第29話:若い主 3

「魔力強化極大! 暴雷! 暴風刃!」


 魔力強化極大を掛け直し、残る魔法系のストックを一気に使っていく。

 暴雷がフレアドラゴンに直撃すると僅かに表情が歪んだように見えた。直後に暴風刃が襲い掛かったものの、こちらにはそれほど反応を示さない。


「針億本!」


 次いで放たれたのは魔法の中でも物理攻撃に属する針億本だ。

 大量のミスリルの針がフレイアドラゴンに命中したがほとんどが弾き返されてしまう。

 その中で数本だけが鱗の隙間を縫って肉体を貫いていたが、フレアドラゴンは反応を示さなかった。


「……おいおい、マジかよ。時間稼ぎもできるかどうかって感じだな」


 汗は噴き出すたびに蒸発してしまう。それほどに周囲の気温は異常なまでに高くなり、麟児の体力を奪っていく。

 このまま時間が経過するとストックが尽きて後退を余儀なくされる。そうすると今度はマグノリアをも危険に晒してしまう事になる。


「それだけは、絶対にやっちゃあいけないよなぁ」


 唯一の救いは速さがフレアドラゴンを上回っている事だ。回避に専念してしまえばストックを減らす事なく時間を稼げるだろう。

 だが、それは体力の消耗につながってしまう。


「俺にできそうな事は……剛腕の一撃と、ラスト・オブ・アースか」


 攻撃×溜めた秒数の一撃を放つ事ができる剛腕の一撃の特性を考えると、10秒溜める事ができればフレアドラゴンの防御を上回る一撃を放つ事ができる。

 しかし、溜めるにはその場から動かない事が前提になってしまうので氷獄で動きを止める事ができない現状では使用できない。

 もう一つの手としてはデスソードで切れるか確かめるという方法もあるが、麟児の剣の腕でフレアドラゴンに傷を付ける事ができるかどうかを考えると、確かめる方が危険だと判断した。

 せめてもう一人、フレアドラゴンに陽動を仕掛けてくれる者がいてくれれば可能性は広がるのだが、マグノリアはこの場にいない。

 ない物ねだりをしても意味がないと理解している麟児は、最終的にはラスト・オブ・アースを使う事も視野に入れ始めていた。


『グルオオアアアアッ!』

「くっ! 身体強化極大!」


 ミスリルの針が刺さった状態で動き出したフレアドラゴンが尻尾を振り回す。

 麟児は身体強化極大を使い回避するのと同時に間合いを詰めると、デスソードを抜いて一気に斬り掛かる。

 しかし、今日習ったばかりの剣術ではいくら魔剣であってもフレアドラゴンの鱗を傷つける事はできなかった。


「くっ! それなら、この拳でええええっ!」


 剣がダメならと拳を握りしめて突き刺さったミスリルの針へ叩き込む。

 僅かに反動が返ってきたが、さらに食い込んでいく感触を得る事ができた。


『グルオオオオアアアアアアアアッ!』

「うおっ!」


 それでも意に介さず体を振り回して麟児を引きはがそうとするフレアドラゴンの動きに巻き込まれてしまった。

 ただ掠っただけ。それにもかかわらず麟児は勢いよく吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。


「ぐはあっ! ……ごほっ!」


 背中から叩きつけられた衝撃が肺を押し潰して酸素を一気に吐き出す。続けて咳き込むと唾と同時に真っ赤に染まった血が吐き出される。


「かぁ……パーフェクト、ヒール」


 呼吸をするだけでも痛みが走り、骨や臓器にも多大なダメージがあると判断してパーフェクトヒールを使用する。


『グルルゥゥ……アァア?』


 掠っただけとはいえ壁に勢いよく叩きつけたのだからダメージは確実にあると判断していたフレアドラゴンだが、麟児は力強く立ち上がると真っすぐにこちらを睨みつけている。

 その様子に首を傾げるようなしぐさを見せると、次の瞬間には――


『グルオオオオアアアアアアアアッ!』


 大咆哮をあげ、麟児を完全に強敵であると判断を下した。

 自らの体から体温上昇による湯気が立ち昇り、最下層の気温が一気に上昇する。

 攻撃を回避するだけでも大量の汗が噴き出して水分を失っていた麟児にとって、この状況はあまりにも体力の消耗が激しい事に他ならない。


「水爆!」


 少しでも気温を下げようと自分の近くに水爆を落としてみたものの、焼け石に水の状態でほとんど状況は変わらない。


「くっ! これで水爆のストックはなくなったか。なら、氷獄!」


 次の一手は氷獄のストックを全て使っての気温低下だ。

 フレアドラゴンに一つ、そして自分の左右に一つずつ氷獄を作り出して状況の打開を図る。


『グルオオアアアアッ!』

「ここでもブレスかよ!」


 フレアドラゴンは即座に対応を見せた。

 自らを覆う氷獄を一撃で融かすと、首を右から左に動かして左右の氷獄をも破壊していく。

 その中央に立っていた麟児にも当然ながらブレスは襲い掛かったのだが、即座に身体強化極大を発動させて前に飛び出すと、地面を蹴りつけて飛び上がりストックを発動させた。


「剛腕の一撃!」


 地に足を付けた状態だとその場から動く事はできないが、空中であればその限りではない。

 体を動かさずに溜めの姿勢を取る事ができれば、後は自然落下で狙いの場所に落ちてくれる。

 溜め時間は短いが、麟児は3秒の溜め時間を使って剛腕の一撃を放った。

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