第28話:若い主 2

 一人で奥に向かった麟児は、立ち止まった主の気配に違和感を覚えていた。


「……なんだ、俺が来るのを待ってくれているってか? そっちが来ないなら、俺も立ち止まっておく事もできるんだがなぁ?」


 麟児の呟きが聞こえたわけではないだろうが、直後から主がゆっくりと近づいてきた。

 小さくため息を付きながらデスソードを抜いた麟児は、主のシルエットが見えてくるとやや視線を上に向ける。

 地面が揺れるほどなのだから巨体である事は予想していたが、天井に迫るほどの巨体は予想外だった。


「……はは……でかいなぁ」

『グルララアアアアアアアアッ!』


 主からも麟児を視認できたのか、大きな顎を広げて大咆哮をあげる。

 それだけで地面だけではなく壁や天井も揺れ、パラパラと破片が零れ落ちてくる。


「う、うるせぇなあっ! 今は忙しいんだから邪魔をするなよ!」

『グルララアアアアッ! グルオオアアアアッ!』

「だからうるせぇんだって! くそっ、上級鑑定!」


 麟児の言葉に反応したのか、さらなる咆哮をあげる主を見て麟児は耳を塞ぎながら上級鑑定を発動させた。


■モンスター名:フレアドラゴン ■年齢:1020歳 ■性別:女性

■世界線:アウター ■モンスター種:ドラゴン

■ギフト1:デスフレア【地獄の業火を顕現させる】

■ギフト2:若き皇帝【レベル200に至るまでは能力値が大幅に上がる】

■レベル170 ■HP51000/51000 ■MP42500/42500

■攻撃:51000 ■防御:51000 ■体力:42500

■速さ:2550 ■賢さ:34000 ■幸運:10

■スキル:上級火魔法、対火属性無効、硬質化、気配察知


「……マジかよ」


 レベルは麟児の方が高いのだが、能力値の明らかな差に愕然としてしまう。

 勝っている能力値は速さと幸運の二つのみ。それ以外は数倍の差が開いていた。


「だが、やるしかないか!」


 能力差にも屈しなかった麟児を見つめながら、フレアドラゴンはニヤリと笑う。

 そして――口の奥からゆらりと揺れた赤い光を見て、麟児は咄嗟に回避行動を取る。


『グルオオアアアアアアアアッ!』

「うおっ! ……ヤ、ヤバかった。あれは、ブレスってやつか?」


 大きく開かれた顎から放たれた灼熱の炎が麟児に襲い掛かった。

 間一髪、回避に成功した麟児が振り返った先で見たものは、ドロドロに溶けて熱波を放つ地面と壁の一部だった。

 掠っただけでも命を落としかねないブレスに麟児は冷や汗を流す。


「数は少ないが、こっちからも一撃かましてやるぜ! 魔力強化極大! 水爆!」


 魔力強化極大によって強化された水爆は、普段の五倍にも膨れ上がった水の塊がフレアドラゴンの頭上に顕現した。


「火には水! これ常識だからな!」


 麟児が右手を振り下ろすと、同時に水爆がフレアドラゴン目掛けて落下する。

 水爆は確かにフレアドラゴンを捉えた――しかし、麟児の予想外の状況が目の前で起きてしまった。


『グルララララッ!』

「げっ! 蒸発するのかよ!」


 膨大な水の重量によるダメージはあったはずだが、属性ダメージはないように見える。

 だが、それ以上にマズい展開となったのは発生してしまった水蒸気にあった。


「……見えねぇ」


 視界が水蒸気に遮られてしまい、フレアドラゴンを見失ってしまった。

 安易に攻撃してしまった事を反省すると共に、麟児は自らのスキルに集中する。


「…………こっちか!」

『グルアアアアッ!』


 麟児が持つスキル、危険察知にて攻撃が飛んでくる方向を察知し回避する。

 飛んできたのは火属性魔法の炎の槍――フレアランスだった。

 十本ものフレアランスが地面と壁に突き刺さり、そのまま燃え続けている。

 徐々に視界が回復していくと、次の手を決めてフレアドラゴンを正面に捉える。


「氷獄!」


 水爆よりも強力なストックである氷獄を放ち、フレアドラゴンを氷の檻に閉じ込める。

 檻の内外は徐々に温度を下げていき、氷点下から一気に絶対零度に達する。

 フレアドラゴンの動きも鈍り、このまま畳みかける事ができると思った麟児だったが、その考えは一瞬で吹き飛んでしまう。


『グルル……ララァァ……ォォオオオオアアアアアアアアァァッ!!』


 爪先から凍り始めていたその肉体が隆起すると、フレアドラゴンの周囲だけが氷を融かし、水溜まりができたと思えば次の瞬間には蒸発してしまう。

 そして、氷が融ける範囲はフレアドラゴンの周囲に止まらず、その範囲を広げていく。


「……まさか、自分の体温を上昇させているのか!」


 体内に炎を作り出す器官を有しているフレアドラゴンは、炎を溜め込む事で体温を上昇させて氷を融かしている。

 さらに、この行動は氷を融かすだけではない。


『グルオオアアアアアアアアッ!』


 最初に吐き出したブレスよりもさらに高温で範囲の広い、溜め込んだ炎のブレスが吐き出されたのだ。

 ブレスは氷獄を容易く融かして破壊すると、真っすぐに麟児へと迫っていく。


「身体強化極大!」


 氷獄が破壊された事で麟児はフレアドラゴンを上回っている速さを強化して回避に専念。

 だが、身に付けていた衣服に掠っていたのか触れた部分が一瞬で炭化しており、熱波だけで肌が真っ赤に腫れ、爛れる部分まで出てきている。


「くっ! ハイヒール!」


 すぐにハイヒールを使う回復させるが、フレアドラゴンを倒す算段は全く浮かばない。

 このままストックが切れてしまえば殺されるだけだと考えると、時間稼ぎが妥当だと思わざるを得ない。


「火属性は効かないから獄炎と炎蛇は使えない。なら、他のストックをがむしゃらにぶつけるだけだな!」


 マグノリアからの合図を待ちながら、麟児はできる限りの攻撃を加え続ける事にした。

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