第43話:喰らいしもの 12

『ガガガガガガ……ガガ……ボ、フォン・レイリイイイイィィン!!』

「なあっ! こいつ、まさか自我が残っているのか!」


 モンスターの体を構成していた魔力が吸収されたせいか、突如として人語を話し始めたフレイヤは、最初こそ一緒に旅をしていたフォンの名前を叫んだ。


『ナゼ、ナゼキサマガココニイルウウウウゥゥッ! フザケルナ、ワタシガシヌハズガナイノダアアアアァァッ!』


 海の中に沈もうとする体を必死に浮かせようと足掻いているフレイヤを見つめながら、麟児の中で失いかけていた恨みの炎が再び点る。


「……おい、てめぇ。まさか、俺の事を忘れたわけじゃないよなぁ?」

『フォン! デテコイ、フォン・レイリイイイイィィン!!』

「……くそが、眼中になしかよ」


 先ほどまでフォンが立っていた、今では海に沈んでいる海岸を睨みつけながら、フレイヤの体は段々と沈んでいく。


「お前たちが真っ先に追放した俺を忘れたのかよ。……おい、聞いているのか! 俺は食野麟児! ギフト悪食を持つ日本人だぞ!」

『……ア……アク、ジキ?』

「ようやく思い出したか。俺を追放したてめぇを、この俺が斬る。復讐なんて忘れていたが、これで少しは気分が晴れ――」

『シラン! シラン、シラン、シラン! デテコイ、フォン・レイリン! キサマダケガノウノウトイキノコルナド、ユルサレルハズガナイ!』


 麟児の言葉を遮るようにして知らないとはっきり口にしたフレイヤは、再びフォンへの恨み節を吐き出していく。

 ここまで来ると呆れて何も言えなくなってしまった麟児は、大きくため息をつくとだらりと下げていた腕に力を込めてデスソードを握り直す。

 再度点った恨みの炎はあっさりと消えてしまい、気づけばフレイヤに確かな死を与えなければという思いに変わっていた。


「……お前はもう、終わったんだよ」

『ダマレ! ワタシハマダオワッテイナイ! ワタシハマダ、イキテイルノダ!』

「いいや、終わってるよ。その命、俺が終わらせるからな」

『スガタヲミセロ! フォン! ……フォン・レイリイイイイ――』

「うるさいんだよ、お前」


 いつまでも海岸を睨みつけていたフレイヤ目掛けて跳躍した麟児は、一切の迷いなくデスソードを振り抜いた。


『――イペキャ!?』

「今のてめぇをフォンに会わせるわけにはいかないんだよ」


 人身の部分が左右真っ二つとなり、フレイヤが目を見開いたまま海へと沈んでいく。

 悪食を使えばフレイヤを喰らい、多くの経験値を得てレベルアップにつなげる事もできただろう。

 しかし、麟児はそれを良しとはしなかった。むしろ、忌避すべき事だと理解していた。


「いくらモンスターになったからって、元人間を喰らうとか無理だろう」


 沈んでいくフレイヤの姿を見つめながら、麟児は記憶に残っているレニーとジャグナリンダの顔を思い出そうとしていた。


「……ダメだ、もうすっかり忘れてるわ」


 聖王国キシアンヌで少しだけ目にした三人の顔が、今ではもうはっきりと思い出せない。

 だが、それでいいのだと麟児は思っていた。


「……勝手に死んでいった奴の事まで、覚えていられないよな。俺を裏切った奴らだし」


 そう口にした麟児はその場で大きく伸びをすると、砕けて解け始めていた氷の足場をぴょんぴょんと器用に飛び移り、元に戻り始めていた海岸へ着地した。


「さーて、マグノリアたちに報告してくるかー。ってかあいつら、どこに行ったんだろうなぁ」


 頭をガシガシと掻きながら、麟児は海岸から陸の方に向けて歩き出したのだった。

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