第44話 私が二人


「だから君はしばらく家で待機していてくれ。」


 そう言うのと同時に彼の姿は霞み始めた。


 瞬きを2回するくらいの時間。・・・目の前に黒髪の大人の男の人と重なって見える私がいた。




「どうだ?」


 私も広川さんもぽかんとしているだけ・・・


「倫子ちゃん。城山氏とも打ち合わせをしなければならないから、呼んでくれないか。城山教授にも通しておきたいから。ご夫婦で。

 いや・・・多分様子をうかがっているだろうから、すぐいらっしゃるかな。」


がたがたトントン・・ノックの音ももどかしそうに、返事も待たずに本当におじいさんとおばあさんが入ってきた。まさかモニター?


「あなたが影と呼ばれている人なのね。」


「城山教授。お目にかかれて光栄です。」


「こちらこそ。よろしくお願いしますね。」

 大体を伺っていたらしい二人に、今後のことを影が説明する。私の姿とだぶって見える水戸君は変な感じだ。

「とりあえず、俺はここからしばらく学園に通います。

 俺のことは・・・しばらく休むとでも・・・これが終わったらまた護衛に付きたいですしね。」

「倫子ちゃんになりきるなら、まずしゃべり方と動き方よ。」

 私の姿で俺を連発する影におばあさんが言う。

「ええ。」

影が居住まいを正す。


・・・私?忠実に私をまねてみせる影。

おじいさんもおばあさんも広川さんも頷く。


でも広川さんは?彼女の守りはどうするの?


私の疑問に答えるように影はポケットから銀色に光る指輪を2つ出した。

「これに祈りを込めてくれないか,倫子ちゃん。」

 広川さんに。最近私が出来るようになったことの1つ

「物に祈りを込める」

ことを使って、影が持ってきたシンプルな銀の指輪に守りを付与し、渡せばとりあえずの安全は図れるだろうというのだ。




「銀の指輪は約束の印だと言って見せるといい。そうすれば、俺が休んでいてもみんな変に思わないさ。見られたときのことも考えて、一応ペアの物を作って持ってきたから。

 俺の分はまあ・・・いらないと言えばいらないんだが。もし、嫌でなければ一緒に付けておいてくれるとありがたいかな。」


 祈りを込めるのに未熟な私は誰かがいると気が散ってしまうので、早速別室に2つの銀の指輪を持って向かう。

 守りを・・・祈りに込めることは難しいようでいて簡単。簡単なようでいて難しい。相手のことをいかに思うか。いかに守りたいかが要だからだ。

 広川さんはこの世界の私にとってはお姉さんのような存在。込める力も私の持てる最大限・・・。


ダメヨ・・・


なぜ?


ユビワガ タエラレナイワ


どうすれば?


チカラヲ オサエテ ソウ モウスコシ 


ダイジョウブヨ 


コレデモ ドンナモノヨリ 


ドンナコトヨリ カノジョヲ マモルコトガ デキルワ


 影に渡す物にも守りを付ける。こちらも気をつけて・・・。私を守ってくれる人だから。私も守る。


 部屋に戻ると全員がぴたっと話をやめて私を見た。

 なにか隠したいことを話し合っていたに違いない。

 そういうのは嫌だな。


 二人は早速指に指輪をはめた。影は左の中指に。広川さんは右の中指に。

 影の手にはめたとたん、指輪は見えなくなった。これも擬態の1つ?


 お昼も家で食べることになった。

 私になった水戸君と私が一緒にいるところを誰にも見られてはいけない?

「坂木さんや一恵さんにも?」

「あの二人にもだ。」

「水戸君が帰ったところを見せないといけないのでは?」


 ・・・


 この疑問に私の姿の水戸君はにっこり笑った。

「この部屋に入るのに、本当は誰にも案内されていないわ。」

 おじいさんはう~んとうなり、警備の穴について影にいろいろ聞きなじめた。


 お昼は一人一人にでなく、バイキング形式で図書室の中にある学習室の1つに用意してもらうことになった。さっき祈りを込めに行った場所だ。一恵さんも、坂木さんもそばにいなくてもこれなら大丈夫だ。

「終わったと呼ぶまでゆっくりしていてくれ。」

戸が少し開いているのか、おじいさんが言っているのが聞こえる。さっきも少し開けておけばよかったかな。何を話していたか聞こえたかもしれない。


キコエナイワ シュウチュウ シテイタカラ


そうか。そうよね。


 お昼を食べながら、話は続く。水戸君が私の方を観察しているのが分かってちょっと動きがぎこちなくなる。

「ごめんよ。完璧に擬態したいからね。」

 にやりと言うような笑いを重なって見える水戸君がしている。私の姿ではにっこりと。二人の姿は身長も、声の出ている位置も違うはずなのに・・・顔が重なって見えるのはなぜ?


 不思議だ。


 広川さんは水戸君の表情までは分からなかったようだった。

 もしかしたら私は、擬態している人の考えていることが表情として見えているのだろうか。


ソウヨ


ヒカリハ ウソガ キライ 


アナタモ ウソハ キライ


なるほど。


昼食の後、約束の時間までこれからのことを確認していく。

とりあえず、今日はこのまま約束の場所に行き、帰ってくる。

 明日は影が私となって広川さんの家に行き、盗聴関係を調べる。

「他の仲間に業者を装ってやらせてもいいが・・・

本物の俺の仲間か、違う奴の仲間か、判別が付かないと行けないからね。」

「他の仲間が来る可能性もあるってこと?」

「もしかしたらすでに入り込んでいたかもしれないよ。」

・・・・・


広川さんは青い顔をして黙り込んでいた。


出かけるときになって学習室を出るとき、


「広川さん。いつも通りにしていないと怪しまれるからね。」

さらに影が言う。


「手をつないで。そうそう。もっとべったりだよ。」

「え?こんなにいつもべったりだったの?」

と私が驚いたら、

「そうだよ。」

にやりと影が笑う。わたしの姿はにっこりと。

「だから東がなにやら言っていたんだよ。」


「端末は?どうするの?

「城山さん。二人の端末を確認していただけましたか?」

「とっくに回収して確認済みだよ。倫子ちゃんのは何ともなかったぞ。広川さんのは仕掛けられていた。だが、そのままにしておいたぞ。急に外すとバレバレだからな?」

「そう言われればそうですね。」

「え?私はこのまま持って行くの?」

「大丈夫だ。普通の通話で電波が別のところに飛ぶような形式になっている。通話を始めなければおそらく漏れないだろう。だが、用心に越したことはない。話すときは出来るだけ小声で。端末から離れて・・・だな。」

おじいさんが言う。


「分かりました。顔から離れたところ・・・声の振動が伝わりづらいところに。」

影の返事に、

「え?どこのことよ?」

広川さんったら、少し不機嫌みたい。

「君のはバックの中でいいだろう。

さっきの袋に入れたままにしてバックに入れていけばいい。

発信は袋の上からでも出来る。」


おばあさんが別室から端末を持ってきた。


「シーッ」


指を口に当てる。

「行ってらっしゃい」

おばあさんの声。不自然ではない。

私の声で影が

「行ってきます。」

と答え、二人は出て行った。 


その後・・・


 私は他の人に姿を見せるわけにいかない・・・


 しばらく図書室で・・・影の泊まる部屋のこととか、これまでのそしてこれからのことを話し合いながら三人で影の帰りを待った。

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