第23話 倫太郎が青ざめた日

・・・倫太郎




 倫子ちゃんがけがをした・・・・意識が戻らない・・・

その一報は会議の最中に鳴った端末によってもたらされた。普段は切っている端末をたまたま切り忘れていたちょうどその日に入った一報。

慌てて切ろうとした手が滑って・・通話に押してしまった上に、テーブルの下に取り落としたちょうどそのときに

「大変だ。倫太郎!!倫子ちゃんが大けがをして意識が戻らない」

そんな声が流れてきたんだ。会議中とはいえ、ぼくは立ち上がり、

「すみません。失礼します。」

と端末をつかんで走り出た。

ドアの向こうで何か言う声がたくさんしていたけれど、そんなことはかまっていられない。端末の向こうの声が脳の上を滑っていくようだ。怪我怪我怪我・・・意識が戻らない。この言葉だけがぼくの頭をぐるぐる回っている。


 

 守りは働かなかった。なぜだ。

そんなぼくを井部氏が追いかけてきた。

「倫太郎君。待ちたまえ。私のところにも息子から着信があった。同じ話かもしれん。聞いてから動いたほうがいい。」


ぼくの肩に手を置いてそう言ってくれた。もう頭の中が真っ白になっているぼくは頷くしかなかった。


しばしのち、通話を終えた井部氏はさらにいくつか通話をしたようだ。


「こちらのことはさっきまでの君の話でなんとかなりそうだ。

 今車を呼んだから、それに乗って行くといい。君の荷物は後で誰かに運ばせる。     それでいいかな。

 それから私の秘書を一人付けるから。飛行機やら何やらの手配は彼がしてくれる。

しっかりするんだよ。」

 荷物は昨日のうちに詰めてある。もう帰れそうだと思ったから。

「はい。おねがいします。ありがとうございます。」




 速く。速く!!!心は急く。


 何でこんなことになったんだろう。僕が甘すぎたのか。 


・・・・

「飛行機の乗り継ぎがあまりいいのがないんです。キャンセル待ちになるかもしれません。」

伊部氏の秘書の方の声が遠くに聞こえる。ぼくの長い1日が始まった・・・

遠く日の本から離れた地にいることがこんなにも障害になるなんて。来るのに2日がかりだったこの国はかなり交通の便が悪いのだ。日の本への直通の便もない。


結局キャンセル待ちを何時間もした後、2つの国を経て、ようやく日の本についた。ここからがまた長い。もう泣きたい・・


 家に駆け込むと、坂木さんが玄関で待ち構えていた。秘書の方が連絡をしてくれたようだ。




「様子はどうなんですか?」


「左足の骨折が主ですね。ちょっとひどく折れていて・・・」


足早に倫子ちゃんの部屋に向かいながら話を聞く。


「意識はさっき戻ったんですが。いいえ、検査では異常は見つからなかったそうです。」


・・・でも意識が戻らなかった。2日も・・・




いったい何があったんだろう。


もしかしたら・・・あの3人の上に見えた『黒いもや』が原因か?


そうだとしたら僕の落ち度だ。




ちょうど部屋の前で、一恵さんが食事を運んでくるのと一緒になった。




部屋に入る。


「倫子ちゃん」




倫子ちゃんの元気そうな顔を見て少し安心した。これから食事だというので、僕は祖父と部屋を後にした。




僕は歩きながら祖父に、3人の上に見えていた黒いもやの話をする。


祖父は立ち止まって僕を見る。僕も祖父を見つめ返す。


「今回のことは僕の完全な落ち度です。」


「いや。まさか直接攻撃してくるとは。」


「ええ。もしかしたら、行き帰りの隙を見て、さらっていくくらいはするかもしれないとは思っていたんですが・・・送迎と、友人達に頼むだけでは手薄でした。」




・・・・


 応接室に座って僕は頭を抱えた。



「指輪のついたネックレスはむしりとられていたらしい。首に傷があった。」


なんと言うことだ!!


 倫子ちゃんは腕を取られていて、指輪を握ることが出来なかった・・それどころか、指輪をチェーンごとむしり取られたとは・・・あのとき・・チェーンを太くしたため、きずはかなりっひどかったらしい。

後の調査で下に落ちていた丸めた布が口に入れられていたもののようだと分かったそうだ。口にも詰め物をされていたのか、怒りが増す。


 ネックレスでも万全ではない。それは分かっていたが。




 指輪が体の一部に触れてさえいれば、僕には分かるはずだった。現に今までは、健全な波動がちゃんと伝わってきていたのに。ネックレスでも、体についていれば・・・ 



あの黒いもやは僕の祈りを妨げるほどの物なのか?!出かける前まではそんな風には思えなかったのだが。出かけてから何があったのか・・・




 「おじいさん、分かっていることをもう一度整理して教えてください。」




 祖父はポケットからメモ帳を取り出した。


 ノックの音。誰だ?




 祖母が入ってきた。


「おばあさんも来てくださっていたんですか。」


おばあさんはソファーに腰を下ろしながら,


「いいえ。今来たところなの。」


と言った。




 祖父の話では、ちょうど帰ろうとしたとき、広川さんは担任に呼び出された。山名さんはたまたま席を外していたそうだ。英田さんはすでに部活に行っていなかったので、広川さんに先に昇降口に行くと言っていたそうだ。そして一人で昇降口に向かう・・・そこにどうにかして人を払ったあの3人がやってきたようだ。


 広川さんが担任のところまで行ったところ、呼んでいないと言われ、慌てて教室に戻ったそうだが、すでに倫子ちゃんはいなかったようだ。




広川さんはおびき出されたと思っていいだろう。山名さんはおそらく冬彌と一緒だったに違いない。邪魔者をどかした後、あの3人に空き教室に連れ込まれ・・・何かあったようだ。


 ちょうど井部先輩がその部屋で耳栓をして眠っていたと言うことで、すごい声と音で目が覚めたとか・・・




 よく眠っていたので、最初は夢かと思ったみたいだ。


 もっと早く目覚めていればと悔しがっていたそうだが。


 彼もいろいろ忙しそうだから。眠りが深かったに違いない。






 ・・・・・ 


 ここで憶測を言っていても仕方がない。詳しいことは、井部先輩達から聞くことにし、部屋に戻ろうと言うことになった。あの3人は裁判にかけられるという・・・ぼくは傍聴席に・・・いや。気分が悪くなりそうだ。

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