第11話 私は入学式に行く

翌朝、若干の不安と不安と不安を持って私は倫太郎君と朝食をとった。


その後、スカイブルーの制服に臙脂のリボンを付けてエントランスホールへ行くと、スカイブルーのイートンジャケットに黒の細身のズボン(因みに、夏服は淡い空色の半袖開襟シャツに、黒のズボンらしい。黒って重いと思うんだけど)を着用した制服姿の倫太郎君が待っていた。かっこいい。そう言うと、




「倫子ちゃんこそ。よく似合ってかわいいねえ。」


「っ・・言わないで。ギャップが激しすぎて、切ないんだから。」


 私は襟をなでつけながら愚痴のようにつぶやいた。




 二人で黒い車に乗り込んだ。


「おはようございます。」




 車はゆっくり走り出した。


 坂道をゆっくり車は下っていく。道の両側の八重桜がきれいだ。




 校門の前は子ども達を降ろす車で混雑しているため、少し離れたところで私たちは降りた。門のあたりの桜がきれいだ。濃いピンク。やっぱり八重桜かな。




「帰りはいつものところで。12時頃かな。」


「かしこまりました。」


「行ってきます。」




 校門に向かって二人はゆっくりと歩いた。ピンクの花びらが時折風に吹かれて降り注ぐ。甘い何か花の匂いがする。




 ちっ




 倫太郎君が思わずと言ったように舌打ちをした。何だろう。見上げるときつい目をした倫太郎君の顔が見えた。その目線の先に目を向けると、この前のお嬢様達だ。


 そう。高学院1年の吉井令佳と藤井百華、清水嘉穂と名乗った人たちだ。




 そういえば、あの後の話を思い出す。


「3人ともやたら僕に関わってくるんだ。うっとうしいくらいにね。」


 それって好きの気持ちなのでは?そう指摘したら、もっと嫌そうに


「関わり合いたくない。うっとうしい。そばにいるだけで不愉快だ。」


 身も蓋もない言い方。




「僕の未来に関わっていいのは倫子ちゃんだけだよ。」


 それもまた極論だと思うけど。




「クラスは一緒にしてもらってあるけれど・・・


 倫子ちゃん、ちゃんと指輪は身につけているね?


 絶対、体から離しちゃだめだよ。


 何かあったら、しっかり服の上からでも指輪を握り込んで。


 心の中でもいいから・・・僕を呼んで欲しいんだ。」


 私が頷くと、倫太郎君はほっとしたようににっこりした。




クラス分けはあらかじめ各家庭に連絡済みなので、掲示板に群がる風景もない。


 倫太郎君と一緒に講堂に進んでいくと、3人のお嬢様方が行く手をふさいできた。


「「「おはようございます。倫太郎様。」」」


「おはよう。」


「こちらのお嬢様は?


 低学園の建物はあちらですわ。


 お連れいたしましょうか?」




 倫太郎は振り切るように歩きながら


「いや。この子も君たちの同級だよ。」


 と言って講堂に足早に向かおうとする。




「倫太郎!」


 今度は男の人の声だ。


「おまえ、いつの間にロリコンになったんだ?」


 倫太郎君はこの声も振り切る。いつの間にか私の手を握って、かなり足早に進んでいく。




 講堂の入り口で受付を済ませて入場すると、私の席はA組の一番後ろだった。アイウエオ順らしい。倫太郎君はもっと前。「し」から始まるからね。と言うことは、倫太郎君の席の近くに清水嘉枝さんが。私の近くには吉井令佳さんがいるのでは。




 あんなにいやがっているんだから、どんな人たちなんだろう興味津々だ。このあたりは立派な60のおばちゃんの考えかな。倫太郎君はいじめを心配しているみたいだけど。中身は60歳。どんとこいです。




みんなそこここに立って話をしている。そろそろ時間だ。席に着くよう指示が出た。


「僕の席は前だから行くけれど。大丈夫?」


「大丈夫よ。いくつだと思っているの?」


「6歳だよ。」


「・・・・・。」




 こういう式の話って長い。そして退屈。一番後ろの席なので、実は後ろに上級生達がいたりする。このあたりは、日本のいくつかの小中学校と一緒だ。人数があまり多くないから、みんなはいるんだろうな。・・・よく見たら、両脇に保護者の席まである。まるで小学校の入学式のようだ。ちょっと安心する。




 足が床に届かないのでやむを得ずぶらぶらしちゃう。いすに座るのだって一苦労。最初は倫太郎君がひょいと抱き上げて座らせてくれたんだけど。


・・・礼をするために立つときもたもたしていたら、後ろの方から誰かが来て抱き下ろしてくれた。


「ありがとうございます。」


 小声でお礼を言ったら


「どういたしまして。」


すてきなバリトン。




 礼の後、近くで待機していたその人はすっと私を抱き上げて座らせてくれた。なんて紳士。




倫太郎君のおじいさんの話は、短くて心に残るものだった。


 話は短く。これ大事。長けりゃいいってもんじゃない。


 教員時代、やたら話の長い校長がいて、子ども達もいらいらしていたけれど、私たち教員も後でぶうぶう言ったっけ。




 上級生からの歓迎の言葉・・・


 う~ん。なんかほっとする。違う国の学校って言うんで気が張っていたんだろうな。日本のとあまり変わらないような入学式の様子にすっかりリラックスしてしまった。




ようやく全部終わったようだ。この学園の園歌の披露も終わり、いよいよ各教室に戻るらしい。あれ。私、先頭になっちゃわないか。


 心配は無用だった。上級生のお姉さんがクラスのプラカードを持って私のそばに来た。がたんとみんなが立ち上がる。私も慌てていすから・・・抱き下ろしてもらった。さっきのお兄さん。




「重ね重ね、ありがとうございます。」


 ぷっと吹き出したお兄さんは


「どういたしまして。」


 と言って席に戻っていった。




 何で吹き出したのかな。何か顔についていたのかな。

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