキンと冴え渡ったような空気。それと似ていて・・でも少し違う・・・髪を中心に感じられているのか?
「染めても・・・いけないの?」
「うん。」
でもこのままじゃ・・・何とか色を変えられないものか・・・悩んでいると,
ワカッタワ
髪の毛が意思を持っているように揺れ動く・・・え?・・・一瞬光って,くるくると渦巻いてふわっと上がる・・・何?・・・しばらくくるくると回ってから・・・ すとんと髪が落ちる。
あれ?金色が見えない。・・・髪をそっと手に取ると,淡い茶色に変わっている。
私も含めてみんな息をのんだ。
「倫子ちゃん・・・君・・今・・何をした?」
・・・・・
「聞かれても答えられない。自分でも分からないから。」
「倫太郎。これから神殿でしっかり勉強してもらう方が倫子ちゃんの、そしておまえのためだな。」
おじいさんが倫太郎君の方を向いてそういう。倫太郎君はしばらく無言だったけれど、頷いた。
「・・・はい。今のではっきり分かりました。いつまでも手の中に囲っていてはいけなかったのですね。」
・・・
神殿にもう少し早く行っていれば、こんなに悩むこともなかった?
イイエチガウ ワタシガ アナタニ アエタカラヨ
おじいさんが菜の花畑に案内してくれたおかげ?!
アナタノ コトハ ナントナク カンジラレテ イタノ デモ チョクセツ フレナケレバ アナタダト ワカラナイ
チョウヲ トバシテ ミタケレド 1ピキモ モドッテ コナカッタ カラ
夜、飛んでいた蝶。あれはあなたが飛ばしていたの?
「・・倫子ちゃん、倫子ちゃん?どうしたの。急に黙り込んで。」
私ははっとして顔を上げた。おばあさんが私の顔をのぞき込んでいる。
「ごめんなさい。」
ヒカリの今の言葉を伝えるべきなのだろうか。
もしかしたら、菜の花畑が枯れたのもヒカリが何かしたから?
・・・ソウヨ アナタト イッショニ イルタメニ ナノハナノ キンイロガ ヒツヨウ ダッタノ
・・・
「おじいさん、おばあさん、ごめんなさい。」
「どうした?藪から棒に。」
私は今のヒカリの言葉を伝えることにした。菜の花畑が枯れたのは、私の金色の髪に関係していることを。
「髪に宿ったのね。」
ぽつりとおばあさんが言う。
宿った?それとは違うような。
菜の花畑は元に戻るのかしら・・・おばあさんが小さくつぶやいた。
モドルワ イツカ デモソレハ イマジャナイ
「倫子ちゃんの言う『ヒカリ』それが倫子ちゃんの言霊なんだね。」
倫太郎君もつぶやく。
「僕の言霊は,『イデア』・・・だから倫子ちゃんに惹かれるんだ・・・」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます