第36話 私は炎に・・
朝起きて食堂に行くと、もうおじいさんとおばあさんは席に着いていた。
「おはようございます。」
「おはよう。」
「おはよう。倫子ちゃん」
一恵さんがオレンジジュースを出してくれた。この世界のオレンジジュースは赤い。そして甘い。私が大好きな者の一つだ。
ジュースを飲んでいる私に、おばあさんが四角い箱を差し出すから、ジュースを置いて両手で受け取った。
「何ですか?」
「昨日、欲しがっていたと聞いたものだから。早速夕べ買ってから帰ってきたの。」
夕べおばあさんの帰りは遅く、夕飯の時もいなかった。
箱を開けると・・・真っ赤な小型端末だ。私は顔を上げておばあさんを見た。
「わざわざ買って来てくださったんですか。ありがとうございます。」
帰る時間を遅らせてまで買ってきてくださったそのことが無性にうれしい。
「いいのよ~。赤でいいかどうか迷ったんだけど。後は黒とか緑とか・・青いのもあったわ。黒も捨てがたいかと思ったけど、この赤いのが一番持ちやすそうだったの。」
ほら見て見て・・・おばあさんが示すその先には・・・黒い・・ネックストラップ?
「これで首からぶら下げられるのよ。」
充電はしてあると言うことで、まず、使い方を確認する。すでにおじいさん、おばあさん、倫太郎君の番号は登録してあり、すぐにでも使えるそうだ。
黒いネックストラップで首に掛ける。首だけだと長い上に小さい体では痛いような気がするので保育園バックを掛けるように片手を通し、端末本体をポケットに入れる。
「あら。かわいいわ。そういう風に掛けるのもいいわね。」
おじいさんもにこにこと頷いている。
そんなことをしているうちに、もう出かける時間だ。
家を出て、車寄せに行くともう広川さんが待っていた。広川さんは目聡く端末を見つけたようだ。
車に乗ってからすぐ番号を交換した。
「これで安心だわ。」
広川さんは満足そうだ。
車から降りると・・・やはりあの二人が待っていた。
不思議な人たちだ。護衛だとしたら、当たり前の行動だが、違っていたら・・・直接聞いた方が早いのか。違う方に聞いたらどんな反応をするんだろう。二人とも護衛だと言い張る可能性もある・・・。
広川さんは、表面はにこやかに、でも油断なく二人を見つめているようだ。
いつもと同じように手をつないで歩く。
茶髪の東君が、
「いつ見ても仲がいいね。いっつも手をつないで歩いてるし。妹みたいな感じなの?」
と聞いてくる。私が黙っていると,
「お姉さんと一緒でいいね。」
などと続ける。
「お友達よ。うらやましかったら、東君も水戸君と手をつなげば。」
・・・・・そんなに嫌そうな顔しなくても・・・
「いいね。手をつないでやろうか、東君。」
ちょっと離れたところから、水戸君がにやりと笑って言うのが可笑しい。
それにも嫌そうな顔を向けた東君はふいっと行ってしまった。
水戸君がさらに近づいてくる。私たちは警戒する・・・。
水戸君が何か言おうと口を開いた・・・
「おはよう。リンちゃん、広川さん。」
山名さんだ。
水戸君は何事もなかったようにすっと離れていった。何が言いたかったのかな。気になる。
夏休み後の水曜日の授業は国語から始まる。少しだけ日本と同じような文字と少しだけ違う表現。日の本には古文とか漢文とかがないのがありがたい。あったら確実に出来ないだろう。現代詩の解釈を今はやっているけれど。何というか・・・よく分からない。これが人気の詩なのか・・・いや詩じゃないだろう。つぶやきか。
『本当の善とは何だって?
おまえ、
俺らにわかるっていうのか?
本当の悪とは何だって?
本当にそれを知っているっていうのか?
俺らみんな、簡単に善だ悪だといっているが
俺ら本当はなんにも知っちゃいないんだぜ
知っているよな?
