第39話:喰らいしもの 8

「――氷獄!」


 海岸からモンスターまでの間に一つの氷の檻が顕現する。

 氷獄が海面に触れると、触れたところから凍り付いていき、気づけば巨大な氷の足場が形成された。


「最初の一発は任せたぞ、マグノリア!」

「任された! エアーブレイド!」


 顕現したのは風の刃が五つ。

 鋭く放たれたエアーブレイドは一直線に長首のモンスターへ迫っていく。


『ルオオオオォォッ!』

「むっ、全ては当たらなかったか」

「まあ、何もせずにじっとしているわけがないか」


 エアーブレイドを脅威に思ったのか、長首のモンスターは首をうねらせて回避行動に出た。

 それでもいくつかは長首を抉り取り、真っ赤な鮮血が海面を染めていく。


「念のため鑑定もしておくか――上級鑑定」


 何気なく行った上級鑑定だったが、これが思わぬ形で麟児に衝撃の事実を伝える事になった。


「……ん? なんだ、これは?」

「どうしたので、リンジ?」

「いや、鑑定結果がなーんかおかしいんだよなぁ」

「おかしいとは?」


 首を傾げ、歯切れの悪い返事にマグノリアも疑問を抱く。

 そして、麟児の口から告げられた事実に彼女も困惑せざるを得なかった。


「鑑定結果に――フォン以外の勇者の名前が出てきたんだよ」

「……は? それは、あのモンスターが勇者だとでも言いたいのか?」

「うーん、俺にもよく分からないなぁ。一度フォンに聞いてみた方がいいかもしれないが……そんな時間もなさそうだし、どうするかなぁ」


 麟児の言葉通り、傷を負わされた長首――レリー・レレリーナの名前が表示されたモンスターが瞳を血走らせながら迫ってきている。

 海中に潜んでいる二匹のモンスターも、今はレリーよりも後方に控えているが、何をきっかけに迫ってくるかは分からない。


「ならば、ここは私が足止めを買って出よう」

「大丈夫か?」

「問題ない。それに、こいつは私の獲物だからな」

「……了解だ。だけど、危ないと思ったらすぐに引いてくれよ?」

「心得ているさ。それでは、爆ぜろ――メガフレイム!」


 麟児が氷の上から海岸へ飛び退くのと、マグノリアが上級火魔法を放ったのはほぼ同時だった。

 氷獄の作り出した氷を溶かす勢いの熱量を放つ巨大な火の玉は、迫ってくるレリーの眼前目掛けて放たれる。

 対してレリーは口を大きく開くと、口内から水のブレスを吐き出してメガフレイムにぶつけた。

 大きな爆発音と共に水蒸気が広がっていくが、それをマグノリアが風魔法で晴らしながら追撃を仕掛けていく。

 その様子を海岸で見つめていた麟児だったが、すぐに駆け出してフォンとチェルシーの下へ向かう。


「フォン!」

「リンジ! マグノリアは大丈夫なの?」

「問題ない。それよりも聞きたいことがあるんだ」

「私で答えられる事なら」


 いまだに座り込んでいるチェルシーをよそに、麟児は長首のモンスターからレリーの名前が表示された事を告げた。


「……まさか、あのモンスターが、レリーだというの?」

「フォンにも分からないのか?」

「……ごめんなさい。彼女たちと別れてからは、本当に何も分からないの」

「そうか。……念のため、海中にいる奴らも鑑定しておくか。上級鑑定」


 すると、後方の海中にいる二匹からもそれぞれ、フレイヤ・バーグナーとジャグナリンダの名前が表示されてしまった。


「……おいおい、マジかよ」

「……いったい、何が起きているの?」

「……も、もしかして、食べられてしまったのかも」


 二人が理解できずに困惑していると、座り込んだままのチェルシーから声が聞こえてきた。


「食べられたって、勇者の三人がか?」

「で、でも、本当かどうかは分からなくて、あくまでも私の推測なんですが……」

「いいわ、チェルシー。今はどんな情報でも、欲しいの」


 麟児だけではなくフォンからも教えて欲しいと言われたチェルシーは、自らの推測をそのまま口にしていく。


「モ、モンスターの中には、食べた相手の力を糧にするものがいると、何かの本で読んだことがあるんです。もしかすると、そういった海のモンスターに食べられてしまったんじゃないかと思いまして……」

「なるほど、一理あるな」

「三人も私たちと同じで、ジパングを目指していた。なら、船が襲われて食べられたというのは、考えられる」

「というか、その可能性しか思い当たらないな」


 海のモンスターは厄介だ。ただでさえ戦う場所が海の上や海の中になってしまうので、完全に地の利はモンスターにある。

 本来であれば放っておくか、海に出なければならない時はモンスターを避けて通るのが普通だろう。


「……なあ、フォン」

「何、リンジ?」

「念のために確認しておくが、あの三匹のモンスター、殺してもいいんだよな?」


 別の道を進んだとはいえ、フォンからすると僅かな時でも一緒に行動した相手だ。

 助ける方法がない今、倒すという選択肢しか残されていないものの、心の準備が必要かもしれないと麟児は考えた。


「構わない」

「……即答だな」

「だって、裏切ったのはあいつらだし。それに、チェルシーにも酷い対応をしていた。なら、その罰を受ける必要がある」

「……フォ、フォン様~!」

「でも、悔しいけど私にはそれができない。だから、リンジに頼みたい。あいつらを、殺して欲しい!」


 真っすぐな瞳ではっきりとそう言われてしまい、麟児は予想外ながらもフォンの想いをしっかりと受け止めた。


「……分かった。そういう事なら、心置きなくぶっ飛ばしてやるぜ」

「リ、リンジ様! よろしくお願いします!」

「あぁ、任せておけ!」


 力強い返事を返した直後、海上からけたたましい鳴き声が響いてきた。

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