第41話:喰らいしもの 10

 人身竜体といえばいいのだろうか、フレイヤのその姿に二人だけではなく、フォンとチェルシーも驚愕している。

 しかし、驚きの時間はほんの僅かだった。

 何故なら、すぐにフレイヤが攻撃を仕掛けてきたからだ。


『キャキャキャキャキャッ!』


 まるで人間の笑い声のような鳴き声をあげながら、フレイヤはレリーを彷彿とさせる火、水、風、土、木という五つの魔法を同時に展開して撃ち出した。


「避けろ、フォン! チェルシー!」


 魔法は麟児たちだけではなく、フォンとチェルシーに向けても放たれている。

 フレイヤは麟児たちだけではなく、フォンとチェルシーも敵と見なしていたのだ。


「くっ!」

「きゃあっ!」


 チェルシーの手を握って駆け出したフォン。

 麟児が声をあげた事で直撃は避けられたものの、ダメージがゼロというわけにはいかない。

 爆発の余波で皮膚が焼け焦げ、切り裂かれ、傷口から血が滲み出してくる。


「うぅぅ……ヒ、ヒール」


 上級支援魔法のヒールを発動させたフォンだったが、その効果は芳しくない。

 いくら上級とはいえど本職の回復魔法ではないので効果も僅かしか効いていなかった。


「エリアヒール!」


 そこへ飛んできたのが、麟児のストックにあるエリアヒールだった。

 二人の傷が一瞬にして全快し、最初の時よりも体が軽くなる。

 何が起きたのか理解できずに瞬きを繰り返していた二人だが、そこへ再び麟児の声が響いてきた。


「下がれ! ここにいられると邪魔だ!」

「私が護衛に入ろう。リンジはあのモンスターを頼む!」

「あれを一人でか? ……まあ、いいさ。やってやるよ。マグノリア、頼んだぞ!」

「任せろ!」


 二手に分かれた麟児とマグノリアを見たフレイヤは、狙いを孤立した麟児に定めた。

 大きな体を麟児に向けて動かしていくと、その巨体からは想像できない速度で海面を移動してくる。

 一直線に進んできたかと思えば、直角に曲がり距離を取る。


「おかしな動きをしやがるな。なんだ、意味でもあるってのか?」


 冷静にその動きを目で追っている麟児だが、実をいえばこの動きを追えているだけでも相当すごいことだった。

 何故なら、フォンやチェルシーは全く追えておらず、マグノリアですらギリギリ追えるくらいの速度だったからだ。

 そして、麟児はその動きを見ながら意味があるのかないのかと考えている。

 フレイヤの行動は、この動きが見えている相手には全く意味をなさないものだった。


『キャッキャキャー!』


 ジャグナリンダを彷彿とさせる高速機動から直角に曲がり、見えないのを前提に横合いから攻撃を仕掛ける。

 海面から飛び上がり勝利を確信していたフレイヤだったが、彼女が見た光景は目と目が合う麟児の困惑した表情だった。


「……ただの突進か?」

『ギャギャ?』

「それなら、これで十分だな!」


 腰に下げていたデスソードを抜き放つと、素早く振り抜いた。


 ――ガキンッ!


「……何?」

『ギャッギャギャーッ!』

「そういえば、上級剣術のスキル持ちだったか」


 人身の手で握っていた剣によってデスソードが受け止められると、麟児はフレイヤのスキルを思い出す。

 しかし、次の瞬間には彼女のギフトを思い出させられる事になった。


 ――バチバチッ!


 人身の手で握っていた剣。その剣身から激しい雷が発せられたのだ。


「ちいっ! 魔法剣か!」

『キャキャキャキャキャーッ!』


 自らの体には影響を与えない魔法剣。

 デスソードを通じて麟児に雷撃を浴びせた事で、今度こそ殺せるだろうと踏んでいたフレイヤ――しかし、今回も彼女の思惑通りにはならなかった。


『キャキャキャキャ……キャキャ?』

「……なんだ、こんなものか」

『ギャ、ギャギャギギガガガガッ!』


 予想外に平然とした表情を浮かべる麟児を見て、フレイヤは怒り心頭の声をあげた。


「なら、今度は俺の番だ――魔力強化極大! 暴風刃!」

『ギイイヤアアアアアアアアァァアアァァッ!?』


 大量に顕現した風の刃が、巨大なフレイヤの体を切り裂いていく。

 激痛に絶叫がこだまする。

 目の前で絶叫を聞いた麟児は表情をしかめたものの、すぐに次の行動へ移していた。

 痛みに悶絶していたフレイヤをよそに、麟児は大きく飛び上がりデスソードを上段に構える。そして――


「身体強化極大! 剛腕の一撃!」


 飛び上がったのと同時に発動させた二つのストック。

 上昇から下降までの時間は5秒。

 これにより、五倍のさらに五倍の数値になった筋力――150250の一撃がフレイヤを襲った。

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