なあおまえ
本当の悪とは何なんだ?
本当の善とは何なんだ?
知っていたら教えてくれ
ああ、おまえらも 知っちゃいないって
光がなんだ 闇がなんだ
本当に知っているのは誰なんだ
俺らと一緒に考えようじゃないか 』
う~ん。なんか聞いたことがあるような・・・ 語尾に「いぇ~い」とか付きそうだ。
「え?感想?言うんですか?」
「こんなの言えないわぁ・・」
みんな口々に言っている。なんて答えればいいんだろう。
こそっと英田さんを見るとちょうど目が合った。私を見て首を横に振る。口元が,「分かんない」
って言ってる。くすっ。
「安心した。」
私も口を動かす。二人でにやりと笑う。
おや。東君。挙手してるよ。なんて答えるんだろう。
「善なんてないと言いたいんじゃないですか?」
「いや。本物の善を探そうってことだと思うよ。」
がたんと立ち上がって言う水戸君。なるほど。そんな解釈も出来るんだ。へぇ。
しかし・・・現代国語なのか倫理学なのか今何の時間だろう。
ページをめくる。
「・・・・・
遠き地の果てに
眠るという
優しき光
探し求めて
さまよい歩く
・・・・・」
こっちの詩の方がまだましかなぁ・・・ こういったら何だけど、日の本の詩ってちょっと私の感性には合わないのかなあ。
2時間目は薬学。今日は実験だ。
みんな白衣を着て実験室に集まる。
4人のグループが10卓のテーブルに。 理科室のテーブルと同じくらいのテーブル。なんか懐かしいようなテーブルだ。
でも・・・なぜこの4人。
テーブルには広川さんと・・東君そして水戸君。
ちりちりちり・・・胸の奥で何かが鳴り響く。
まずい。何かがおこる?
キケン キケン・・・・
バーナーを持った東君が何かに躓く。あっ。私の方にバーナーが!!
がたん。水戸君が私を引っ張る。東君がバーナーを私の方に投げ出すようにして転ぶ。 一瞬の出来事。
「きゃー」
悲鳴が上がる。
私は・・・水戸君の腕の中にいた。水戸君の腕に火の付いたバーナーが当たって落ちた。
「うおっ、あちぃ」
素早く水戸君は自分の腕を払いながら私をさりげなく火の元のバーナーから遠ざける。炎がまるで生きているように渦巻いて巻き上がる。
なんということだ。蛇のように地を這う炎もある・・・
・・・火事になる・・ぼんやり考える・・私は呆然として立ちすくむだけだった。広川さんが私をさらに安全なところに引っ張り寄せた。
先生が慌ててとんできてテーブルの元栓を閉めた。急に炎は力をなくし下に落ちて散った。・・・少し焦げてしまった床。
危なかった・・・
「何?今の・・・蛇みたいだったわ。」
「炎だろ?」
「生きてるみたいに動いていたのよ」
ざわざわ・・・
実験を始めようとしていた他の子達もいったん実験をやめ、一斉にバーナーを消した。先生が、みんなに少し待つように言う。
「わりい」
東君が謝っている。
「ありがとう水戸君。腕は大丈夫?」
私ははっとして水戸君を見ながら尋ねた。
「いや。何ともないよ。」
と言っても、白衣は少し焦げている。
東君は先生に引っ張られて教卓のところで注意を受けている。
助手の人が机を点検し始めたので、私たちは少し後ろに下がった。
「バーナーを持って移動するなんて!!!」
広川さんも怒っている・・・
「何を仕掛けていたの?あんなに炎が動くなんておかしいわ。」
そんな私たちに水戸君はこそっとつぶやいた。
「俺、政府から派遣されてきた。」
聞こえるか聞こえないかの声・・・
え・・・私と広川さんはまじまじと水戸君を見る。
「あなた、影?」
広川さんが小さな声でつぶやく。
「あまりこっちを見るな。だが、東に気をつけろ。」
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