第18話:洞窟攻略 1

 大宴会の翌日、麟児はベラギントスの屋敷で目を覚ました。

 着替えをベラギントスから頂いており、久しぶりに綺麗な洋服と柔らかな布団の中で眠る事ができて気力は漲っている。

 今日はマグノリアに協力して洞窟攻略を行う事になっているのだ。


「うーん……よし、体も問題なさそうだな」


 大きく伸びをしてから部屋を出ると、リビングでベラギントスと顔を合わせた。


「おはようございます、ベラギントスさん」

「あぁ、おはよう、リンジさん。昨日の残りですが、どうですか?」

「いただきます」


 昨日は久しぶりのちゃんとした食事だった事もあり大量に食べてしまった。

 村の人たちは驚いていたが、一部の男性魔族からはその食べっぷりを感心されていた。

 これも悪食のおかげなのだろうが、今回はレベルが上がるという事はなかった。


「単なる食事と、レベル上げに必要な食事は違うのかな?」

「まあ、私ですら知らないギフトですからね。少しずつ理解していくべきでしょうね」


 焦りは禁物だと遠回しに伝え、麟児もそれに頷いた。


「そうそう、まだ昨日の残りはありますか?」

「ありますが、弁当ですか? 荷物になりますが?」

「普通ならそうですけど、俺には無限収納がありますからね」

「そうでしたね。失念していました」


 大量のモンスターの肉を取り出した無限収納。

 その容量は文字通り無限であり、時間経過もしない事が分かっている。

 麟児としては、一日で往復できるとは思っていないのでちゃんとした食事が摂れるなら持っていきたいと思っていた。

 そんな麟児の言葉を受けてベラギントスは残りの料理を全て持ってきてくれた。その量はテーブルを埋め尽くすほどで、口にした麟児も驚いていた。


「お、多くないですか?」

「これでも他のみんなが持って帰った後に残った料理なんだよ。その……みんなの予想以上の量でしたから」

「……なんだか、すみません」

「いやいや。ありがたい誤算ですからね」


 その言葉に安堵しながら、麟児は並べられた料理を無限収納に入れていく。


「これならマグノリアさんも食事を楽しめますね」

「そうですね。……リンジさん」


 今までは普通に会話をしていたのだが、突然ベラギントスが真剣な表情を浮かべる。


「どうしましたか?」

「……マグノリアの事を、よろしくお願いします。彼女はバールバーンにとって大事な戦士です。彼女がいるからこそ、我々は安心して生活を送る事ができている」

「転移魔法陣の破壊も、マグノリアさんがいないとできない事ですしね」

「はい。何もかもをお願いする立場で大変申し訳ないのですが……」

「構いませんよ。俺はマグノリアさんに助けられたわけですし、ベラギントスさんには一宿一飯の恩がありますから」


 助ける事には何のためらいもないと伝え、麟児はできる限りの事をやると約束した。


「ありがとうございます。ところで、リンジさんは武器をお持ちですか?」

「武器? ……そういえば、持ってないなぁ」


 ずっと悪食で得たギフトを使って戦っていた。そして身体強化極大を使った時には拳で殴り、掴んで振り回すなどの戦い方をしていた。


「でしたら、少々お待ちください」


 そう口にして一度リビングを出て行ったベラギントス。そして、戻ってきた時には一振りの剣を握っていた。


「ベラギントスさん、これは?」

「私の父が使っていた剣です。私は父とは違って剣術はさっぱりでして。ですが、形見として押し入れに入れたままではもったいないとも思っていました」

「か、形見!? ダメですよ、そんな大事なもの!」


 手渡そうとしてきたベラギントスの腕を押し返したが、ベラギントスは首を横に振る。


「いいえ、この剣も誰かに使ってもらった方がいいでしょう。本当はマグノリアに渡そうと思っていたのですが、どうやら認められなかったようで」

「認められる、ですか?」


 言葉にちょっとした含みがあり、麟児は聞き返してしまった。


「はい。この剣、銘をデスソードと言うのですが、魔剣なのです」

「……魔剣って。しかも名前、デスソード」


 そして、ベラギントスから魔剣について説明された。

 魔剣は使用者を選ぶ。そのため、譲りたい相手がいたとしても魔剣に選ばれなければ使いこなせない。

 だが、魔剣に認められれば相応の力を得ることもできる。

 過去に一度マグノリアも試していたのだが、デスソードからは選ばれなかったのだ。


「一度、試していただけませんか?」

「……まあ、試すだけなら」


 魔剣と言うくらいだ。人族であり別の世界線からやって来た自分が選ばれる事はないと楽観的に考えていた。

 そんな麟児がデスソードを鞘から抜き放つと――禍々しい黒い霧が刀身から溢れ出した。

 黒い霧は刀身だけではなく、柄を通じて握っている麟児をも包み込んでいく。


「うおっ!? て、手が、離れない!」


 慌てて柄を放そうとしたのだが、その手はピタリとくっついていて放れない。


「……あ、あれ?」


 禍々しいと感じながらも黒い霧が自分に悪影響を与えるとは思えず、しばらく様子を見ていると黒い霧は麟児の中に取り込まれていき、最終的には消えてしまった。


「……い、今のは、いったい?」

「リンジさんは、デスソードに認められたようですね」

「えっ! 今のが?」

「はい。マグノリアは先ほどの黒い霧に阻まれて柄を握り続けられなかったのです」

「そうなんですか。……え、という事は?」


 黒い霧に気を取られて忘れていたが、認められたと聞いて思い出してしまった。


「こちらのデスソード、リンジさんにお譲りしますよ」

「だ、だからダメですってば!」

「その他の装備も持ってきますからね」

「だから! ベラギントスさん!」


 麟児の呼び掛けに答える事なく、ベラギントスは勝手に軽鎧や腕当てなどの装備品を持ってきてくれた。


「さあさあ、時間がないですよ」

「……えっと、だからですねぇ。そう簡単には貰えないんですってば!」

「もう決めた事ですから。それに――」


 装備を付ける手伝いをしながら笑みを浮かべてそう口にしたベラギントス。そこへ響いてきた声がある。


「――村長! リンジ殿!」


 このタイミングでマグノリアの声が聞こえてきたのだ。


「迎えが来たようですね」

「でも、この剣も装備だって、ベラギントスさんの父親の形見で――」

「マグノリアを守ってもらうのですから、これくらいはね」


 そう言われてしまい何も言い返せなくなってしまった麟児は、デスソードを見つめながら大きくため息をついた。


「……はぁ。では、お借りします。借りるだけですからね!」

「そうなるといいですね。では、リンジさん。気をつけてください。それと、マグノリアの事をよろしくお願いします」


 何やら意味深な言葉を残されたもののこれ以上マグノリアを待たせるわけにもいかず、麟児はマグノリアと合流して洞窟へと向かった。

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