第40話:喰らいしもの 9
まるで断末魔の叫びのような激しい鳴き声に視線を向けると、そこではレリーの長首がマグノリアの魔法によって両断されたところだった。
「……うそ、でしょ?」
「……マグノリア様、強過ぎませんか?」
「まあ、マグノリアならやるだろうな。しかし、こうなると俺も負けていられないな!」
言葉に力を込めて駆け出した麟児は海岸ギリギリのところから大きく跳躍する。
「た、高い!」
「ええええぇぇええぇぇっ!? じょ、冗談ですよねえっ!!」
あまりにも高く、そして遠くへ飛んだ麟児が着地した場所は、マグノリアが立つ氷の足場だった。
「よっと!」
「早かったですね。もう一匹は倒してしまいましたよ」
「あぁ、問題ない。フォンもどうして勇者たちの名前が出るのかは分からなかったみたいだが、チェルシーが有力な情報をくれたよ」
「というと?」
「俺みたいに喰らった相手の力を糧に成長するモンスターがいるらしい。おそらく、そいつらに食われたんじゃないかって話だ」
麟児みたいにと言われたマグノリアは僅かに顔をしかめた。
「ん? どうしたんだ?」
「いや、リンジのように規格外の力ならば、私なんかでは倒せなかっただろうと思ってな。似たような力であっても、善し悪しがあるのかもしれないな」
「……それ、褒めてる?」
「全力で褒めているつもりだが?」
「……あっ、そう。んじゃまあ、いっか」
そう口にした麟児が右腕を大きく回すと、改めて海中に上級鑑定を掛ける。
気配察知で二匹のモンスターの居場所は把握しているのだが、確実にストックを当てるためにはこうするべきだと判断したのだ。
「一匹は巨大イカ、もう一匹は……海竜?」
「先ほどのは海蛇だったな」
「……あれ、長首じゃなくって、首と胴体だったのか」
呆気にとられながらも、麟児は次に仕留めるモンスターを決めた。
「……よし、巨大イカならぬ、ジャグナリンダを仕留めるか」
ジャグナリンダを喰らった巨大イカは海中をものすごいスピードで移動している。それも、氷の足場の周りをグルグルと。
これはいつでも攻撃できるぞという意思表示なのかもしれない。
「まあ、俺には関係ないんだけどな!」
そう口にした麟児が解き放ったストックは――先刻の宣言通り暴雷だった。
打ち出された暴雷は海に広がっていくわけではなく、そのまま目標目掛けて一直線に海中を進んで行く。
その先にいたジャグナリンダはどんな攻撃が来たとしても逃げ切れる自信があった。
しかし、暴雷の速度はジャグナリンダの予想を遥かに上回り迫ってきた。
『ギュルララララッ!?』
「逃げられると思うなよ?」
――バリバリバリバリッ!
海中で着弾したにもかかわらず、その音は海面に立つ二人にまで聞こえてきた。
「うおっ! ……予想以上にうるさかったなぁ」
「だが、間違いなく当たったな」
「おっ、マグノリアにも分かったのか?」
「あぁ。一撃で絶命しただろう。気配が段々と海底へと……ん? だが、妙だな」
残りは海竜だと麟児が張り切っていた横で、マグノリアは困惑顔を浮かべる。
「なんだ、どうした……って、あれ? 海竜も沈んでいってないか?」
「あぁ、そのようだが……いいや、待て。これは、違うぞ?」
「……海竜が、巨大イカの方へ向かっているのか?」
何をしようとしているのか。まさか助けようとしているのではないだろうか。
そこまで考えた後、二人はとある発言を思い出していた。
「……食べた相手の力を」
「……糧にする」
そして、予感は的中した。
気配察知で微かに感じられていたジャグナリンダの気配が完全に海竜――フレイヤに飲み込まれていったのだ。
それだけではない。麟児が慌てて周囲に上級鑑定を掛けたのだが、マグノリアが倒したレリーの死骸がどこにも存在しなくなっていた。
「……あの野郎、俺たちが戦闘をしている間にレリーを喰らいやがったのか!」
「そして、今は巨大イカを喰らった。あの海竜は勇者を三人も喰らった存在になったという事ですか!」
マグノリアがそう口にした直後、氷の足場の下から異質な気配が二人に向けて放たれた。
「「――!?」」
背筋が凍るようなその気配を受けて、同時に跳躍する。
すると、直後には氷を砕いて海竜がその姿を海面に現した。
「……おいおい、おかしいだろう!」
「……これはもう、海竜ですらない!」
海岸に着地した二人の額からは自然と冷や汗が流れていた。
洞窟の最下層で出会ったフレアドラゴンよりも異質な気配を放つフレイヤは――人の上半身と海竜の下半身が融合した歪な姿をしていたのだ。
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