第4話:魔族領ジパング 1
「――……ぅぅん……ここは、どこだ? 俺は、生きているのか?」
背中に感じる冷たさに目を覚ました麟児は、自分が仰向けに倒れている事を自覚する。
見つめる先の天井はゴツゴツしており、人工的に作られた建物ではなくどこか洞窟の中ではないかと考え、背中に感じる冷たさは地面が冷えているからだろうと推測する。
肌に触れる空気にも冷たさを覚え、洞窟の中でも結構な深さにいるのではとも考えた。
「腕は……動く。足も……動く。……とりあえずは、五体満足って感じだな」
体の状態を確認しながら上半身を起こし、周囲に目を向ける。
手で触れた地面からは淡い緑色の光が浮かび上がり、本来であれば真っ暗であるはずの洞窟の中を照らしてくれている。
それでも天井に向かうにつれて光量は落ちていき、最後には消えてなくなってしまう。
ここが何処なのか、追放される前にガルガンダが口にした事が本当であればジパングという魔族領であるはずだが、麟児の精神状態はそれを素直に信じられるものではなかった。
「とりあえず、どうするかな」
ここで座っていても仕方がないと判断した麟児はこれからを考える事にした。
だが、今の自分にできる事は限られている。
このままここで助けを待つか。それとも洞窟からの脱出を図るか。
二つに一つの選択を迫られた麟児だったが――
――ぐううううぅぅ。
どこからともなく聞こえてきた音に、大きくため息をついた。
「……そうだったわ。俺、腹を空かせていたんだった」
勇者召喚の直前、麟児は食べ物を買いにコンビニへ出かけるところだった。
玄関を出たところで勇者召喚されてしまい、結局コンビニには辿り着けていない。
そうなると、来るかどうかも分からない助けを待つよりも、自らが動いて洞窟を脱出する方が生き残れる可能性は高くなると判断した。
「そもそも、ここが魔族領だったら出会う奴の全員が敵って事になるからな」
自分が生き残るためにも、食糧を確保するためにも、麟児は立ち上がって左右を見る。
ここが洞窟である事に変わりはないが、どちらに進むべきか迷ってしまう。
天国か地獄か、この選択に懸かっているかもしれないのだ。
「……左に行くか」
意を決した麟児は、迷路のセオリー通りに右手を壁に沿わせて左の道を進んでいく。
何も出てこない薄暗い通路を進み、麟児はヒヤリとした感覚を肌で感じる。
この感覚が気温から来る単純な寒気なのか、体調不良から来る悪寒なのか、それとも別の何かなのか。
どちらにしても、進むしかない麟児には関係のない事だ。
「……おいおい……これ、マジかよ」
空腹だとは口にしたが、目の前に現れた存在は麟児の予想を遥かに超えていた。
「……でかい、化け物? だけど、死んでいるのか?」
淡い光では全貌をすぐに把握できないが、それでも麟児の数十倍にも迫る巨体が横たわっている事は一目瞭然。
その巨体はピクリとも動く気配がなく、麟児が意を決して近づいてもそれは変わらない。
「……こいつ、ドラゴンって奴か?」
太く長大な尾を曲げて横たわり、背中には折りたたまれた二枚の翼。
手と足には鋭い爪が伸びているが、地面にも壁にも傷はない。
極めつけは瞼を閉じているものの、いくつもの牙が並んだ口が大きく開かれている顔だ。
「……死んでいるん、だよな? ただ見ているだけでも、身震いがしてくる」
これだけ巨大で強そうなドラゴンが何故このような場所で死んでいるのか。その事を考えようと思考を巡らせた直後――
――ぐううううぅぅ。
再びの腹の音を受けて、麟児の思考は全く別の事を考え始めた。
「……こいつ、食べられるのか?」
ギフトである悪食のせいなのかは分からなかったが、今の麟児には目の前のドラゴンが食糧にしか見えなくなっている。
「ス、ステータス!」
そして、ステータスから悪食の効果が【全ての食材を美味しく食べられる】というものであることを再確認したところで、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「……ダ、ダメだ、我慢できない!」
この時点で麟児の自我は失われていたと言っていいだろう。食べられるのか分からないドラゴンの死体に、そのまま食らいついているのだから。
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