第38話:喰らいしもの 7
海岸沿いにやってきた麟児たちが見たもの、それは――海面に長い首を出した巨大なモンスターの姿だった。
「……な、何よ、あれは?」
「……あ、あわわ……あんなに、どうしたらいいんですか?」
遠目からでも自分たちの何倍もある首を見て、全長はどれだけの大きさなのかと恐怖を覚えたフォンとチェルシーは、その海を渡ってきた事を思い出すとゾッとしてしまう。
「おぉー、でかいなぁ」
「ジパングで暮らし始めてから結構経つが、あのようなモンスターを見たのは初めてだな」
「なんだ、エサでもなくなったのか?」
一方で、麟児とマグノリアは巨大なモンスターを目の当たりにしても声音を変えることなく、放たれる威圧をも受け流しながら平然と会話を続けていた。
「……リ、リンジと、マグノリアは、どうして平気なの?」
「……そ、そうですよ! あんなの、倒せるわけがないですよ!」
「「ん? そうか?」」
疑問の声を漏らす二人に対して、麟児とマグノリアは同時に返事を返す。
「まあ、洞窟であれ以上のモンスターとやりあったからなぁ」
「私は存在を感じただけですが、あのモンスターとでは比較にもなりません」
「……二人はいったい、どんなモンスターと戦ってきたというの?」
「で、でも、ジパングにそんな強力なモンスターがいるだなんて、聞いた事がありませんよ?」
「まあ、信じるも信じないも、そっち次第だけどな」
そんな話をしている間にも、モンスターは少しずつ海岸へと近づいてきている。
すると、麟児がとある事に気がついた。
「……ん? なあ、マグノリア。海のモンスターなんだけど、三匹いないか?」
「なんだと? ……確かに、海中にも同じくらい大きなモンスターが潜んでいるようだな」
「そ、そんな!」
「……ああぁぁぁぁ~! 終わった、終わりましたああぁぁぁぁ~!」
愕然とするフォンとチェルシー。
首の長いモンスターだけでも恐怖していたのだから、同じようなモンスターがさらに二匹いるとなれば、仕方のない反応だっただろう。
しかし、それでも麟児とマグノリアの態度は全く変わらない。むしろ、どうやって倒そうかと相談を始める始末だ。
「暴雷のストックがあるから、海なら使えそうだな」
「私も一匹は相手にしたいな。風魔法が上級に上がったことだし、それでなんとか戦えないだろうか」
「それじゃあ、あの首をスパッとやっちゃったらいいんじゃないか?」
「ここからか? ……まあ、試しにやってみるか」
「無理そうなら引き付けてからスパッとやればいいんだよ」
「なるほど、スパッとだな?」
「そうそう、スパッと」
二人の会話を耳にしながら、そんな簡単にいくはずがないと思いながらも、心のどこかではやってしまうんじゃないかという考えが浮かんでは消えていく。
特にフォンは麟児が生き残っていた事で、彼が召喚に値する特別な力を持っているのではないかとすら思い始めていた。
「……それじゃあ、マグノリア。こんなのはどうだ?」
「なんですか? ……あぁ、なるほど。確かにそれならいけそうですね」
「だろ? よーし、それじゃあいっちょやってみるか!」
「大丈夫なの、リンジ?」
心配そうに声を掛けてきたフォンに対して、麟児は快活な笑みを返した。
「おう! 問題ねぇよ。お前たちはここから見てな」
「何かあれば私が守ろう。……少々不本意ではあるがな」
「あ、あはは。よろしくお願いします、マグノリアさん」
自分たちではどうする事もできないと理解しているチェルシーは、素直に頭を下げる事にした。
「ん? いや、どうやらあっちから何かしてくるみたいだな」
「えっ? 何かって、何を――」
『ルオオオオオオオオオオオオォォォォオオォォ!!』
「「――ぐあっ!?」」
突如として響いてきた大咆哮に、フォントチェルシーは耳を押さえた。
しかし、それだけでは防げない程の大音量に体から力が抜けてしまう。
「くっ! ……こ、これは、状態異常!」
「あぁぁ……わ、私……た、立てません……」
フォンはなんとか踏み止まっているものの、チェルシーはその場に尻もちをついたまま体を震わせている。
「なんだよ、うるさいなぁ」
「私も多少、動きが阻害されそうですね」
「確か、マグノリアは状態異常半減だったか」
「そういうリンジは状態異常無効化でしたね」
苦しそうにしているその横で、またしても普通に会話をしている麟児とマグノリア。
ついに二人もこの光景に慣れてしまったのか、何も言わなくなってしまっていた。
「そんじゃまあ、気を取り直して――行くか!」
「はい!」
気合いのこもった声を張り上げると同時に、麟児は両手を前に突き出した。
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