第33話:喰らいしもの 2

 報告を終えたその日の夜、再び麟児がモンスターの肉を提供しての大宴会となった。

 飲めや歌えの大騒ぎでとなり、麟児はバールバーンの村人にすっかり受け入れられていた。

 気安く話し掛けてくる者もいれば、突然肩を組んで大笑いする者もいる。

 マグノリアが転移魔法陣を破壊して回っている事は村人たちも知っており、それを手助けしてくれた麟児の事を嫌う者などいるはずがなかった。

 夜も更けてくると一人、また一人と家に戻っていき、酔っ払った者の中には外で眠ってしまう者まで現れ始めた。

 そうなると徐々にお開きとなり、意識のある者が寝ている者を担いで家に放り投げていく。

 酔っ払うのは人族も魔族も変わりないのだと驚きつつも、見た目もほとんど変わりはないのだから当然かと一人で納得する。


「楽しんでいるか、リンジ」


 人も少なくなってくると、大宴会の主役で色々なところを引きずり回されていたマグノリアが少し疲れた表情で隣に腰掛けた。


「あぁ、楽しんでいるよ」

「それは良かった。……リンジが来てくれる前までは、こんなに明るい村ではなかったんだ」

「そうなのか?」

「侵略者と間違えられて人族から攻撃され、その後も我々がジパングを襲ったと言われ続けてきたのだ。明るくなれる要素なんてないだろう?」


 ため息交じりにそう口にしたマグノリアを見て、麟児は申し訳なさそうな顔をする。


「リンジがそんな顔をするな」

「だけど、俺以外に召喚された勇者たちはジパングを取り返そうとやって来るはずだ。ステータスも俺なんかより高くて、下手するとレベルだって俺なんかよりも――」

「そんなに自分を卑下するな。それに、リンジよりもレベルが高いとか、絶対にないから安心しろ」


 麟児のレベルの高さは異常である。他の世界線から召喚された勇者が同じように異常である可能性もなくはないが、それでもマグノリアは絶対にないと断言した。


「リンジが最初に喰らった主のレベルが高かったからこそのレベルだろう。他の勇者たちは王都にいるだろうし、王都の近くにそれだけのモンスターがいるとは考え難い」

「まあ、それはそうなんだが……」

「心配性だな。それに、今の私はリンジと並び立てるくらいに強くもなっているのだ。勇者たちが私たちを滅ぼそうとするのなら、私がみんなを守ってみせる。もちろん、リンジもな」


 最後だけはウインクをしながら言われてしまい、苦笑するしかできなかった。


「俺はいいよ。自分の身は自分で守れる」

「まあ、能力値が同じくらいになったところで、私がリンジに勝てるとは思えないがな」

「そうか? 戦闘勘はマグノリアの方が上だし、絶対に殺されるだろ、俺」

「戦闘勘はな。だが、リンジには多種多様なストックがある。私の戦闘勘なんて、リンジのストックに比べれば小さな力だ」


 果実酒が入っている木のグラスを傾けながら、マグノリアは空を見上げた。


「……だが、ジパングの住民たちが戻ってくるのであれば、私たちはすぐに身を引くよ」

「マグノリア?」

「……そしたら、リンジともお別れになるのかもな」


 追放されたとはいえ麟児の種族は人族だ。

 マグノリアは麟児が人族領に戻りたいと考えている、そう思っていた。


「なんで? もしかして、俺って魔族領に残れないのか!?」

「……え?」

「嫌だぞ! 俺を追放したあの国に戻るとか、絶対にあり得ない! 頼むよ、マグノリア! 俺を魔族領に連れて行ってくれ!」

「ちょっと待って! ……え? リンジって、人族領に戻りたいんじゃないの?」

「あり得ないって! 戻ったところでまた追放されるか、ギフトをいいように使われるだけだからな。絶対にない!」


 そう断言した麟児だったが、次の瞬間には大きく肩を落としてしまった。


「ど、どうしたのだ、リンジ?」

「……いや、無理なら仕方ないんだ。俺は人族領で一人ひっそりと生きていくからさ」

「む、無理とは言っていないぞ! 人族だって魔族領で生活できるし、している者もいる!」

「……そうなのか? なら、ジパングが人族領に戻ったとしても、俺も魔族領に行けるんだな!」

「あ、あぁ」

「そ、そうか! ああぁぁぁぁ……マジでよかった」


 大きく胸を撫で下ろした麟児は、酒ではなく果実水が入ったグラスを一気に傾けて飲み干すと自分も空を見上げた。


「……綺麗な星空だなぁ」

「……そう、ですね」

「なあ、マグノリア」

「なんですか?」

「魔族領にも、これくらい綺麗な星空が見える場所ってあるのか?」

「ありますよ。さすがに魔都の近くでは明るすぎて見えませんが、辺境に行けば」

「そっかぁ。……魔族領に行くとしたら、辺境でのんびりと暮らしてみたいもんだなぁ」

「そうだな。……な、なあ、リンジ。もし魔族領の辺境で暮らすというのなら、私も――」


 マグノリアがそこまで口にすると、突然二人を呼ぶ声が聞こえてきた。


「マグノリア! リンジさん!」

「なんだ、ベラギントスさんか? ……って、どうしたんだ、マグノリア?」


 様子のおかしいマグノリアを見て声を掛けた麟児だったが、表情までは焚き火の灯りだと分かり辛かった。


「だ、大丈夫ですよ! な、なんでしょうね、あははー!」


 この時のマグノリアは顔を真っ赤にしていた。

 それを悟られないようにと無理やり明るく振る舞ったのだが、それが逆に不審に思えた。

 だが、麟児はその不審を違う方向に勘違いしてしまった。


「……村の前に、誰か来ていますね」


 即座に気配察知を行った麟児はベラギントスの声がした方に誰かがいると理解してすぐに立ち上がる。


「さすがだな、マグノリア」

「え?」

「ベラギントスさんが声を掛けた瞬間に気づいたんだろ?」


 様子がおかしかったマグノリアがすぐに来訪者に気づいたのだと勘違いした麟児の言葉に、当の本人は素早く立ち上がりすぐに歩き出した。


「そ、その通りだ! 行くぞ、リンジ!」

「問題じゃなければいいな」

「……問題なのはお前だ、この鈍感め」

「ん? 何か言ったか?」

「何も言ってない!」


 怒鳴られた理由に検討が付かず首を傾げていると、ベラギントスは苦笑しながら麟児の肩をポンと叩いた。


「鈍感なのも罪なものですね」

「え? いったいどういう事ですか?」


 自分だけマグノリアが怒っている理由に気づいていないと分かり、麟児は先に歩き出したマグノリアを追い掛けるようにして慌てて走り出した。

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