第27話:若い主 1
ついに辿り着いた二十階層。
緊張した面持ちのマグノリアとは違い、麟児は懐かしさを感じている。
麟児のアウターでの生活は、ここから始まったと言っても過言ではないのだ。
「……いますね、リンジ」
「……そうだな」
だが、懐かしさに浸っている場合ではない。
ここには洞窟の新たな主がいるはずで、場合によっては主から逃げながら転移魔法陣を破壊しなければならないのだ。
「リンジが転移した場所は手前でしたか? それとも奥?」
「ちょうど中間くらいの位置だったはずだ」
「そうですか。でしたら、進みましょう」
マグノリアがそう判断したのには理由がある。
二十階層で確認できた唯一の気配が最奥に存在しており、それが主であると判断した。
二人の意見は共通しており、できるだけ速やかに事を成そうと考えていた。
「カンクンは出さないのか?」
「出すなら一瞬、もしくは主を倒してからでなければ長時間は無理ですね。主の気配に当てられて消えてしまいます」
「消えるというのは、存在が?」
「はい。マジックアイというモンスターは強さという一点で測れば、最弱の部類に入ります。強者の気配を浴びるだけでその身を消されてしまう事も少なくないのです」
「へぇー。色んなモンスターがいるんだな」
ならば無理はさせられないと、麟児は覚えている範囲で転移した場所へと案内していく。
一本道なので迷うという事はないのだが、奥に向かうにつれて主が放つ威圧感が強くなっていき呼吸がし辛くなっていく。
その傾向が顕著に表れているのがマグノリアだった。
「……大丈夫か?」
「……あ、あぁ。レベルが91になってもこれほど苦しいのだから、リンジがいなければこの洞窟の転移魔法陣を破壊するなんてできなかっただろうな」
「あり得ない話をしても意味がないよ。俺はここにいて、マグノリアに協力している。それが事実なんだからさ」
ここでも快活に笑うと、マグノリアの表情が僅かに和らいだ。その直後である――
「「――!!」」
二人の表情が一気に引き締まり、同時に奥の通路に視線を向けた。
「……やっぱり、放っておいてはくれないか」
「……近づいてきたようですね」
気配が動き出した途端、地面が僅かに揺れ始める。
それだけの巨体がこの階層にいるのかと冷や汗が噴き出し、主との戦闘は危険であると即座に判断した。
「もう少しだ!」
「急ぎましょう!」
駆け出した二人は麟児の言う通り、一分と掛からずに転移した場所へと到着した。
壁に手を付いて移動した事で傷ができ、それを目印にしていた。
「カンクン!」
「ギャギャ!」
マグノリアの呼び掛けに応えたカンクンが姿を現すと、慌てた様子で転移魔法陣の場所に移動して空中で円を描くように飛び回る。
直後にはマグノリアの方へ戻ってくると姿を消してしまった。
「あれ以上は危険って事か」
「その通りです。では、破壊します――魔法剣召喚、ヴォルズガング!」
マグノリアは両手を突き出すと、その上の空間から漆黒の燃え盛る炎が顕現する。
そして、炎が渦を巻きながら形を変えると、炎の中から一本の剣が現れた。
力強く柄を握ると、カンクンが示した地面を見据えながらヴォルズガングを振り抜いた。
――ザンッ!
地面に漆黒の炎が灯ると、そこから円状に炎が広がり幾何学模様が描かれた魔法陣が浮かび上がる。
「……これが、転移魔法陣?」
「はい。地面を傷つけるだけでは消せず、魔法で吹き飛ばしても残ってしまう。転移魔法陣を破壊するには、魔法剣が必要不可欠なのです」
転移魔法陣に燃え移った漆黒の炎は徐々にその火力を増していき、しばらくすると外側の部分から形を消失させていく。
このまま見守るだけで終われば話は簡単なのだが、そうはいかない。
「……間に合わないか」
「すまない、リンジ。私は転移魔法陣が破壊されるまでこの場から動けない。時間を稼ぐだけでいい、僅かな時間、主の相手を頼まれてくれないか?」
「そのつもりだ。っていうか、逃げ出したらマグノリアに呪われそうだからな」
「呪ったところでリンジは死なないだろう?」
「冗談だ……って、さすがに呪われたら死ぬだろう!」
「こちらこそ冗談だ。……すまないが、頼んだぞ」
十九階層でのやり取りの意趣返しなのか、マグノリアは自分が逃げられない状況であるにもかかわらず冗談だと言って笑っていた。
だが、その笑みの奥には恐怖もあるだろう。麟児が主を押さえられなければ、自分は死ぬしかできないのだから。
「……もちろんだ。俺に任せろ!」
そんなマグノリアの心情を理解しているのか、麟児は力こぶを作りながらそう告げると奥へと駆け出していく。
その背中を見つめていたマグノリアだったが、不思議と焦燥感を抱かなかった。
麟児であればどうにかしてくれると、マグノリアは短期間の間に彼へ絶大な信頼を置くまでになっていたのだ。
「……私は、私の仕事を確実にこなしてみせましょう!」
燃え盛る転移魔法陣を見つめながら、ヴォルズガングを握る手に力を込めるのだった。
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