第39話 私は善か悪か分からなくなっている

教室に戻ると、水戸君も東君もちゃんと席に着いていた。


 目をこらしても普通にしか見えない。広川さんも盛んに目を細めていたけれど、こちらを向いて首を振っていた。分からなかったに違いない。薬を飲んでもらったって言われてもこんなものか。


 生物基礎の授業が終わる頃、ふと前の方に座っている東君が揺れて見えるような気がしてきた。・・・ あれ?気のせいかな。しばらく見ていると揺れと言うより二重にぶれて見える気がする。他にも前の方に一人。うそ・・・英田さんがぶれて見える・・・まさか・・・


目をこする。広川さんの方を見ると、彼女も目をこすっている。

黙って顔を見合わせる。どちらともなく・・し~指を唇に当てる。辺りを見るが、気が付いた人はいないようだ。


 広川さんは私のこともじっと見る。多分本当の今の姿が見えているんだろうな。金髪で少し大きくなっている私の姿が・・・。




薬は徐々に効果を増してきているようだ。揺れて見えると気分が良くない。

でも・・ぶれて見えるとはいえ、あの人たちにはまがまがしい黒さは感じられないのだが。


 異文化理解の授業。

 日の本と違う様々な国を取り上げ、その国の人に講義をしていただく。


 今日からしばらくはロザリアから大学園に留学しているという女の人が来ることになっていた。すてきな金髪の女性だ。

 でも・・・にこやかに笑って自己紹介しているこの人もぶれて見える。金髪の姿にぶれて見えているのは、黒髪のもう少し年がいっている・・・この人・・男性だ。どうしたことだ。この人も擬態している・・・何のために?


薬と言っていたが、効き目はどのくらいなんだろう。


 すべての授業が終わり、帰る時間になった。広川さんは相変わらず私と一緒にいる。


 二人して手をつないで教室を出ようとすると、山名さんと英田さんが,


「ねぇ、土曜日にラプ・ブルーメにいかない?」


と誘ってきた。


「土曜日?午前中は用事があるけど。午後ならいいわよ。」


変に思われないようにさらりと広川さんが返す。


「じゃあ、詳しくはまた明日にでも決めましょ。」


山名さんはぶれて見えていない。ああ良かった。二人ともぶれて見えていたらちょっと嫌だ。


「おい」


冬彌君が近づいてくる。冬彌君もぶれていない。ほっとする。


「俺との約束は?」


「それは日曜日でしょ。」


「おまえ、二日も続けてラプ通いかよ。太るぞ。」


「大きなお世話。」


二人がじゃれ始めたので、


「先に行くよ」


って声を掛けて歩き出す。英田さんがついてくる。ちょっと警戒してしまう。いけないいけない。自然に自然に・・・二重に見える英田さんは、いつもの姿よりかなり大人に見える。黒髪は茶色で、年の頃は20~30歳の間と言うところか?!高学園の制服が浮いて見える。




ゆるゆると歩きながら話は続く。

「部活はいいの?」

「今日はお休みなの。なんか毎日いろいろあるからね。職員会議があるとかで。今日は部活は全部お休みなんだよ。」

「知らなかったわ。私たち部活してないからねぇ。」

車寄せのところに歩きながら表面上はのんびりした会話が続く。すぐ後ろから山名さん達もついてくるようだ。よかった。


「それじゃ、また明日。」


私は待っていた車にすぐ乗り込んだ。広川さんは今回は一緒に乗らなかった。私が今日は神殿に行く日だと知っているからか。後に残っているのは英田さんと広川さん。・・・幾ばくかの不安を残し、車は神殿へと向かっていく。



神殿でいつものように神官長さんから講義を受けた後、今日疑問に思ったことを質問する。影のことは伏せて、人の擬態についてだ。


じつはこの神殿の中にもぶれて見える人がいたのだ。神官長は知っているのだろうか。誰がとは言わず、ここにもいますとも言わず、そのことのみ質問する。


「なぜこんなことを聞くんだね。」


と聞かれたので、倫太郎君が私を迎えに来たときのことを引き合いに出すことにした。


「なるほど・・・。」


「天の力が出来るらしいことは分かりましたが・・・他にはどの力でそれは出来るんでしょう?」


「・・・・」


しばらく考えていた神官長は,


「決して悪い力ではない。」


また黙り込む。言葉を探しているように・・・



「・・・闇の力。闇の力こそ擬態を完璧になすことが出来る。」


「闇の力?初めて知る力です。もう一つの力・・の中にあるのでしょうか?・・でも、闇とはまがまがしい響きですね。」


「さっきも言ったろう、決して悪い力ではないと。」


確かに。おじいさんがその力を持っているとしたら・・悪い人が持っているとは言い切れまい。


闇・・・光があれば影が出来る。


光の影には闇がある・・・。


光と影は表裏一体。


では・・・善と悪は?善の裏は悪と言えるのか。表裏一体・・・


『本当の善とは何だって?


 おまえ、


 俺らにわかるっていうのか?


 本当の悪とは何だって?


 本当にそれを知っているっていうのか?




 俺らみんな、簡単に善だ悪だといっているが


 俺ら本当はなんにも知っちゃいないんだぜ


 知っているよな?


 なあおまえ


 本当の悪とは何なんだ?


 本当の善とは何なんだ?


 知っていたら教えてくれ


 ああ、おまえらも 知っちゃいないって


 光がなんだ 闇がなんだ


 本当に知っているのは誰なんだ


 俺らと一緒に考えようじゃないか 』




闇は悪なのか?悪ではないなら,光が善とは限るまい。




ヒカリハ ゼンデ ナケレバ ナラナカッタ


ヤミハ ヒカリノ トモダチダッタ・・・・ノニ・・・




帰りの車の中で思考がぐるぐる回る。


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