第37話:喰らいしもの 6

『――ルオオオオオオオオオオオオォォォォオオォォ』 


 ジパングに来てから今日まで、一度として聞いた事がない咆哮を耳にしたのだ。


「マグノリア、今のはなんだ?」

「……間違いなく、モンスターの咆哮だ。しかし、あり得ないぞ」

「……そうですね、あり得ません」


 マグノリアだけではなくベラギントスまであり得ないと口にする。

 何があり得ないのか理解できず、麟児は首を傾げてしまう。


「なあ、何があり得ないんだ?」

「咆哮が聞こえてきた方角がだ。あの方角は、間違いなく海の方だぞ?」

「それなら、海のモンスターが咆哮をあげているだけだろう?」

「それはそうなんだが、ここは陸地の奥の方だ。そこまで聞こえるような咆哮をあげる海のモンスターなど、私は知らないぞ」


 麟児はマグノリアの言葉を受けてベラギントスへ視線を向ける。しかし、彼も首を横に振るだけでそれ以上は何も口にしなかった。


「……何か、問題が起きているって事なのか? フォンやチェルシーはどうだ? 何か心当たりはないのか?」

「ごめんなさい。私は、分からないわ」

「私も分かりません」

「そうか。……なら、行ってみるしかないな」

「そうね。行ってみましょう」


 一切の迷いなくそう口にした麟児とマグノリアが立ち上がると、慌ててフォントチェルシーも立ち上がった。


「二人はここで待っていてもいいぞ。疲れているだろう?」

「ううん、私も行く。リンジを助けに謝りに来たのに、結局助けられるだけじゃあ、意味がない」

「私も行きます! 何ができるわけでもないけど……そ、それでも行きます!」

「であれば、彼女の事は私が守ろう」

「今のマグノリアであれば、問題ないでしょうね」


 四人を見送る事を決めたベラギントスは大きく頷き、屋敷の扉を開けた。


「一応、気をつけてくださいね」

「一応ってなんですか。ちゃんと気をつけますよ」

「行ってまいります、村長」


 三人のやり取りを見ていたフォンとチェルシーは顔を見合わせると、大きく頷いて追い掛けていく。


「お二人も気をつけてください。危険だと思えば、あの二人を盾にしてしまえばいいんです」

「聞こえてますよ、ベラギントスさーん」

「おっと、これは失礼」

「……行ってきます」

「い、行ってきます!」

「はい、行ってらっしゃい」


 笑顔で手を振り見送ってくれたベラギントスに、二人は首を傾げてしまう。

 何故かといえば、海のモンスターは非常に危険であると知っているはずだが、そんな相手と対峙することになる者たちを笑顔で見送ったからだ。

 そして、前を歩く二人が笑顔で会話をしながら進んで行く姿にも違和感を覚えてしまう。


「……あの、フォン様? 本当に大丈夫なんでしょうか?」

「……きっと大丈夫。あの二人には、何かがあるのよ」

「……その何かが分からないんじゃないですか?」

「……まあ、それは……うん、その通り」

「おーい、そっちの話も聞こえているからなー?」


 お互いに小声で話をしていたつもりだが、レベル305の麟児にはしっかりと聞こえていた。


「ご、ごめんなさい!」

「す、すみませんでした!」

「あー、いや、別に責めているわけじゃないぞ? ただ、もう少し安心して欲しくてな」

「リンジの言う通りだ。正直、私がいなくても問題はないだろう。それくらいに彼は強いからな」


 マグノリアの言葉を聞いても、フォンはすぐに安心する事ができなかった。

 何故なら彼女は麟児のステータスを見た事があるからだ。

 しかし、当然ながらそれは召喚された当初のステータスであり、レベル305のものではない。

 とはいえ、普通であれば別の世界線から召喚された勇者でもあれだけ低いステータスから今の麟児のように強くなる事はあり得ない。

 フォンが安心できないのは、当然の事かもしれなかった。


「……まあ、いいさ。俺も自分の規格外さをようやく自覚できたところだったし」

「私が何度も言っていただろう。全く、信用されていないんだな」

「いや、だって。比較対象がマグノリアとベラギントスさんしかいなかったんだぞ? 人族と魔族の違いもあるだろうしさぁ」

「はいはい、分かったよ。それじゃあまあ、暴れてきたらいいさ」


 ここでも普段と変わらない雰囲気で会話を楽しんでいる二人を見て、やはりフォンとチェルシーは首を傾げるのであった。

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