第26話:洞窟攻略 9

「……やっぱり、マズかったか?」

「その……リンジが生き残るためだったので問題はないと思います。この世は弱肉強食ですから。ですが、そうでしたか……ここは、主が一時的に不在になっていたのですね」

「やっぱりマズかったんだな!」


 考え込むマグノリアの様子を見て、麟児は頭を抱えてしまった。


「ですから、問題はないです。まあ、私としては強い主が死んでいた……状況から察するに寿命だと思いますが、いなかったというのはありがたい情報ですので」

「……そ、そうか? なら、どうしてそこまで考え込んでいたんだ?」

「あぁ。それは、十五階層に足を踏み入れる直前に感じた異様な気配についてです。もしかすると、元の主がいなくなったのをきっかけに、新たな主になるための争いが行われていたのではないかと思ったのです」

「……縄張り争い的な?」

「ま、まあ、そのようなものです」


 あまりにも簡単に例えられてしまい苦笑いを浮かべたマグノリアであったが、概ね間違いではない。

 そして、マグノリアの推測は的中していた。


「もし、新たな主が決まった直後であれば、ここから先には主がいると思われます」

「って事は、今まで以上に気を引き締めないといけないってわけか」

「はい。最悪、転移魔法陣を破壊した後は私の事を気にせずに逃げてください」

「いや、それはないから」


 真面目にそう口にしたマグノリアだったが、麟児はあっさりと拒否を伝える。


「協力してもらっているリンジにもしもの事があれば、私は死んでも死に切れない!」

「だから死ななければいいんだよ。こちとらレベル299だぞ? 楽観視しているわけじゃないけど、討伐ではなく時間稼ぎくらいならできるって!」


 笑顔でそう口にした麟児を見て、マグノリアは苦笑する。


「……全く。ここに転移させられたのがリンジで良かったと思えます」

「あー。確かに、他の奴らは俺を追い込んだわけだし、場合によっては殺し合いになってたかもな。俺も最初は斬られそうだったし」

「あ、あれは! 突然の事で驚きましたし、リンジが敵であれば脅威になると思って!」

「冗談だよ。……俺も、最初に出会えたのがマグノリアで良かったと思ってる。話し合いができる人だったから、俺はこうして生きているわけだしな」

「……むしろ、殺し合いになったら、私が死んでいたと思う」

「ん? 何か言ったか?」

「何でもない。それじゃあ、階段を探すとしましょう」


 道中で遭遇したモンスターよりも強い個体がいると分かっていながらの軽い発言に、今回ばかりは麟児が呆気に取られてしまう。


(リンジと相対して生き残れたのですから、私の幸運も捨てたものではないはず。転移魔法陣を破壊し、すぐに離脱すれば問題はないはずだ)


 実際に剣を交えたわけではないが、それでも一度は敵意を向けてしまった。それにもかかわらず生きており、さらに言えば協力関係を築けている。

 マグノリアこそ楽観視しているわけではないが、麟児が一緒ならば成し遂げられると信じていた。


「……まあ、いっか。本当に危なくなったら、あれを使ってみるのもありかもな」


 そして、麟児は一つの覚悟を決めていた。

 最初に喰らったドラゴンが元の主であれば、謎のストックがドラゴンから得られたものだと納得してしまう。


 ――ラスト・オブ・アース。


 大地を砕き地獄に滅する。という、謎の説明文を読んでからは使う気が失せていたが、レベル100越えのモンスターを押さえて洞窟の主となったモンスターが相手であれば使う機会もあるかもしれない。

 使った時に何が起きるのかが分からないため本当のピンチにしか使えないが、それでも事前に使う覚悟をしておくべきストックだろうと、直感的に感じていた。

 そして、到着したのは二十階層――最下層へとつながる階段。


「……汗が、止まりませんね」

「……ここまで来たら、さすがに俺も感じてきたよ」


 こいつはヤバい、と麟児も理解した。

 遭遇してきたどのモンスターと比べても、比較にならない程の威圧感を覚えてしまう。

 肌が焼けたようにピリピリしており、緊張が全く解けない。

 だが、麟児だけはそれでもどうにかなるのではと考えていた。

 それはレベル故の驕りなのか、それともレベル故の手応えなのか。

 どちらにしろ、先に進むという選択肢が変わる事はない。


「そんじゃまあ、行くとするか」

「リンジが軽く言ってくれると、気持ちが幾分か楽になりますね」

「そのつもりで言ったからな」


 苦笑するマグノリアに対して、麟児は普段通りに快活な笑みを浮かべる。


(……やはり、私の幸運も存外悪くはないのかもしれませんね)


 マグノリアは不思議と確信したかのようにそう思い、クスリと笑った。

 この状況で笑えるというだけでも肝が据わっていると言えるが、それも全ては麟児がいてくれるからだ。

 そもそも、麟児がいなければマグノリアがここまで辿り着くのに数十年と掛かった事だろう。もしかすると、生きている間に辿り着けなかった可能性だってある。

 辿り着けたというこの状況が、マグノリアに自信と確信を与えていた。


「……ありがとう、リンジ。では、行きましょう!」


 麟児とマグノリアが若い主と相対するのは、間もなくである。

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